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佐藤天彦九段も絶賛! 激熱のVtuber将棋初心者大会、大激闘の末に劇的な幕切れ(決勝レポート前編)

松本博文将棋ライター
(画像提供:ポメヒ)

 10月20日。Vtuber将棋初心者大会の準決勝、決勝戦がおこなわれた。長きにわたった大会の山場はいくつもあるが、取り急ぎ、決勝戦の模様をお伝えしたい。


 予選からの大会参加者は16人。9月28日に始まった予選を勝ち抜いてベスト4に進んだのは、XK⇒ペケ子さん、爆冥アインさん、桃園おむさん、AIcia Solid(アイシア=ソリッド)さんだった。

(準決勝2局中継)

 この日はちょうど、竜王戦七番勝負第2局▲佐々木勇気八段(30歳)-△藤井聡太竜王(22歳)戦、2日目の対局がおこなわれていた。結果は佐々木八段の快勝。シリーズは1勝1敗となった。

 将棋界の頂点を争うタイトル戦も盛り上がる一方で、こちらの大会もまた、激熱の戦いが繰り広げられた。

 準決勝、決勝の解説を担当したのは佐藤天彦九段(36歳)。名人位3期をはじめ、数々の実績を誇る名棋士だ。現在進行中のA級順位戦では唯一無敗の3連勝中で、藤井聡太名人(七冠)への挑戦権争いでトップを走っている。

 佐藤九段から解説をしてもらえたというのは、4人の方にとっては、一生の記念に残るプレゼントだったのではないか。

 もちろんそうした機会をつかみとったのは、参加者の皆さんの努力のたまものというほかない。大会参加が決まってからここまでの間、将棋の上達に費やした努力の量という点では、皆さんは全世界の将棋指しの中でも上位に入るだろう。努力のあとはYouTube上でアーカイブとして残されている。あとに続く初級者の方にとっては参考になるだろうし、はげみにもなるだろう。

 予選では、印象的な対局がたくさんあった。たとえば1日目のぽめ-ペケ子戦、3日目の桃園おむ-蟹久保しちみ戦は、どちらが勝っていてもおかしくはなかった。惜しくも予選敗退となったぽめさんと蟹久保しちみさんが、決勝戦に進んで優勝を争っていても、まったく不思議ではなかった。そのあたりは盤上での「指運」(ゆびうん)もあったし、リーグの組分けによるめぐり合わせもあっただろう。

 参加者たちがこの対局に向けてどれだけの思いで、どれだけの準備をしてきたのかは、おのずと棋譜にも現れてくる。大会終了後、佐藤九段は次のように語っていた。

佐藤「皆さんのそれこそ棋風、性格、個性っていうのが、ものすごく色濃く見えたと思うんですよね。でもやっぱりしっかり準備してこないと、そういう精神性というか、個性っていうのはにじみ出てこないものなんで。その一手だけっていうよりかは、その将棋全体でね、にじみ出てくる個性っていうのがあるので」「僕も本当に、その瑞々(みずみず)しい感性の将棋を見て、なにか改めて楽しませてもらったというか」

(決勝中継)

「観る将棋ファン」には、佐藤九段はおしゃれという点でも将棋界のトップクラスの存在として知られている。決勝終了後、こんなやり取りがあった。

かくきりこ(運営)「ペケ子さんね、もともと観る将で始めて。天彦先生に伝えたいこととかあったりしますか?」

ペケ子「1個だけいいですか?」

佐藤「いいですよ」

ペケ子「この間、豊島先生(将之九段)との順位戦で着ておられた黒の、裏地が紫のスーツ! めちゃくちゃかっこよくて! 天彦先生にしかきっと着こなせないだろうなと思ってて。めちゃめちゃかっこよかったですね! もうなんか、さすが天彦先生だなと思いましたね。なんでこんなこと言ってんだ・・・」

佐藤「けっこう裏地が派手なやつなんですよね」

ペケ子「そうそう、めちゃめちゃかっこよかったですね! あのスーツ。すごい素敵でした」

 スターを前にして、ペケ子さんの舞い上がってる感じと、ガチ観る将ぶりが伝わってくる一幕だった。


 準決勝は以下のような結果となった。


アイシア=ソリッド○-●爆冥アイン

XK⇒ペケ子○-●桃園おむ


 どちらも振り飛車-居飛車の対抗形で、見応えのある戦いだった。結果的にはいずれも、居飛車の側が勝った。


 佐藤九段は決勝戦の前、次のように展開を予想していた。

佐藤「アイシアさんの側が、この組み合わせだと、少し攻めっけが強いかなというところが。ペケ子さんの側は、ちょっと大人っぽいというか。ふわっとしたね。なんか、距離を取るじゃないですけど。距離をとって語るみたいな。そういう大人っぽい指し手が多いので。アイシアさんの方が、いまの将棋を見た限りでは、直接的に鋭く攻めていくのが得意な印象があるので。この一局ずつ見ただけの傾向だと、アイシアさんの攻め、ペケ子さんの受けというか。守りっていう感じの展開になりそうかなっていう気もしますね」

