リストラをしなくても済む方法〜本当に人に優しいのはどのような会社か〜
■組織の基本は「ピラミッド」
「官僚制」と聞くと反応的に批判的になってしまう人が多いですが、時が移り変わっても組織の基本はやはり官僚制です。現代の企業も、役割を明確化して分業することによる専門性の向上や属人化の防止、階層化して権限移譲することによるスピードアップなどの官僚制の特質を活かして、社会に効率的に価値を提供しています。
もちろん、官僚制の副作用として、セクショナリズムや事なかれ主義、画一的対応などの弊害はあります。しかし、官僚制はある程度以上の規模の組織が取りうるほぼ唯一の体制ですから、いかに上手にこのピラミッド(上位者が少数で会社が多数である組織の三角形)を作るかは人事の基本的テーマの一つです。
■「既に起こった未来」
社会において、何年後に人口の年齢や性別等の構成がどう変化していくかといった人口動態は「既に起こった未来」であり、多くのものが予測不可能なこの世において、数少ない確からしいものです。
それは組織においても同様で、市場やそれに応じた事業の変化は変数が多くて予測しにくいのですが、従業員の構成状況は比較的予測しやすい。一時に大量に新卒採用をすれば、その世代は何年経っても一定の割合を組織の中に占めるのは明らかですし、一時に採用をストップすれば、その世代が枯渇することも明らかです。組織における死亡率とも言える退職率も、一定以上の規模の組織であればある程度は予測できます。だからExcelを少し叩くだけで、自社の未来の一部であるピラミッドの形は「見える」のです。
■見えているのに、なぜ見ないのか
ところが、こんなに簡単に「見える」ものを、多くの企業では見ようとしていません。要員計画では、人数や生産性は必須項目として精緻に検討されるが、ピラミッドの予想図まで詳細に検討しているところは意外なくらい少ないです。だから、組織内の世代人口の増減はポスト不足や人材不足から様々な問題をもたらす根本原因であるのに、人事があわてて対処しはじめるのは問題が発生し始めてからのことが多いのです。
人材不足は、採用というポジティブな活動を頑張って推進すれば対処できることもあるので、まだましかもしれません。それよりも深刻なのはポスト不足、すなわち人余りの方です。そして、残念ながらポスト不足が「発覚」した時点では(既に何年も前から明らかだったはずなのですが)、取れる処置はリストラという「外科手術」しかないことが多くなります。こうして何とかピラミッドを維持はするが、組織には不信感という深い傷跡が人心に残ることになるのです。
■採用は事業に合わせるしかない
毎年の採用目標人数は、各事業の売上計画と生産性から逆算した必要人数の積み上げという短期的観点で決まっていくのはもちろん仕方がありません。市場が急成長している時は、将来のピラミッドにゆがみを生じさせるとしても、経営者にはそこでブレーキを踏む選択肢は無く、一気に大量採用に踏み込むということも多いです。逆に、景気が減速すれば採用を止めることも致し方ないと思います。今を生き延びなければ未来はないのですから。
このようにピラミッドの入り口である採用は実はコントロールしやすいようで、しにくいのです。だから組織の人口動態を考える上で、採用はある程度所与のものと考えた方がよいのです。
■退職率を「マネジメント」する
そうであれば、リストラをせずに組織のピラミッドをきれいに作っていくために、人事ができる選択肢はただ一つです。退職率のマネジメントしかありません(経営や事業側には事業成長という手段もありますが)。入口が所与であれば、出口をコントロールするしかないというわけです。
退職率のマネジメントは組織が個人に退職を要請するリストラとは全く違います。あくまでも個人が自発的に退職する割合をいかに操作するかということです。個人の自発性に任せる以上、短期的に劇的な効果があるものではありません。退職率は基本的には緩やかな変化を示すものです。だからこそ、将来の人口動態を随時シミュレーションしながら、舵を取っていかなくてはならないのです。
■「理想」の退職率とは
まずは理想の退職率をターゲティングすることが必要です。例としてざっくり考えると、もし5%の退職率を仮定すれば、ある年に100人入った新卒者は20年後に0人になる。40半ばでピラミッドの頂点を作ることをイメージするなら、このあたりが適切な退職率となります。もっと若い世代に頂点を担ってもらいたいなら、理想の退職率は上がります。逆に、一人前になるのに長年かかる仕事の会社であれば、もっと低い退職率を設定すべきでしょう。
そして、退職率をモニタリングしながら、ターゲットの割合より上振れするようなら、退職率を下げる「求心力」策を、下振れするようなら「遠心力」策を実施し、理想の退職率を実現するように日々手を打っていくのです。これが退職率のマネジメントです。
■「求心力」と「遠心力」
「求心力」施策とは、会社に定着を促す施策で、組織の一体感や愛社精神を向上させるイベントや評価・認知活動、社内業務に役立つ能力開発への投資、仕事や職場への適応を目的とした研修の実施、残留インセンティブの高い退職金、報酬アップ等々を指します。
「遠心力」施策とは、会社から退出を自然に促す施策で、社外を含めた選択肢を検討できるキャリア研修や、ポータブルな能力開発への投資、セカンドキャリア支援の退職金、昇給や昇格の停止、役職定年制度等々を指します。
この二つを、理想の退職率と実際の退職率予測のギャップを踏まえ、バランスを考えて実施していくのです。簡単なことではありませんが、これを地道に実施することで、自発的退職を主とする(だから、ハッピーリタイアであることが比較的多い)理想の退職率を実現することができれば、残酷なリストラなどしなくてもすむ体質の会社が出来上がっていくのです。
■何が本当の優しさか
日本は言霊の国であるからか、「退職率をマネジメントする」と言うだけで、嫌悪感を持つ方もいることでしょう。しかし、ピラミッドは上に行けばいくほど必要人数は減ります。ですから、適切な退職率を維持できない会社は、「船頭多くして船山に登る」となって全員で沈没することにもなりかねません。結果、リストラという外科手術をするはめになります。「一度採用した仲間は一生添い遂げたい」という志はとても立派だと思うのですが、それは現実的には不可能ではないでしょうか。
そうだとすれば、ある程度自然な遠心力を常に効かせて、仲間がもっと活躍できる場を社外に求めやすい風土を作っておくことこそが本当の優しさではないかと私は思います。最近では少なくなったかもしれませんが、日本では中途退職は「落ちこぼれ」か「裏切り者」と見られることもありました。そう見られたくなければ、惰性で会社に残る人も出るのも当たり前です。しかし、それは誰にとってメリットがあることなのでしょうか。そんな風土を変えていかなければ、誰にとっても予後の悪い社会になってしまうことでしょう。人事は、採用した以上、目を背けることなく、彼らの出口にも責任を持つべきだと思うのです。