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台風接近!キューバの防災に学ぶこと

中澤幸介危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長
(写真:ロイター/アフロ)

【2014年10月11日執筆記事】

“異常”という言葉しか見当たらない。

「7月の台風では最強レベル」と言われた台風8号の襲来に続き、8月には京都府福知山市や兵庫県丹波市で記録的な集中豪雨が発生。その直後に、今度は広島市を継続的な豪雨が襲い、大規模な土砂災害により70人以上が犠牲になった。そして、9月には、東京でも1時間あたりの雨量が100ミリを超える猛烈な豪雨が降り、10月は台風18号に続き、またも大型の台風19号が本州に上陸しそうだ。

避難勧告出ても避難しない

豪雨災害のたびに、自治体の避難勧告のあり方が問題視されるが、果たして避難勧告によってどれだけ住民が実際に避難するのだろうか。

2013年9月に、全国各地に大きな被害をもたらした台風18号について、株式会社リビジェンが実施したアンケート調査結果によると、避難勧告が出ても約9割の人が避難しなかったことが判明した。避難しなかった理由については、「どこに避難していいかわからなかった」(10代男性)、「マンションの2階に住んでいるので冠水はないと思った」(20代女性)、「大丈夫だろうと安易に予測した」(30代男性)、「回りも変わらず過ごしていたし、広範囲だったから大丈夫と判断した」(30代女性)といった声が多かった。

2011年に内閣府が前年行った調査(前年の梅雨前線に伴う大雨で被災した岐阜県可児市、広島県広島市・三原市、山口県防府市、福岡県那珂川町が対象)でも、避難準備情報・勧告・指示の違いを認識していない住民が4割以上に上り、さらに、 避難勧告等の情報を入手したにも関わらず、「自分が被害を受けるとは思わなかった」との理由から避難しない住民が少なくなかった。

一方、今年8月の広島安佐北、安佐南地区に大きな被害をもたらした集中豪雨では、夜間に行政の避難勧告が遅れたことへの避難が集まった。

重要なのは個人の判断

避難勧告の指示に従い避難をすべきか、自宅にとどまった方が安全なのかは、最終的には個人の判断にゆだねられる。日本には、避難勧告、その上に避難指示という言葉はあっても「避難命令」という言葉はない。危機発生時でも、基本的には個人の自由が尊重される。

2004年7月13日、新潟県中越地域を襲った通称7.13豪雨で、大きな被害を受けた新潟県三条市では、避難するか自宅に留まるべきか、どのようなタイミングで避難すべきかなどを、住民が自ら考え、意思決定できるように「逃げどきの判定フロー」がついた災害対応ガイドブックが配布されている。

ガイドブックの表紙には、主要な対策の1つとして「災害・避難情報は、待つことなく、自ら積極的に収集」と大きく書かれ、補足として「避難勧告や避難指示などの災害・避難情報は確実に伝わってくるとは限りません。自ら積極的に情報収集を行い、自らの意志で行動しましょう」と防災における自助の重要性に言及している。

リスク対策.com Vol25「スーバー豪雨にどう備える!?」

キューバに学ぶ豪雨対策

一方、国をあげたトップダウンの避難命令で、豪雨被害を防いでいるのがキューバだ。世界で最も多くのハリケーンが襲来する地域の1つとして知られる。首都ハバナが水没するなど、これまで幾度となく壊滅的な被害を受けてきたが、死者の数は驚くほど少ない。 

「『防災大国』キューバに世界が注目するわけ」(築地書館)によると、キューバは、1996 年から2005 年の10 年にかけて、8回に及ぶハリケーンに見舞われ、うち、4 回は2005 年にアメリカ南東部を襲った大型ハリケーン・カトリーナと同規模、あるいはそれを凌ぐ大型のハリケーンに襲われている。しかし、同国のハリケーン被害における死傷者は極めて少ない。例えば、2004 年のハリケーン・チャーリー(カテゴリー3:強度5分類中3)では、アメリカのフロリダ州で30 人が命を落としたが、キューバでは死者数はわずか4人だった。2008 年のハリケーン・グスタフ(カテゴリー4)でもアメリカやハイチでは多くの死者が出たにも関わらず、キューバでは皆無だった。

