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元ブリーダーが犬を窒息死 10万頭の犬が行先を失う? ”繁殖引退犬”を飼う前に知ってほしいこと

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
イメージ写真(写真:アフロ)

犬を飼いたい人は、2019年の動物愛護管理法の改正内容を知ってほしいです。

劣悪な環境下で子犬を産まされている繁殖犬がいます。その犬たちを救うためにこの法律が改正されました。

繁殖犬に関することを要約すると、ブリーダーが飼育できる繁殖犬の数は、スタッフ1人あたり15頭までと定められ、出産の回数は6回まで、交配時の年齢も原則として6歳以下となりました。

動物愛護管理法は2020年6月1日から施行されました。そのため、繁殖引退犬が10万頭いるといわれています。

そんな背景で、元ブリーダーが繁殖できなくなった犬を窒息死させるという痛ましい事件がありました。

このような事実を知って、繁殖引退犬を飼いたいと思う人もいるかもしれません。繁殖引退犬は、ペットショップやブリーダーから子犬を飼う場合とは、性格や病気になりやすさが違います。それを見ていきましょう。

繁殖引退犬の特徴

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イメージ写真写真:アフロ

日本には10万頭の繁殖引退犬がいるかもしれず、路頭に迷っている犬がいるのなら、私が飼いたいと思っている人もいるでしょう。しかし、繁殖引退犬の特徴をよく理解していないと、飼い主は「こんなはずではなかった」と後悔することになります。

犬を飼えば、終生飼養が基本です。簡単に遺棄することはできません。それでは、特徴を見ていきましょう。

□表情が乏しい

多くの繁殖犬は、狭いケージの中に閉じ込められていることが多いです。そして、フードや水やトイレのときだけ、スタッフが来て世話をしてくれます。それ以外は人間とコミュニケーションを取らないため、繁殖犬は喜怒哀楽を示さないことが多いです。

保護団体から繁殖犬を引き取った飼い主は「この子、はじめは何を考えているかわからず、たいへんでした」と言います。例外もありますが、そのような犬が多いです。

□声帯を切られていて鳴く声が出にくい

ブリーダーのところには多くの繁殖犬などがいるため、鳴くと近所の迷惑です。そのため、声帯を切られている犬もいます。

以前、繁殖引退犬のいる家に遊びに行ったとき、かすれた声で「ウォオン」と鳴いていたので、私は気管支炎かなと思ってしまいました。すると飼い主が「あの子、繁殖引退犬なので声帯が切られているんですよ」と教えてくれました。そして、里親になって年月が過ぎると、鳴き声が出るようになったそうです。

□散歩にあまり行っていない

多くの繁殖犬は、ケージに入れられっぱなしで散歩に行っていないことが多いです。繁殖引退犬として里親探しに出されたとき、肉球付近を見ればその状態がわかります。爪が伸びて肉球に刺さっている犬や、爪が変形して横になっている犬もいます。そのうえ、散歩にあまり行っていないため、肉球が柔らかくなっています。

そんな繁殖引退犬なので、保護して散歩に連れて行こうとしても動かず立ち止まってしまうことがあります。犬を飼って散歩を楽しもうと思っても、このような事態になることもあるのです。

□口腔内のケアができていない

パピーミルという言葉をご存じでしょうか?パピーは英語で「子犬」、ミルは「工場」を意味します。つまり、この言葉は繁殖犬を子犬を産む道具のように扱っているブリーダーのことを指します。

このようなブリーダーは、口腔内のケアを行うという発想がなく、筆者が診察した繁殖引退犬のほぼすべてが口腔内のトラブルを抱えていました。

雌犬は子犬を何度も産んでいるためカルシウムが不足し、歯が溶けたような状態になっていました。雄犬も口腔内が健康でないケースが多いです。

一般の家庭で飼われている犬でも口腔内のケアが不十分な場合がありますが、繁殖引退犬はそれ以上にひどい状態の犬が多く見られます。飲み水が衛生的でない可能性も考えられます。

□不妊去勢手術をしていない

繁殖引退犬は、子犬を産むために飼われていました。そのため、不妊去勢手術をしていないことが多いです。保護団体に来たときに不妊去勢手術を受けた犬もいますが、それ以外は基本的に手術をしていません。

繁殖引退犬には6歳以降の犬が多く、この時点で不妊手術をしていない雌犬は、子宮蓄膿症、乳がん、乳腺腫瘍になりやすいです。これらの病気にかかると命の危険があるため、早めに不妊手術をすることをお勧めします。

雄犬の場合、雌犬ほど病気になりやすいわけではありませんが、前立腺肥大、精巣腫瘍、肛門周囲のがんや腫瘍などになりやすいです。去勢していない雄犬は男性ホルモンが分泌され続けるため、男性ホルモンに関連する病気にかかりやすくなります。

繁殖引退犬を飼う場合

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イメージ写真写真:イメージマート

上述のような繁殖犬の特徴を理解してください。

繁殖引退犬は、6年間、過酷な環境で過ごしてきたため、一般家庭に慣れるのには時間がかかります。じっくりと愛情を持って接することで、犬も徐々に喜怒哀楽を示すようになります。

また、散歩を嫌がる犬を無理に連れ出さず、様子を見ながら少しずつ慣れさせると、やがて散歩の楽しさを理解するようになります。

まとめ

繁殖引退犬をなんとかしてあげたいという気持ちが大切です。しかし、繁殖引退犬の里親になると、「こんなはずではなかった」と感じる人もいるかもしれません。

子犬を産むために、過酷な環境で過ごしてきた犬が多いことを理解し、それを踏まえて繁殖引退犬を飼ってほしいです。また、これから犬を飼おうと考えている人には、繁殖引退犬という選択肢があることを知ってほしいです。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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