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王者フェデラーに挑むのは、フェデラーに憧れ続けた19歳。マイアミ・オープンで新時代の扉は開くか?

内田暁フリーランスライター
(写真:ロイター/アフロ)

 今季2大会目のATPマスターズ1000であるマイアミ・オープンには、実に胸躍るベスト4の顔ぶれが出揃った。

 トップハーフの準決勝は、ジョン・イズナー対フェリックス・オジェ=アリアシム。もう一つの対戦が、ロジャー・フェデラー対デニス・シャポバロフ。いずれも、30代のベテランと10代の新旧対決で、過去の同大会チャンピオンに、ツアータイトルを持たぬ若手が挑む構造である。しかもシャポバロフとオジェ=アリアシムは、カナダ人で年齢は1歳違い。8~9歳の頃から互いを良く知る、「兄弟」のような存在だ。

 19歳のシャポバロフの今大会での足跡も、なかなかに趣深いものがある。2回戦では21歳のアンドレイ・ルブレフを破り、4回戦では20歳のステファノ・チチパスと、最終セットタイブレークにもつれ込む大熱戦を演じた。そして準々決勝では、21歳のフランシス・ティアフォーに逆転勝ち。試合後に、ネット際でティアフォーと硬いハグを交わしたシャポバロフは、敗者が一足先にコートを去る直前にも、再びハグし健闘を称え合う。

「僕らは良い友人なんだ。ジュニアの頃は、彼の方が遥かに強かったので一緒に過ごすことはあまりなかったけど、プロになってからは急激に仲良くなり、練習もしょっちゅうする間柄になった。対戦すれば、いつも互いに最高のプレーを引き出し合っている」。

 ティアフォーとの関係をそう述懐するシャポバロフは、さらに続ける。

「トーナメントでは、自分が勝ち進みたいと思うのと同時に、友人たちにも勝ち上がって欲しいと思っている。彼らがどれだけ、努力しているか知っているから」。

 手垢のついた言い回しではあるが、同世代のライバルたちとの切磋琢磨が、屈託のない笑顔を振りまく19歳を、早くもキャリア3度目のマスターズ準決勝へと押し上げた要因だ。

 それら同世代の包囲網を切り崩し至った準決勝で、対戦するのがフェデラーというのも、興趣が増す邂逅である。彼ら新世代の大多数の例に漏れず、左腕から繰り出す豪快な片手バックハンドがトレードマークのカナディアンもまた、フェデラーを崇拝し、この道を歩んできた一人だ。

 彼がバックハンドを片手で打つようになったのは、6歳の時のこと。なぜそこまで時期が明確かと言えば、当の本人が、始まりの時をはっきり覚えているからだ。

 それは、いつもと同様の朝の練習であり、しかし何かが違っていた。その日、コーチであるシャポバロフの両親は、二人で何かを相談した後に、息子に向き合い、こう言った。

 「デニス、バックハンドを打つ時に右手をラケットから離し、左手だけで打ってごらん」。

 その時、6歳の子供の胸を占めたのは、「それって、ロジャーみたいに打つってこと!」という、無垢な歓喜と興奮だった。この頃からテレビで試合を見れば、常にフェデラーを応援するようになる。同時に、“テニス界が生んだ最高傑作”と呼ばれる存在と対戦することは、彼の夢となった。

 「僕がロジャーを応援しない唯一の試合は、僕と対戦する時だね」

 長く伸びた金髪を揺らしながら彼が声をはずませたのは、初めてマスターズでベスト4に進出した、カナダディアン・オープン後のことだった。 

 それから、1年半――その「唯一」の時が、いよいよマイアミで訪れる。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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