再び檜舞台へ。元ヤクルト村中恭兵、ニュージーランドで力投
「プロ野球戦力外通告」。正確なタイトルは忘れたが、今や年末の風物詩となった名物番組だ。プロ野球をクビになった男たちが一縷の望みをかけて臨む12球団合同トライアウトから様々な人間模様を浮かび上がらせるのだが、ここからスカウトの目にとまり、「再就職先」を見つけることができるものはごくわずか。ほとんどの者は、鳴ることのないスマホを数日間握りしめると、ことを悟って第二の人生を歩み始める。
しかし、日本のプロ野球、NPBから声がかからなくなってもなお、野球をあきらめきれず、現役続行を模索する者もいる。
オーストラリアにウィンターリーグがあることはもう日本の野球ファンには周知のことであろう。このウィンターリーグ、オーストラリアン・ベースボール・リーグ(ABL)には昨冬からニュージーランドに新球団が置かれている。この国第一の都市、オークランドに本拠を置くチーム、トゥアタラには、昨冬は千葉ロッテが選手を派遣した他、複数の日本人選手が参加している。今シーズンも5人の投手がロースターに名を連ねている。
その中の一人が、昨シーズン限りでヤクルトから戦力外通告を受け、合同トライアウトを受験した村中恭兵だ。二桁勝利を二度記録した左腕も故障に泣かされ、昨シーズンは一軍登板ゼロに終わり、トライアウトでも他球団から声がかかることはなかった。しかし、まだ32歳。引退はまだ早いと、村中は海を渡った。
オークランド・トゥアタラは年明け初戦を2日、ホームで迎えた。村中はこの試合でこの冬のシーズン2度目の先発マウンドに立った。対戦相手は韓国人チーム、ジーロング・コリア。昨冬は韓国プロ野球・KBOに居場所がなくなった選手で構成されていたチームでダントツの最下位に終わったが、この冬はKBO各球団が有望株を派遣してチームはすっかり生まれ変わっている。相手にとって不足はない。
しかし、立ち上がり村中は制球に苦しむ。プレーボール直後の初球はバックネットを直撃した。先頭打者に3ボール2ストライクとフルカウントまで費やした上に最後の球をレフト前にはじき返されると、続く2番打者のおあつらえ向きのゴロをサードがエラー。その後も2アウトからショートがゴロをはじくなど、味方に足を引っ張られるかたちで、2点を先制される。
しかし試合後、村中は涼しい顔でこの初回を振り返った。
「僕もフォアボール出しましたからね。リズムが悪いとどうしても守りにも影響出てきますよ。うちの守りは他所のチームよりいいですから。いつも助けてもらっています」
こういう信頼関係はミスを犯した野手陣を奮起させる。先制を許した初回裏、2アウトから先ほどエラーを犯したサードがヒットを放つと、続く4番バッターが放ったライナーはそのまま外野フェンスを越えていった。トゥアタラの本拠、ノースハーバー・スタジアムはもともとラグビー場で、メインスタンドが一塁側スタンド、レフトフェンスはバックスタンドを削って造っている。そのため、この両スタンドが正対する間、三塁側からライト方面へ風が抜けていくため、パワーヒッターぞろいのオークランダーたちの放ったライト方面への飛球は風に乗ってどこまでも飛んでいく。トゥアタラは3回にもこの4番の2打席連続のホームランで2点を追加、続く4回にもさらに2点を追加して試合を決めた。
村中は、自身「調子は良くなかったが、最低限の仕事はできた」というとおり、2回からは無失点、4回を2安打3奪三振4四死球で後続につないだ。なぜかABLではオークランドの主催ゲームは7イニング制を採用しているため、先発投手が4回を投げればそこで、一応の仕事をしたことになる。勝ち星はつかなかったものの、村中は試合後安堵の表情を浮かべていた。
「先のことより、今のことだけ考えています。チームもプレーオフに出る可能性が高いですからね」
自身の春からの行き先はまだ未定ではあるが、村中の表情からは彼がすっかりオークランド・トゥアタラの一員であることがうかがえた。
(写真はすべて筆者撮影)