容疑者が2月に衆院議長公邸に襲撃予告文を渡した段階で、なぜ彼を脅迫罪で逮捕できなかったのか?【補足】
26日未明に相模原市の障がい者施設を襲い、多数の死傷者を出した事件の容疑者は、実は2月に衆院議長公邸に、今回襲った「津久井やまゆり園」を含む2施設の名前を明記し、具体的な襲撃方法を記した犯行予告文を渡していました。そして、実際にほぼその通りに殺傷が実行されています。その手紙の内容は、すでに多くのマスコミで報道され、ネットでも読むことができます。注目すべきは、その中にある「作戦内容」と題された部分で、襲撃を具体的に予告した箇所には、次のような文章が書かれています。
たとえば、「~小学校の児童を殺害します」などの犯行予告文をネットに書き込んだ場合、実際に脅迫罪で立件されているケースがあります。今回の事件の容疑者が書いた手紙にも、具体的な施設名を明記して、多数の収容者に対する襲撃が予告されています。脅迫罪が成立するためには、被害者が具体的に特定されている必要はありませんので、この手紙が衆院議長公邸に渡された時点で、なぜ彼を脅迫罪で逮捕できなかったのでしょうか?
刑法222条の脅迫罪は、次のような規定になっています。
第222条 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
この条文に書かれているように、〈脅迫〉とは、被害者本人やその親族の生命や身体などに害を加えることの告知です。加害の告知ですので、それが被害者本人に届くことが必要です。普通は、電話や手紙、メールなどで直接伝えられるでしょうが、第三者を介して間接的に伝えられる場合でも構いません。たとえば、被害者の家の周辺で加害内容を記したビラを撒き、それを拾った人が被害者の元へ届けたような場合、また、被害者の家の周辺に目立つように加害内容を記したビラを貼り、被害者がその内容を知ったというような場合でも、告知に当たります。判例では、「今からA(被害者)のところに~しに行く」といった具体的な加害予告を警察に伝え、警察を介して被害者に加害を告知したケースに脅迫罪を認めたものがあります(最高裁昭和26年7月24日判決)。ネットでの犯行予告の場合も、書き込みを知った被害者が警察に届けるケースはもちろん、警察がそれを被害者に連絡した後で脅迫罪が適用されているケースも少なくありません。
ただ、今回の場合は、警察と衆院議長公邸という違いがありますし、何よりも脅迫罪は故意犯ですので、加害内容が被害者に伝わるということを行為者が認識している必要があります。上記の最高裁のケースは、行為者が警察に伝えることによって被害者にも間接的に伝わるだろうと認識していたことで、故意が認められています。しかし、本件の容疑者には、おそらくその点の認識も問題になるのではないかと思われます。また、「作戦内容」には、実行のための非現実的な条件が書かれており、実行への危険性はそれほど高くはないと判断されたのではないかと思われます。(了)
【補足】
ある方より、次のような質問をいただきましたので、その回答を補足いたします。質問いただきありがとうございました。
[質問]
一点わからないのでご教授ください。
今回の場合は施設関係者にはこの手紙の内容は伝えられていて(自治体とともに)施設の警備について警察とも相談して対応していた、という話も報道されています。監視カメラの増設などされていたようです。なので脅迫の行為の告知については施設側は把握していたのかなと考えていました。
この施設の利用者は身障者でも重い方の方が多かったとも聞き及んでいますので、被害者になられた方々に「殺害予告をされている」とは通常伝えないと思われます(パニックになったりする方もおり、状態が不安定になるので難しいと思われます)。一方、被害者になられた方々のご家族に殺害予告のことを通知していたかは報道された発表では不明です。
この場合、襲撃予定の施設を管理する人々には通知がされていて認識されており、直接の被害者になる方々には伝わってない場合(伝えることでかえって心身の状態の悪化を招く場合)では「脅迫の告知が行われていない」ということになりますか?
[回答]
◯◯さん、ありがとうございます。
脅迫罪は、個人の意思の自由・平穏を守るための規定ですので、意思能力があれば、幼児であっても知的障がい者であっても構いませんが、少なくとも加害の内容を理解できる者であることは必要です。被害者側に加害予告がまったく伝わっていなければ脅迫の可能性はありませんが、本件の場合は、職員に対する加害(結束バンドによる身体の拘束など)も予告文には書かれていますので、脅迫の成立は考えられます。施設に対する威力業務妨害罪の成立も考えられますが、いずれにせよ加害者に施設側に予告文が伝わるという認識が必要で、この点はどうだったのかと思います。結局、記事に述べましたように、予告文には非現実的な実行のための条件などが書かれており、これを受け取った側としては、「妄想に基づく虚言」として処理したのではないでしょうか。そして、その時点ではそれは無理もないことだったのではないかと思います(世の中にはこの程度のことは溢れているのではないでしょうか)。
ただ、そうすると、この段階で(他害のおそれを理由とした)「措置入院」という措置が取られているわけですが、この妥当性も問題になってくるように思います(本件に関しては、措置入院の短さが問題になっているようですが、措置入院の決定じたいも問題になるように思います)。なお、これについては、同じYahoo!ニュース個人の中で、碓井真史氏(新潟青陵大学大学院教授)が解説されていますので、ご参照ください(「措置入院と妄想性障害:相模原障害者殺傷事件が投げかける問題」)。