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自民党総裁選、経済政策を評価する

森信茂樹東京財団政策研究所研究主幹 
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

連日総裁候補の政策論争が報道され、大変盛り上がっている。経済政策について、新自由主義からの転換、所得分配重視の政策などの総論から、最低保障年金の導入、給付付き税額控除の導入、基礎的財政収支の一時凍結などの具体論まで様々な考え方が披露されている。

筆者がとりわけ目新しさという観点から評価するのは、高齢者の生活を安定化させるための「基礎年金の最低保障」政策と、中低所得者に減税と給付を組み合わせ勤労インセンティブを高めたり子育て支援を行う「給付付き税額控除」という2つの政策である。

河野太郎候補は、「最低保障年金」の導入を提言した。これは現在保険料と税が半々となっている基礎年金の財源をすべて税にする税方式を前提にしていると考えられる。

今後少子高齢化がさらに進み、マクロ経済スライドの調整もあり、基礎年金部分はますます縮小、25年後には現役世代の収入の4分の19程度に縮小する。保険料の未納があればさらに受け取る年金は少なくなる。

この問題は、政府も専門家も認識しながら、解決策が消費増税議論に及ぶので、ふたをして先送りしてきた課題である。それを今回河野候補が「突然」ふたを開けたわけだ。筆者は、河野候補の「蛮勇」を評価したい。

早速他の候補者からの批判をうけているが、基礎年金の財源をすべて税財源とするとその分社会保険料は引き下がることになり、マクロ的な国民負担は変わらない(企業負担軽減分は給与になるという前提)。最低保障を作るための財源は新たに必要となるが、それは高所得者への年金削減でねん出するということのようだ。

現在の年金財源は、税と保険料が混在しており、基礎年金の役割は、セーフティーネットなのか所得再分配なのか、長生きリスクに対する保険なのが不明確で、そのことが政策対応の遅れを招いてきた。

税方式への転換は、負担面で勤労者から高齢者へ、給付面で高所得者から低所得者へという所得再分配をもたらし、未納の問題も解決できるというメリットがある。一方で、ゼロから考え直す大改革が、果たして実現可能かという大きな疑問もある。

早晩直面する大問題を、総裁選という場で正直に提示し、今後の議論のきっかけを作ったことは、信頼に足る政治家という評価を上げることになると思われる。

高市早苗候補の提案する「給付付き税額控除」は、目新しい政策だ。

この制度は、勤労者に減税(税額控除)と社会保障給付を組み合わせて、勤労インセンティブを刺激し、自助努力による生活水準の向上を図るというもので、欧米ではスタンダードな政策ツールとして普及している。

思想的には米国経済学者のフリードマン教授が唱えた「負の所得税」を起源としているが、クリントン政権やブレア政権が、勤労を通じて生活の向上を図るというワークフェア思想に基づき導入・活用され、貧困・ワーキングプア対策や子育て支援策として大きな成果を上げた実績がある。

わが国では、麻生政権時に検討され、09年の所得税改正法附則第104条に「検討する」と書きこまれたが、直後に民主党に政権交代、民主党は「所得控除から給付付き税額控除へ」とマニフェストに書きこんだ。その後消費税逆進性対策として、軽減税率と並んで議論となったが、軽減税率の導入によりいまだ実現していない制度である。

欧米で,政策効果が実証されており、米バイデン政権や英ジョンソン政権ではコロナ対策給付として活用された。わが国でも番号制度が根付き、デジタルにより正確な所得に基づき給付を行うことの基盤が整ったことを踏まえて、総務大臣経験者の高市候補らしい提言だ。

このような目新しい制度で総裁選の論争が行われることの意義を大いに評価したい。

最後に岸田文雄候補の主張する「分配」について。

氏の主張する新自由主義的な経済政策からの転換には、大きな共感を覚える。一方「分配」政策については、違和感がある。「分配」の常識的な意味は、「負担能力がある者からそうでない者に所得を移転させること」だろう。そのためには、負担能力がある者にさらなる負担を求めて「分配」のための財源を作ること、つまり税負担の増加(増税)ということが一方にあるはずだ。それを言わず、「経済成長の成果を分配する」というのは無責任の感じがする。

岸田候補は、成長のための政策として、国債発行による数十兆円規模の経済政策も主張しておられるが、ここ20年経済成長とは縁がなく潜在成長率の低下しているわが国経済が、短期間に急成長をするとは考えられない。その場合、「分配」の財源はなくなり、「分配」は絵に描いた餅になる。

現在の経済停滞の原因の一つが、社会保障の持続可能性への不信感からくる消費の低迷にあるとすれば、まずは適正な分配政策を考えること自体が成長戦略ともなりうる、という視点も必要ではないか。その意味で、「分配」と「成長」とは両立するもので、「成長」が先というわけではなかろう。

総裁選により、長らく低迷していた経済政策、議論がなかった社会保障の議論がなされること自体には、大きな意義を感じる。

東京財団政策研究所研究主幹 

1950年生まれ。法学博士。1973年京都大学卒業後大蔵省入省。主に税制分野を経験。その間ソ連、米国、英国に勤務。大阪大学、東京大学、プリンストン大学で教鞭をとり、財務総合政策研究所長を経て退官。東京財団政策研究所で「税・社会保障調査会」を主宰。(https://www.tkfd.or.jp/search/?freeword=%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9)。(一社)ジャパン・タックス・インスティチュートを運営。著書『日本の税制 どこが問題か』(岩波書店)、『税で日本はよみがえる』(日経新聞出版)、『デジタル経済と税』(同)。デジタル庁、経産省等の有識者会議に参加

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