「破水しちゃった」電車内で出産 ロンドンでは病院から追い返され路上で出産 母子救った奇跡のスクラム
バスタオルで囲い
[ロンドン発]JR常磐線の特別快速車内で25歳の女性が元看護助手の女性の助けで女児を出産したことが大きなニュースになりました。赤ちゃんを無事取り上げた元看護助手は5人の出産経験があり、朝日新聞の取材に「勝手に体が動いていた」と答えています。
朝日新聞によると、出産した女性は車内で陣痛が始まり、破水しました。元看護助手はバスタオルを女性の下に敷き、女性客の協力で周りから見えないようにタオルで囲みました。電車が柏駅に到着すると、元看護助手はホームに出て「電車を止めて!」と叫んだそうです。
女性は3人目の出産。元看護助手は出産に立ち会った経験はありませんでしたが、「ぽんと体が出てきた」そうです。安産で何よりでした。
岐阜県立下呂温泉病院の2014年分娩統計によると、分娩所要時間は初産婦で平均11時間13分、経産婦で平均5時間52分。他のアンケート結果を見てもそれぐらい時間がかかるようです。今回の女性のように陣痛が始まってすぐ出産というケースは限られています。
しかし2015年人口動態調査によると、出生の場所別にみた出生数では 病院53万9,939件、診療所45万7,427件、助産所6,885件、自宅1,135件、その他291件。
「その他」がどんな場所を指しているのかは分かりませんが、施設外での出産です。施設に向かうマイカーやタクシーの中で出産というのは十分にあり得る話だと思います。
ロンドンでは大学病院から追い返され路上で出産
原則、医療費は税金で全額負担するイギリスの国民医療サービス(NHS)では陣痛が始まってもすぐには入院させてもらえません。知人女性からも「病院から返された」「院内の通路をずっと歩かされた」という話をよく聞かされます。
予算に限りのあるNHSではベッドに余裕がないのと回転率を上げて医療サービスの効率を良くする必要があるからです。2016年12月22日午前7時すぎ、本来ならあってはならない、こんな事件が起きました。
陣痛が始まったリジー・ハインズさんはユニバーシティ・カレッジ・ロンドン病院に夫と駆けつけます。しかし、助産師さんから「分娩は始まっていないわ。病院では通路で待ってもらうしかないから、家に帰って2~3時間様子を見なさい」と言われて追い返されます。
夫が近くのホテルを予約してチェックインして間もなく、リジーさんは「赤ちゃんが生まれてくる。もうすぐよ」とうめきました。
「ここで産んじゃダメだ。僕が病院に連れて行くから」と言う夫に支えられて道路を渡ったリジーさんは2度目の子宮の収縮を感じました。リジーさんはパジャマの上にコートを着ていました。
パジャマの中に産み落とす
リジーさんは路上に座り込み、大声を出しました。長男ルイスちゃんがパジャマの中に産まれ落ちたのです。場所は繁華街トッテナム・コート・ロードのストリップ・クラブの前でした。
リジーさんはこの時の様子を昨年12月14日にフェイスブックに投稿しました。「私を取り囲む通行人の踵(かかと)が見えた。私はパジャマの中に赤ちゃんが生まれたとみんなに伝えようとした。『ここにいるの』って」
夫は信じられないという表情を浮かべました。リジーさんと生まれたばかりのルイスちゃん、夫の3人を取り囲んだ人々は「クリスマスの奇跡だ」と歓声をあげたそうです。
ルイスちゃんは泣き声を上げませんでしたが、誰かが抱いてあげるといいよとアドバイスをくれました。非番の医者は酔っ払いが騒いでいると思ったそうですが、ルイスちゃんを診て「元気な赤ちゃんだよ」と告げました。
他の誰かは車イスを取りに走ってくれました。ルイスちゃんをくるむために見ず知らずの人がスカーフを差し出しました。大学病院が落ち度をわびたのは言うまでもありません。
リジーさんはフェイスブックで感謝の気持ちを伝えるとともに、「ルイスを出産する1時間前に病院から追い返されました。私の出産は、陣痛が始まったばかりの分娩初期の産婦がどう扱われているか厳しい現実を物語っています」と綴っています。
イギリスで人気の「助産婦」さん物語
女性が路上で出産するケースは海外ではたまにあるようです。
2014年2月、ニューヨークのマンハッタンで、陣痛が始まった39歳のイギリス女性がタクシーを止めようとしたところ横取りされ、その場でドアマンや通行人の助けを借りて出産。
2015年12月、中国で女性が立ったまま周囲の人に助けられて出産する様子が世界中にニュースとして流れました。
イギリスではBBC放送の人気TVドラマ「コール・ザ・ミッドワイフ(Call the Midwife)」シリーズ7が放送されたばかりです。毎シリーズ、視聴者が1,000万人を超える人気番組です。
ミッドワイフとは「助産婦(当時は女性の仕事でそう呼ばれていた。現在は助産師と呼ぶ)」さんのこと。1957年、低所得の住民が暮らすロンドン・イーストエンドの修道院にやってきた当時22歳のジェニファー(ジェニー)・リーさん(1935~2011年)の自伝をもとに、母性と出産、家族、愛をテーマに物語が展開していきます。
ロンドン郊外で高い教育を受けたジェニーが小さな民間病院と思い込んで赴任した修道院では、出産を手助けする修道尼や助産婦がてんてこ舞いしていました。
家庭内暴力に苦しむ妻、偏見と差別に苦しむ黒人女性、針金のハンガーを使った違法中絶、戦争のトラウマを抱える夫など、さまざまな人間ドラマが繰り広げられていきます。
圧巻の出産シーン
圧巻は出産シーン。大きなお腹を抱えた女性が汗をにじませながら、うんうん、いきむ。叫ぶ。逆子だったり、へその緒が胎児の首に巻き付いていたり、思いもしない試練が産婦と助産婦を襲うのです。
産婦が出産に一番適したポジションをとり、助産婦に「プッシュ」と声をかけられ、最後のひと踏ん張りで新生児が出てきます。助産婦が頭を両手で支えます。ところどころ血がこびりついた新生児が小さな声で泣き始めると本当にホッとします。
死産と思ってカバンに入れて修道院に持ち帰る途中に赤ちゃんが泣き始めたこともあります。毎回、生命の誕生って「すごい」と感動させてくれるのが人気の秘密です。
「産む性」を保障する時代に
世界銀行の2015年統計によると、イギリスの合計特殊出生率は1.8で随分回復してきました。フランスは2.0。北欧のスウェーデン1.9、アイスランド1.9、ノルウェー1.8、フィンランド1.7、デンマーク1.7。これに対して日本は1.5。2.1が人口を維持できる分岐点と言われています。
移民の出生率が高いこともありますが、妊娠・出産・育児の切れ目ない支援と社会全体の理解が大切なのは言うまでもありません。
妊娠中絶や避妊で「産む性」を否定することがジェンダー・フリーを意味した時代から、ジェンダー・フリーが「産む性」を保障する時代に移行しています。コール・ザ・ミッドワイフの日本版があれば、日本社会の理解がもっと進むだろうなと思います。
(おわり)