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錦織も苦しんだコートやボールへの適応。ツアー最終戦で一方的な展開の試合はなぜ多い?

内田暁フリーランスライター
(写真:アフロ)

「一緒のサーフェスですが、細かい部分で、速い中でもリバウンドがあったり、なんか先週のパリとはまた違った感覚だったので。もちろん自分の調子が良くなかったというのもありますが、最後までボールをつかむことができなかった……」

 ATPツアーファイナルズでの最後の試合を戦い終えた錦織は、まるで首をかしげるようにして、最後まで噛み合うことのなかった「感覚」について述懐した。ここで彼の言う「サーフェス」とは“Surface=表面”の意で、テニスコートの表層部分を指す。冒頭の「一緒」とは、ツアーファイナルズの直近に出場したパリ・マスターズのサーフェスと種類は一緒……という意味だ。

 

 今大会で使用されているサーフェスの種類は、大別すれば“ハードコート”であり、さらに細分化するなら“グリーンセット”と呼ばれるものである。板の上に専用の素材をペンキのようにして塗る施工法をとり、その素材の粘度や塗装の厚さなどによって、バウンドの高さや速度を調節することが可能だ。コート作成に擁する期間は、板の搬入から完成まで2日半ほどで、その迅速性や汎用性の高さから、インドアの仮設コートで多く用いられている。前述したパリ・マスターズをはじめ、身近なところでは9月の東レパンパシフィックオープン(東レPPO)や、10月の楽天ジャパンオープンでもグリーンセットが使われた。

 ただいかにサーフェスそのものは同じ状態に作られても、板を敷く土台の材質等の影響を受け、バウンド等の状態が変わることは避けられない。例えば、今年の東レPPOが開催されたアリーナ立川立飛は基本的にはバスケットボール会場。その上にテニスコートが設置されたが、そもそも下のフローリングがしなりやすいために、どうしてもコートも部分的にたわみが生じたという。さらには同じ大会でも、第2コートはアリーナの隣に建てられたドーム内に設置され、ここは下がコンクリート。そのためアリーナとドームとでは、同じコートサーフェスながら、ボールの跳ね方や速度に差異が生じるのは如何ともし難かったようだ。

 ツアーファイナルズ会場のO2アリーナでも、これと似た状況が起きていたらしい。

 錦織との初戦で34本ものアンフォーストエラー(自ら犯したミス)を重ね破れたフェデラーは、翌日の練習をキャンセルし「家族とリラックスした時間を過ごした」という。その成果かドミニク・ティームに快勝したフェデラーは、やはり次の日もオフにあて、3試合目のケビン・アンダーソン戦にも勝利。練習を休んだ理由や効能を、37歳の大ベテランは、心身のリフレッシュと同時に「プラクティスコートで練習する効果が感じられなかったから」だとも説明した。「センターコートとプラクティスコートは別のコート。雰囲気など大きく違う」。だからこそ、試合当日に行うセンターコートでの練習に集中したという。

 

 フェデラーは、かくしてミスの多かった初戦から立て直したが、錦織のように大会を通じて感覚をつかみきれず、一方的な展開に終始した試合が多かったのも今大会の一つの特徴だろう。ラウンドロビン(総当たり)2グループで行われた全12試合のうち、フルセットにもつれたのは僅か1試合。これはここ5年間で、最も少ない数である。

 ただ、このようにやや一方的な試合が多かったのは、2015年や2014年大会も同様であった。2015年の同大会時にフェデラーは、その理由を次のように、遅めのコートサーフェスとボールの相性に求めている。

「このようなコンディションだと、ベースラインで先手を取った方が一気に主導権を掌握する。そこでサーブの調子が上がってこないと、流れを変えられずに終わってしまう。だから去年もそうだったが、一方的なスコアが増えるのだと思う」

 そのような状況に加え、シーズン終盤で疲労が蓄積していることも、適応力を低下させている要因だろうとフェデラーは推測した。

 その後、ツアーファイナルズのコートは2016年と2017年に大幅にスピードが上がり、するとフェデラーの仮説の正しさを示すかのように、ラウンドロビンでのフルセットの試合数も2016年には6試合、2017年には8試合へと増えたのだ。

 そして、気になる今年はどうかというと……当初コートの速度は2015年と同等までに落ちたと言われていたが、後にそれは計測法に誤りがあったためで、去年と変わっていないとの説も出ている。ただ言えるのは、今年は多くの選手が適応に苦しんだということ。わけても錦織やティームのように最後までツアーファイナルズ出場権をかけ戦った選手ほど、心身の疲弊度が高かったのは間違いない。

 

 今大会の出場8選手中、全米オープン以降のレギュラーシーズンで戦った試合数は、ティームが14で全体の2番目。錦織は、群を抜いて多い19試合だった。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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