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血栓症の副反応、変異株への効果低下 5月承認予定のアストラゼネカ社の新型コロナワクチン 現時点の評価

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

日本国内でも2月に承認申請が出され、5月にも承認される見込みとされるアストラゼネカ社の新型コロナワクチンに血栓症の副反応が報告されました。

副反応の報告の詳細や、変異株に対する有効性低下など、現時点での評価についてまとめました。

ウイルスベクターワクチンとは?

CDC
CDC "How Viral Vector COVID-19 Vaccines Work"より

オックスフォード大学/アストラゼネカ社の新型コロナワクチン(ChAdOx1 nCoV-19、AZD1222)はウイルスベクターワクチンという技術を用いています。

ウイルスベクターワクチンとは、人体に無害なウイルスを「ベクター(運び屋)」として使用し、新型コロナウイルスのスパイク蛋白の遺伝情報をヒトの細胞へと運ぶものです。

ベクターを介して細胞の中に入った遺伝子からスパイク蛋白が作られ、体がスパイク蛋白に対する免疫を作ることで効果を発揮します。

新型コロナウイルスそのものを接種するわけではなく、また接種することによってヒトの遺伝子が書き換えられることもありません。

ChAdOx1 nCoV-19はチンパンジーのアデノウイルスをベクター(運び屋)として使っています。

このチンパンジーアデノウイルスはヒトには無害であり、また体内では増殖できないようになっています。

ヒトのアデノウイルスは多くの人が免疫を持っているためベクターとして使えないため、チンパンジーのアデノウイルスが用いられていますが、一度ワクチンを接種してしまうと、このチンパンジーアデノウイルスに対しても免疫ができてしまうため、2回以上は接種できないと考えられています。

アストラゼネカ社の新型コロナワクチンの効果は?

ファイザー、モデルナ、アストラゼネカの3つの新型コロナワクチンの比較(https://doi.org/10.7326/M21-0111を筆者改変)
ファイザー、モデルナ、アストラゼネカの3つの新型コロナワクチンの比較(https://doi.org/10.7326/M21-0111を筆者改変)

アストラゼネカ社の新型コロナワクチンは、すでに国内承認されているファイザー社のワクチンと同様、2回接種が必要です。

1回目から4〜12週空けて2回目を接種します(WHOは8〜12週間隔を推奨しています)。

発症予防効果は70.4%と報告されており、ファイザー社のmRNAワクチンの95%と比べると見劣りするかもしれませんが、十分な効果があります。

また重症化を防ぐ効果も報告されています。

mRNAワクチンと比較した場合のメリットとしては、温度管理が2〜8度の冷蔵で良く、mRNAワクチンのような冷凍での管理が不要という点にあります。

変異株への有効性は?

イギリス変異株、南アフリカ変異株、ブラジル変異株の特徴の比較(WHO situation report 13 Aprilをもとに筆者作成)
イギリス変異株、南アフリカ変異株、ブラジル変異株の特徴の比較(WHO situation report 13 Aprilをもとに筆者作成)

現在、世界中で広がっている変異株ですが、このうちE484K変異という「免疫逃避」と呼ばれる変異のある変異株では、ワクチンの効果が低下することが懸念されています。

実際に、南アフリカ変異株が主流となっている南アフリカ共和国で行われた臨床研究では、アストラゼネカ社のワクチンの効果は大きく下がっていました。

日本国内では、南アフリカ変異株による感染例は多くないものの、E484K変異を持つ変異株は増加しており、ワクチン効果の低下が懸念されます。

血栓症の副反応の報告

アストラゼネカ社の新型コロナワクチンが接種されているヨーロッパから、血栓症を起こした事例が報告されています。

New England Journal of Medicine誌には、アストラゼネカ社の新型コロナワクチンを初回接種してから5~24日後に発症した血栓症と血小板減少症を特徴とする39人の症例について、3つの別々の論文として掲載されています(123)。

この39人は元々持病はなく、これまで血栓症の既往もなかったとのことです。

ほとんどが50歳未満の女性で、中にはエストロゲン置換療法や経口避妊薬を使用している人もいました。

また、脳静脈洞血栓、門脈・脾静脈・肝静脈の血栓など、通常とは異なる部位に血栓が生じている患者の割合が非常に高いという特徴がありました。

また、診断時には血を固める作用を持つ血小板が低下していた、というのも特徴です。

このうち約4割の方が亡くなっています。

これらの方々は、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)という血を固まりにくくする薬剤であるヘパリンの使用後に起こる病態によく似ていましたが、39人の中で診断前にヘパリンを使用されていた人はいませんでした。

しかし、HITのときに陽性になる「血小板第4因子(PF4)/ポリアニオン複合体抗体」が陽性になるという共通した所見が確認されています。

このワクチンを誘因とした血栓性血小板減少症の発生率は、10万回の接種につき、おそらく1例程度と見積もられています。

もちろん、致死率が約2%の新型コロナを予防できる、という大きなメリットがあるワクチンですし、この血栓性血小板減少症の副反応は極めて稀です。

日本でのワクチンの供給が十分ではない状況においては、このワクチンが果たす役割は決して小さくはないでしょう。

現在、デンマークはアストラゼネカ社の新型コロナワクチンの接種を中止しており、またスペイン、イタリア、ベルギーなども若い人を接種対象としないという年齢制限を決めています。

日本ではアストラゼネカ社の新型コロナワクチンは5月以降に承認される見込みとされていますが、ファイザー社のmRNAワクチンよりも効果が劣ると考えられる点、南アフリカ変異株に対する有効性が低下する点、そして今回のワクチンを誘因とした血栓性血小板減少症の件も含めて、接種対象者をどうするのか非常に難しい判断が求められます。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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