 居飛車党同士の対戦となった決勝。戦型は矢倉模様となった。

(中継ページより、画像作成筆者)
(中継ページより、画像作成筆者)

ペケ子「(今大会は)自分でもびっくりするぐらい楽しかったですね。本当に、指したい将棋、全部指させていただいたし。最後ね、決勝はもう相矢倉でいこうと決めてたので。ああいう試合になることはもう予想してたので。それをできて」

 中田功八段門下の佐藤九段。最近始まった「コーヤン一門チャンネル」によく登場している。

かくきりこ「すごい面白かったのが、振り飛車党を『陽キャ』と呼んで、居飛車党を『陰キャ』と呼んでる配信があったと思うんですけど。けっこう、そういう指し手とか、性格とかけっこう出るもんなんですか」

佐藤「僕の目から、相当出るものなのかなと思いますよけどね。やっぱり振り飛車の中でもいろいろありますけど。着実に、少しの得を積み重ねていく。低金利でも長期で持って、決してさわらないみたいな人もいれば、毎日、パソコンとにらめっこしながらやるようなタイプの人もいれば。投資でいえばね。そういう性格の違いって、細かいとこですけど、出たりするんで」

かくきりこ「今回、陰キャ同士の決勝戦となっちゃいましたが」

佐藤「なっちゃいましたね。いやでも、僕もそうなんですけど、なにか陰キャの中でも、明るい陰キャと暗い陰キャってあるじゃないですか。そこが出る感じですよね。居飛車をいまね、陰キャって言ってる感じになってますけど(笑)。その中でも、攻めっけが強いかどうかとか、違ってくるんで。なんていうんでしょう。振り飛車だったら、もう明らかにその人がすごい積極的な持ち味の棋風かどうかとか、わかりやすいですよね。居飛車の世界は、もっとこう、オタクのニッチな世界の中で攻めか受けか、みたいなところがあるんで。よりマニアックといえるかもしれないですね。実は、こんな性格してるんだみたいな。そういうギャップ萌え的なところは、居飛車党の領分かも知れないですね」

 まだ序盤の駒組が続いていくかと思われた34手目。アイシアさんは積極的に動いていった。


佐藤「出ました! チャラい寄りの陰キャですね、これは。ポイントは、王様、囲いきってないところなんですよね。アイシアさんの側から攻めに出たんですけど。この△7五歩▲同歩△6四銀って。これはとても筋のいい攻め方なんですけど」「王様がまだちょっと露出してるっていうか、囲いきってない。胸元、第2ボタンまで開いてるんだけど、攻めちゃうみたいな感じの。居飛車の中でも、実はそうなんだ、みたいな」 


 佐藤九段が予想した通り、まずはアイシアさんの攻め、ペケ子さんの受けという展開となった。アイシアさんは銀を引かずに駒を前に進めていく。教科書に出てくるような、きれいな攻め方だ。


佐藤「実は僕、子どものときに、この攻めやってて。相手の王様が8八にいたら、この攻めって通らないんですね(参考1図)」

佐藤「王様が一つ上だったら、いま(▲7五歩と)銀取られて。(△8七歩成と)歩を成ったら(▲同金と)取り返されるんですよ(参考2図)」

佐藤「最初、僕の家庭では、この△8六歩っていうのは8八に王様がいても通ってたんですよね。家族でやってたときは取られずに。家の中では(△8六歩▲同歩△同銀から)銀交換できてたんですけど。道場に行ったら(▲7五歩と)銀を取られてびっくりしました。これって通らないんだ、みたいな」

かくきりこ「知らないと受けれないって、将棋やっぱり最初の方、けっこうたくさんありますからね」

佐藤「そうなんですよね」「いやでも2人とも、型がしっかりしてますよね。この棒銀の攻めと受けの型が」

 この大会の予選1日目が始まったとき、運営の皆さんは同時接続者数が100人を超えたことに驚いていた。大会が進むにつれ、熱が外に伝わっていったのだろう。予選4日目には200人を超えていた。そしてこの決勝戦では、観戦者数は500人を超えた。もちろん、佐藤九段が解説を担当したというところも大きいだろう。それと同時に、初めて本大会を観戦された方は、その熱気に驚いたのではないだろうか。

 決勝戦はこのあと大激闘を経て、劇的な結末を迎える。

(後日アップ、決勝戦レポート後編に続く)


将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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