大学発ベンチャー誕生を思い出せ、全学挙げて産学共同を推進する東工大
磁気テープで有名になったTDK。テープだけではなくコイルやトランスの磁心などに使われるフェライトで有名な会社だ。もちろん、HDD(ハードディスク装置)の磁気ヘッドでも大きく成長した。だが、TDKが東京工業大学から生まれた大学発ベンチャーであることは意外と知られていない。フェライトを発明した加藤与五郎教授と武井武教授がTDKにライセンス供与し、TDKがフェライトの事業化を進めてきた。
このフェライトの発明は実は、日本国内よりも海外で高く評価されていた。第2次世界大戦中、米軍機を墜落させ、通信機器を分解してみると、中間周波トランスにフェライトが使われていたことがわかった。米軍はフェライトを使えば通信機器の性能が飛躍的に上がることを知っていた。TDKの創業者もこのことを知っていたのかもしれない。大学の研究者は海外にも論文を投稿することが大きな仕事の一つであるから、優れたものであれば海外は即座に評価する。日本では、「どこの馬の骨」という言葉が示す態度で同じ日本人の研究を見下し、評価しない風潮がある。今でもこの風潮は残っている。だから優秀な研究は、海外の方が日本よりも知られやすい。
日本の産業界を活性化する上で、大学発ベンチャーを成功に導くことは重要だ。東工大でもベンチャーを生み出す気風には至っていない(注)。ようやく最近、大学と産業界が手を組む産学共同が日本でも始まろうとしている。これまでは大学の教授や研究室が企業と協力しながら研究を進めてきたケースはある。文部科学省からの予算だけでは不足するため自主的に企業と手を組んだ研究室や教授であったが、全学を挙げて産学共同に取り組んでいたわけではなかった。
東京大学は最近、AI(人工知能)チップを設計するための施設を作ったり(参考資料1、2)、ファウンドリ事業で世界トップの台湾TSMCと提携したり(参考資料3)してきた。学長自ら旗を振り外部企業との提携や共同プロジェクトを進めてきた。東工大も負けずに全学を挙げて産学協同に取り組み始めた。このほど「第1回東京工業大学国際オープンイノベーションシンポジウム」でその枠組みについて発表した。
東工大の産学共同プログラムは、一種のR&Dコンソーシアムを基本としており、このコンソーシアムに参加する企業や外部機関のパートナーは、これまでの特許やIPとは違う仕組みを取り入れた。この特許の仕組みが最大の特長だ。これまで産学共同が進まない最大の理由が特許であった。国立大学である以上、文科省の管轄下にあり、大学が企業との共同研究では特許は全て文科省、すなわち国庫に入った。このため企業の中には、特許が入手できないのなら自分たちだけで研究した方が良い、と考えるようになった会社も多い。だから産学共同は思うように進まなかった。
そこで、東工大は従来の仕組みを改めて、共同研究での契約が独占使用かそうではないか、あるいは第三者が使いたいという非独占的な場合の扱いも発明企業と大学の双方の利害に照らして、特許の扱いをフレキシブルに対応できるように変えた(図1)。これによって、これまでのように発明成果を国家に一律に取り上げられることはなくなった。
また、数社が参加する一つのプロジェクトに対して、その中から生まれた特許に関しても担当した企業同士で共有できるようにし、事業化する場合の権利をパッケージ化した特許プラットフォームを作り(図2)、共同開発したテーマの特許を共有できるようにした。これら特許のフレームワークについては文部科学省も理解を示しているようで、2020年2月に開催されたシンポジウムで文科省の来賓あいさつがプログラムに組み込まれていた。
かつて取材した英国のBristol大学やCambridge大学では(参考資料4)、教授をはじめとするアカデミアの人たちは特許には全く関心を示さなかった。共同開発であってもその研究から生まれた成果を特許申請して、権利を受けるものは企業だという考え方であった。アカデミアの人たちは特許を書くことに興味はなく、それよりも学会や国際会議で発表する論文を書く方が研究内容を評価されるため、論文執筆に精力を注ぐ。企業は、利益を追求するため、特許は企業にとって利益の源泉になりうる。例えばQualcomm社は製品を開発する会社と、特許をビジネスとしている会社の2社から成り立つホールディングカンパニーである。
今の東工大の新しい特許のフレームワーク(図2)では、特許の申請は企業が行い、その利益の配分は双方で決めるという考え方だが、これでも英国の共同研究における考え方とは違う。英国の共同研究では資金を提供するのは企業側であり、大学側はそれを受けて研究成果を提供するから、特許化するのは企業側が主体であり、その権利を行使するのも企業側だという考えによる。
しかし米国にはStanford大学のように名門私立大学が多いが、産学共同プロジェクトでは、特許を管理する管理部門が大学にもある。もちろん、Stanford大学の教授たちも日本の教授と同様、特許より論文執筆に精を出す。しかし、特許に関しては私立大学である以上、大学といえども企業と同様ビジネスモデルを常に考えながら進んでいく。研究成果を事業化する場合も管理部門が責任を持つ。今回の東工大の特許の考え方は、Stanford大学に近い。しかし、国庫に入れるという考えを国が貫くのであれば、ビジネスモデルを官僚らが考え、国庫を潤すビジネスをもっと生み出す努力をすべきだと思うが。
注)セキュリティソリューションで有名なソリトンシステムズ社は東工大で博士号を取得した鎌田信夫氏が創業したベンチャーであるが、博士号を取得した時の研究テーマである磁性半導体をビジネスにした訳ではないので、大学発ベンチャーとは言えない。
参考資料
1. IBMAIチップ開発エコシステムとニッポン(2019/2/17)
2. 東大のAIチップ設計拠点が活動開始、カギはデザインハウス(2019/2/28)