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新宿のベンチャーサッカークラブに東大京大卒のビジネスパーソンが集まるワケ〜クリアソン新宿の採用〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
JFL昇格時の写真。このまま一気にJリーグへと駆け上がれるか。(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

◾️ 組織人事の力で勝つサッカークラブ

新宿に「クリアソン新宿」というサッカークラブがあることをご存知でしょうか。「JFL」という日本の4部相当のカテゴリーに位置するこのチームは、2018年までは東京都社会人サッカーリーグに所属していました。しかし、ここ5年で3回の昇格を果たし、現在、23区を拠点とする初のJリーグクラブに誕生に王手をかけています。昨年はJリーグ入会資格を獲得したので今年も獲得できれば、後はJFLでの順位要件を満たすのみです。

なぜ、このサッカークラブに私が注目するのかと言えば、この躍進の裏側には組織人事的要素が強くあると思うからです。

◾️ 特に採用力に特色がある

特に、クラブの経営や運営に携わる、株式会社クリアソンのビジネスパーソンたちの「採用」があります。属性だけで言えば、例えば、2017年に早稲田大→リクルート、慶應義塾大(院)→ソニー、東京大→伊藤忠商事というキャリアを歩んだ3名がジョインしたのを皮切りに、東京大→総務省、京都大→住友商事、直近では一橋大→トヨタ自動車からも相次いで転職してきています。勢いあるサッカーチームとはいえ、ある意味まだまだ発展途上のベンチャーであり、そこにこのような経歴の人がどんどん集まってくるのはすごい状況です。

クリアソンには将来のポテンシャルはあるにせよ、顕在化している実力はまだまだです。そういう意味では、リクルートの創業者江副浩正の言葉を借りれば「分不相応の採用」と言えます。一流の大学から一流の就職先の進んだ若者たちを、なぜ売り上げ数億円程度のベンチャーサッカークラブが採用できたのでしょうか。ここには一般企業にも参考になるいろいろな工夫があります。

◾️ 一人の候補者と極めて長期間の接点を取る

クリアソンの採用の特徴の一つに、候補者に出会ってから最終的に入社に至るまでの期間がとても長いことがあります。

通常、中途採用で言えば、長くても3ヶ月程度で決まるのがふつうですが、先に挙げた住友商事から転職してきた社員の方は、大学生の頃に同社に出会ってから採用に至るまで、実に7年近く断続的にコミュニケーションを取り続けてきたと言います。他にも、入社前に中途採用であるにもかかわらず、長期のインターンシップをやってもらうなど、とにかくたくさんのコミュニケーションを候補者の方と取ることで、ミスマッチを防ぐとともに、入社後の覚悟のようなものを醸成しているのではないかと思います。

◾️ サッカー以外の事業で将来の社員候補と接点を持つ

その接点の場の一つになっているのが、クリアソンが、サッカークラブの経営以外に行なっているスポーツ×教育の領域での事業です。

例えば、大学体育会の幹部人材にリーダーシップや組織マネジメントの学びの場を提供する「Criacao Leaders’ College」。トップアスリートを講師に、社会人向けスポーツからビジネスの気づきを得る「Criacao Athlete College」など。定期的に開催されるこうした勉強会を通じて、将来の社員候補となる優秀人材の、大学生から社会人へとライフステージを変化させる中で生まれる課題を、一緒に向き合い、解決しているのです。

「テックブログ」がテック業界での採用に影響を与えているという話は過去の記事でも取り上げましたが、クリアソンも同じように、アスリート人材に学びの機会を提供し、業界全体の発展に視点を向けています。こうした点でも、スポーツコミュニティに貢献し、一定の信頼感を獲得することで、採用活動に好影響を与えているという側面もあります。

(参考)「社員が自ら主体的にブログを書いて発信する会社」は、どうやって作ればよいのでしょうか?(2023/02/06)

◾️ 採用のために人材をプールする

このような会社は珍しいですが、採用に力を入れているところではたまにあることです。例えば、昔のリクルートは採用のために海外支社を作ったり、旅行会社を作ったり、スーパーコンピューター(例のリクルート事件のやつです)を買って事業を作ったりしていました。完全に「採用のため」だったと聞いています。また、私が支援している関西の不動産会社も、採用を目的として、優秀な学生と接点を持つために、新規事業として学習塾を始めたところもあります。

同社の社員は「ちょうどキャリアで悩んでいる時に声をかけてもらった」ことが、転職を決めた一つの要因だと話します。採用する側からすれば、採用候補のリストにローラー作戦的に連絡をしているだけかもしれません。しかし、長期間に渡り関係性を持ち続けている分、それだけ候補者側にも人生の波があり、本当に困っているベストタイミングでの声をかけにつながることもあります。

