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どうする?大阪府の高校完全無償化、大阪の教育日本一への提案

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
大阪の高校完全無償化、課題もあるが・・・(画像は大阪府作成資料より)

大阪府の高校完全無償化に関する報道が、大阪のみならず、全国報道でも注目されています。

吉村知事の提案する、所得制限なく公立も私立も授業料を無料にするという高校完全無償化には、問題点もあり、大阪や近畿の私立高校側が難色を示しています。

このままでは実現は厳しい、というのが、高校無償化政策にもっとも詳しい研究者の一人である私の判断です。

いっぽうで、所得制限のない高校完全無償化は、ぜひ大阪から実現してほしいとも願っています。

大阪府の吉村洋文知事は、歳出改革をはじめとする改革によって財源を確保し、府民の税負担なく、高校以外にも、保育から高校・大学までの完全無償化を目指す、日本の教育改革を進化させているトップリーダーの一人であることは確かです。

この記事では、大阪府の高校完全無償化の現行案の3つの問題点を整理し、そのうえで、大阪の教育日本一への2つの提案を行います。

大阪の高校完全無償化は「全てのこども」を応援する画期的な仕組み

大阪の高校完全無償化は、私立高校の授業料を60万円と価格統制し、親の所得に関わらず全ての子どもたちの授業料を無償化しようとする政策です。

現在の国の高校無償化は、自民党・下村博文文部科学大臣によって、保護者の年収910万円を上回ると、子どもへの支援がゼロとなる所得制限の仕組みが導入されています。

私立高校の授業料無償化に至っては、保護者年収590万円をうわまわると、急に支援が約28万円も減額される「所得制限の崖」と専門家が呼ぶ、極端な所得制限が導入されています。

高校生を育てる中間所得層は、超少子化の中で、子どもを産み育て、国家に貢献しておられます。

しかし、子どもの生存権保障の仕組みである扶養控除も減らされ、累進課税制度で国家に貢献しているにも関わらず、わが子が支援から排除される不公平きわまる扱いを受けているのです。

これは「全てのこども」への差別を禁じ、子どもの教育を受ける権利や最善の利益を実現しようとする、こども基本法とも矛盾しています。

だからこそ、親の所得にかかわらず「全てのこども」の授業料を公立私立関わらず無償化する、大阪の高校完全無償化は画期的なのです。

しかし大阪の高校完全無償化は維新らしくない政策

―価格統制で、私立高校を画一化する改革手法はまるで社会主義・共産主義では?との意見も

いっぽうで、私立高校の授業料を60万円と価格統制してしまうことでのデメリットも大きいのです。

特に価格統制により、私立高校を画一化する改革手法は、まるで旧ソビエト連邦や東欧諸国のように、社会主義・共産主義に特徴的なアプローチでもあります。

個人の自由、経済の自由を重視し、市場的競争を重視するリバタリアン政党としての顔を持つ維新らしくない政策である。

こうした意見が与野党関係者や私学行政にくわしい関係者からも聞こえてきます。

価格統制による高校完全無償化の問題点は3つにまとめられます。

問題点1:生徒さんたちの行きたい特色ある私立学校がなくなる

生徒1人あたりに補助する授業料上限を60万円と決めてしまうということは、学校は1人あたり60万円分の教育しかできなくなるということです。

このほかに私立高校は、大阪府から私学助成金をうけとっていますが、生徒1人あたり年32万6700円(2022年度)という金額で、47都道府県中46位という水準にとどまっています。

つまり生徒1人あたり92万6700円で私立学校で教育してくれ、という仕組みが、大阪の高校完全無償化なのです。

公立高校の生徒1人あたり経費は1,083,212 円(2022年度・文部科学省・地方教育費調査)ですので、完全無償化により大阪の私立高校は、公立より安く経営されることになります。

こうなると、公立より安かろう悪かろうの教育しか、私立高校ができなくなることはあきらかです。

それぞれの私立高校が積み上げてきた、特色ある教育がなくなっていくのです。

特色がある私立高校に行きたいという生徒さんたちにとっては、せっかく完全無償になっても、特色ある私立高校ではなくなってしまうという事態が起きるのです。

問題点2:私立高校が高校生の授業料を負担するという制度上の欠陥

私立高校の授業料を60万円と価格統制しても、特色ある教育を実施する私立高校は実際にはそれよりコストがかかってしまいます。

その差額は私立高校で負担しなさい、というのが、大阪府の従来の高校無償化の仕組みでした。

所得制限のない授業料完全無償化となると、私立高校側の負担はさらに大きくなります。

経営難になる学校もすでに出現しつつあり、制度上の欠陥といっても良いでしょう。

経営者や個人事業主をされているみなさんならお分かりいただけると思いますが、提供するサービスの対価(授業料)を一部とはいえ、サービス提供側(学校)が自己負担しろ、ということは、法人による学校経営の自由を認める日本ではありえない発想です。

経済的自由を重んじる維新らしくない政策です。

授業料差額を学校に払わせるという仕組みは、授業料は設置者が決め(設置者管理主義)、生徒・保護者がそれを払う(受益者負担主義)という、私立学校法等で定められる学校経営の大原則とも矛盾します。

問題点3:公立高校に続き、私立高校が消滅し、高校空白地帯も拡大する未来?