出展:リスク対策.comVOL29

被害が防げている理由は何か。

防災インフラ整備に手が回らない開発途上国は先進国に比べ、概して自然災害に脆弱であるといえる。 キューバも先進諸国とは比較にならないほど防災インフラは貧しい。鍵となるのは、危険地域からの迅速な避難を実現させる統治力と、住民一人ひとりの意識の高さだ。

キューバでは、たびたびハリケーンに襲われてきたことから、長年にわたってハリケーンの予測の研究に力を入れてきた。現在では、 日本の気象庁にあたる気象研究所が首都ハバナの本部に加え、全国各地に 15支局を持ち、ハリケーンの動きを常時監視しているという。気象研究所は、ハリケーンが襲来する恐れがある場合、4日(96 時間)前に「初期警報」を発信。3日(72 時間)前には危険地域を特定し、その後は、状況に応じて順に警報、警告の指示を出す

出典:『防災大国』キューバに世界が注目するわけ

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危険情報は、主にテレビとラジオを通して国民に提供される。

中央政府から各地域のコミュニティ・レベルに至るまで防災体制のシステムが整えられており、気象研究所からの第一報によって、ハリケーン襲来が予想される危険地域が特定されると、住民は帰宅し、食料や生活用品など備蓄品を確保する。地域では各州や各ムニシピオ(キューバ政府の行政単位。全国に 169ある) の議長が、地元の 「市民防衛本部長」となり、各地区にある「市民防衛センター」に司令部を設置する。そして、ムニシピオ段階では手に負えない避難活動や医薬品不足は、州政府、全国政府がサポートする。各市民防衛センターの司令部は防災計画を元に、交通手段や施設の確保にもあたる。ハリケーンが直撃する 24 時間前に、 各地区の司令部が避難命令を出すと、必要に応じて 政府により避難用のバスや車両が提供され、人命救済に戦車が出動し、 ヘリコプターが飛ぶこともある。

出典:『防災大国』キューバに世界が注目するわけ

先進国でも、災害からの避難指示の際、住宅からの退去を拒否する市民が発生し、全体の避難が遅れることがあるが、キューバでは、こうした問題が ほとんど起きないという。社会主義だから当然とも思われるが、本書の共著者の一人、吉田太郎氏は 「キューバ人たちは子どもでもハリケーンの経路内に留まっていた時のリスクをよく理解している。そのため、自発的に逃げようとする」と話す。

キューバでは、40 年以上も前からハリケーンや豪雨などの自然災害から国民を守ることを目的に、憲法に市民防衛が制定されているそうだ。市民防衛制度では、リスクが 高い地区について調査し、市民が警戒体制を組織することから始まる。企業、病院、工場などの各組織も近くの河川氾濫に弱い、海岸からの高波で浸水する恐れがある等、何が脆弱かを熟知し、災害時に備えて機材を早めに移動させる等の訓練を行っている。さらに学校教育でも「防衛」が授業科目として導入され、大学では全学部で防災システムや災害防 衛システムが必修科目となっている。 迅速な避難の実現の背景には、国民の危険に対する理解に加えて、 避難者側への細かい配慮がある。 ペットがいるとなかなか逃げられないという人たち を考慮して、避難所には獣医を待機させている。現在では、避難が長期にわたる際には、家畜の避難まで対応しているという。

日常的に自由が補償された日本では、時として国民一人ひとりのリスクへの感度が低くなる。しかし、自由な生活を守るのは基本は自分であり、行政に全て委ねる姿勢は変えていかねばならない。災害多発国として世界に防災力の高さを示すためにも今回の台風で犠牲を出すことは許されない。

危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長

平成19年に危機管理とBCPの専門誌リスク対策.comを創刊。国内外500を超えるBCPの事例を取材。内閣府プロジェクト平成25年度事業継続マネジメントを通じた企業防災力の向上に関する調査・検討業務アドバイザー、平成26年度~28年度地区防災計画アドバイザー、平成29年熊本地震への対応に係る検証アドバイザー。著書に「被災しても成長できる危機管理攻めの5アプローチ」「LIFE~命を守る教科書」等がある。

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