最近で言うと、こういう方法を「人材プール」と言ったりもします。今すぐに採用の候補者にはならずとも、いつかタイミングがあえば、社員として入社して欲しい人と接点を取り続ける(プールする)ということです。一見、非効率に見えますが、継続していくとそこからどんどん入社者が増えるようになり、実はどんどん効率的になっていくという手法です。

◾️ タイミングがやってきたら、ビジョンやストーリーを語り、口説く

こうして、一流の組織に所属する優秀な人材にとって、すぐの転職につながらなかったとしても、彼ら彼女らにとってクリアソンは心にある企業として、居座り続けることができているのです。

そして機が熟すと、面談をして、候補者にオファーを出し、大手企業からの転職を決断してもらうというフェーズがきます。クリアソンの採用では「ビジョンを語ること」「ビジョンを体現している姿を見せること」を意識します。

一般的に、面接では面接官が候補者の「想い」の強さをはかるために「きっかけ」「意見」「行動」の3つを尋ねます。「きっかけ」とは、なぜ、そう思うようになったのかです。生まれ育った環境、人生で起きた出来事・出会いなどです。「意見」とは、自分が想いを持っていることであれば、普段から考えていることや、言いたいことがあるはずなので、それは何なのかということです。そして「行動」とは、そうしたことを踏まえて、具体的にやっていることです。そして、これは反転させると、候補者側も、企業や経営陣の「想い」の強さや覚悟をはかることができます。

◾️ ビジョンを体現している象徴としてのサッカーチーム

クリアソンでは、まずは、とにかくビジョンを語ります。スポーツやサッカーで事業を行う上で、原体験となった「きっかけ」や、現状のマーケットに対する「意見」を伝えます。そして、最大の強みになっているのが、それを体現しているサッカークラブの存在です。

経営陣の話す言葉だけではなく、会社の理念を体現するために、闘い、走り、声を出している選手、その試合の運営に奔走しているスタッフを試合会場で見ることで、自社のビジョンへの本気度と、そのための「行動」を目に見える形で訴求することができています。ビジョンのように抽象的なものはいくらでも言おうと思えばなんとでも言えるために、時にうさんくさく思われることもあります。しかし、サッカーチームという存在は、目の前に厳然と存在しており、納得感を持つことができます。

実際に、候補者には年間を通じて行われているホームゲームなどに招待して、理解を深めてもらっていると言います。

◾️ 「親の次に理解している」自信

採用とは人の人生を大きく変える仕事です。年収やキャリアを一旦捨ててもらって、大手からベンチャーに引っ張ってくることに、採用担当者側が尻込みすると、候補者に対して「選ぶのは自己責任でね」という、ある種で投げやりな態度になってしまうことがあります。

しかし、採用担当の仕事の価値はある意味「非合理な選択」をさせることです。そもそも、キャリアに正解はありません。だから、転職元や他の転職先の大手企業に、勝手に負けていると思い込まず、覚悟を決めて呼び込むことが大切です。

クリアソンの取締役は「家族の次に、その人(候補者)のことを知っている」と言います。スポーツという共通言語を通じて長い間コミュニケーションをとってきた分、最後「非合理な選択」をさせるときにも「必ずクリアソンに来たほうがいい」と断言することができる。それが候補者にとっての安心感につながっているのかもしれません。

◾️「うちは採用に力を入れている」は本当か

昨今、様々なソーシャルメディアツールの普及により情報へのアクセシビリティは向上した一方で、最終的に自分のキャリアをどう決めるのか、候補者側も難易度が上がっています。特に、大企業に勤めていれば、半自動的に立場や年収が上がり、本来ベンチャーに挑戦するべきだった人材が、迷っている間に機を逃してしまうこともあるかもしれません。

だからこそ、採用サイドは、優秀な人材には長期間にわたってコンタクトを取り続けること、その過程で、企業がビジョンに対し行動し続けている姿勢と「一緒にやっていきたいんだ」という覚悟を明確に見せることが重要です。

クリアソンの採用についてお話ししましたが、いかがでしたでしょうか。「うちは採用に力を入れている」と言う会社は山ほどあります(というより、ほとんど聞けばそういうことでしょう)。しかし、本当にここまでやっているところは極小です。ここまで極端でなくとも、自社の採用を振り返って、「自分たちはこれまで本当に採用に力を入れてきたのだろうか」と一度振り返ってみてもよいかもしれません。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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