大阪の高校完全無償化で授業料60万円キャップ制により、私立高校の経営が苦しくなる、すでに読者のみなさんにはご理解いただけたことでしょう。

大阪府ではすでに公立高校の統廃合が進み、地域に通える公立高校がないという「空白地帯」も生まれていることが、報道でも指摘されています。

※日本経済新聞,大阪府立高、9校程度で募集停止決定 「空白地」拡大も,2023年1月23日.

さらにここから私立高校も経営難となり、生徒募集を停止していくとなると、地域に通いたい高校、通える高校がなくなる、「高校空白地帯」が拡大する可能性もあります。

このような状況のままで、高校完全無償化を推進することは、大阪府の子どもと保護者を不安にさせてしまうだけでなく、全国的に大きく問題点が報道されていることにより、衆議院選挙をひかえた吉村知事や維新の会にとっても危険な賭けとなっているのです。

私自身は、大阪府の「全てのこども」の高校完全無償化が実現されることを、研究者としては、おそらく誰よりも強く願っています。

だからこそ大阪の高校完全無償化の実現のために、2つの提案をしたいと思います。

提案1:高校完全無償化は公の審議会で「現実的な授業料キャップ制度」を

まず吉村知事と大阪府は、私立高校側と、府が設置する審議会で「現実的な授業料キャップ制度」を話し合うことが急がれます。

たとえば授業料60万円のキャップ制度の上限を引き上げることで合意形成できれば、私立学校も安定した経営となり、生徒さんたちの学校選択がさらに拡大します。

しかし、これまで私立学校側は知事や大阪府側との正式な協議を要望しているにもかかわらず、まったく応じられていません。

私立学校側だけでなく、保護者や高校生、中学生や、低所得層の高校進学を支えている学習支援団体、専門家などの意見も聞きながら、公開の審議会で、大阪の高校完全無償化をどう実現するのかを決めていくことは、「維新の教育無償化」を全国展開するうえでもきわめて重要な政策プロセスとなります。

提案2:維新は「教育の質と多様性」に投資し、大阪の教育を日本一に

大阪の高校教育完全無償化は、授業料と私学助成を生徒1人あたり92万6700円を私立高校に投資する仕組みでもあります。

実は授業料キャップ制にとらわれなけれければ、私立学校側が生徒・保護者側の授業料からも収入を確保し、いままで以上に特色ある教育に取り組むチャンスともなります。

維新以上に、リバタリアン的な教育改革を進めているイングランドでは、公立学校・私立学校にとらわれず、政府が基準を満たす学校へ学校運営経費を交付し、授業料無償化とともに「教育の質と多様性」に投資しています。

貧困層、移民層、障害・発達特性を持つ生徒に対し手厚い交付金を設定したり、STEAM教育やICT教育、起業家教育など、国力をあげるための特色ある教育にも手厚く投資しています。

NPO団体や、企業なども、学校のスポンサーとして出資や参画できる仕組みとし、特色のある多様な学校への転換や設置を促進しているのです。

今回の生徒1人あたり60万円分の授業料と私学助成を組み合わせ、低所得層や障害・発達特性を持つ生徒、STEAM教育やICT教育、起業家教育など、大阪の地域としての力をあげるための特色ある教育に、より手厚く投資する仕組みもつくることで、「教育の質と多様性」に私立学校も挑戦できる政策になるのです。

公立高校にも同様の仕組みは導入できます。

関西の他の有名私立高校とも伍し、世界的にも注目される大阪の高校が増加していく未来の実現も可能なのです。

2025年大阪万博を控え、国際都市大阪に投資したいと思う企業も増えてくることも期待されています。

企業やNPOと学校が出資・連携した探究型の新しいコースや、不登校の生徒にも対応できるオンライン・ICTを活用した教育などに、公立・私立を問わず挑戦できるようになれば、大阪の教育は日本一の質と多様性を実現していけるはずです。

これこそリバタリアン政党としての顔を持つ維新らしい政策であると私は考えています。

もちろん所得制限を撤廃し「全てのこども」の無償化について基礎的ライン(公立学校無償化の年11万8800円分)を保障し、低所得層への補助は今まで通り大阪の実質無償化の仕組みを各高校に義務付けることも必須となります。

おわりに

大阪の高校完全無償化が問いかけるのは、子どもたちのため、国家の成長のための教育投資とは、どうあるべきかという問いでもあります。

「全てのこども」の高校授業料無償化を前提に、「教育の質と多様性」も実現する教育投資へ!

維新の大阪がこの偉大な挑戦をしていくことで、日本の教育も進化する、そんな局面を私たちは目の当たりにしているのかもしれません。

大阪の教育政策、ここからも目が離せない展開が続きます。

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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