米国の天然ガス価格が上昇し始めている ~「シェール革命」第二幕~
「シェール革命」の影響で値下がりが必至と見られていた天然ガス価格が、早くも底入れ、更には反発の兆候を見せている。
米国の天然ガス指標価格であるNYMEX天然ガス(ヘンリーハブ)先物相場は、2008年に100万Btu(英熱量単位)=10ドル台に達していたのが、その後はシェール革命による増産と歩調を合わせる形で値下がりし、昨年は3ドルの節目を巡る攻防戦となった。今年も1~2月にかけては3.0~3.5ドルの安値圏で取引されていたが、3月21日には4ドルの大台を回復し、足元では更に4.5ドルの節目も窺う展開になっている。これは11年7月以来の高値であり、約4年半にわたって続いていた天然ガス価格の下落局面が転換期を迎えた可能性が高くなっている。
国内では、東日本大震災後の原子力発電停止を受けて火力発電への依存度が高まっていることもあり、燃料となる液化天然ガス(LNG)価格が注目を集めている。経済産業省の試算だと、日本の天然ガス輸入価格は最大で欧米の3倍に達しており、この問題を解決する突破口として、割安な米国産シェールガスの輸入が目指されている。実際、2月の日米首脳会談では、安倍晋三首相がオバマ米大統領に対して直接、シェールガスの日本向け輸出を要請しており、エネルギー・コスト負担増を緩和するための切り札として注目されている。
参考までに財務省の貿易統計でLNGの輸入量を見てみると、2010年の7,001万トンから11年7,853万トン、12年8,731万トンと、東日本大震災後は2年連続で二桁増になっている。輸入金額ベースでみると、10年の3.5兆円に対して、11年4.8兆円、12年6.0兆円にも達しており、過去最大の貿易赤字の主因になっている。
「アベノミクス」による円安の負の側面として輸入依存度の高いエネルギー負担増が避けられない状況となる中、政府としてはLNG価格動向に対して敏感にならざるを得ない状況にある。しかし、こうした議論とは関係のない所で、天然ガス価格全体の値位置が切り上がっているのである。
■発電所向けの天然ガス需要は2割増
最近の天然ガス価格高騰に関しては、直接的には季節外れの寒波による低温・豪雨で、暖房用エネルギー需要が予想外に堅調な状態にある影響が大きい。米エネルギー情報局(EIA)の週報では、スノー・ストームが観測された西海岸北西部、ロッキー山脈、中西部などのスポット価格上昇が報告されている。ボストンやニューイングランドなどの温暖な地域では若干の値下がりも報告されているが、全米規模では良好な需要環境が相場を押し下げている。
このため、今後は気温上昇が進めば、天然ガス価格に対して調整圧力が強まる可能性までは否定できない。ただそれ以前の問題として、天然ガス需給構造の変化が、「シェール革命→天然ガス価格下落」というメガトレンドに修正を迫っている可能性が高いと考えている。
特に注目すべきは、「需要」環境の変化である。EIAの「Annual Energy Outlook 2013」によると、10年の米天然ガス需要は23.78兆立方フィートだったのに対して、11年24.37兆立方フィート、12年24.37兆立方フィート、13年25.30兆立方フィートと急ピッチに拡大する見通しである。
その中でも特に大きな変化が見られるのが、最大需要項目である発電部門である。火力発電所向けの天然ガス需要は、10年が7兆0,850億立方フィートだったのに対して、11年7兆2,650億立方フィート、12年8兆8,100億立方フィートと急激に拡大している。12年は1年間で21%もの需要増を実現していることが重要である。
一方、火力発電所向けの石炭需要は、10年が9億7,125万トンだったのに対して、11年9億2,886万トン、12年8億2,137万トンと急激に落ち込んでおり、発電部門で「石炭→天然ガス」という大きな需要構造変化が生じていることはデータから明らかである。まだ13年の詳細な数値は把握できないが、各種発電所が天然ガス価格の低下を受けて、火力発電用に天然ガスの調達を増やしているのは間違いなさそうだ。
■シェールガスの安値が続くとは限らない
全米の天然ガス在庫は直近の4月12日時点で1兆7,040億立方フィートとなっているが、これは前年同期の2兆4,980億立方フィートを32%、5年平均の1兆7,780億立方フィートを4%、それぞれ下回っている。
天然ガス在庫環境からみても、「シェール革命→天然ガス増産→天然ガス需給緩和」という大きな流れは、12年がピークだった可能性が高い。EIAの価格予想モデルでも、景気動向にかかわりなく12年が天然ガス価格の安値となり、少なくとも40年までは上昇トレンドが続くことが予測されている。
日本では、「割安な天然ガス価格」が続くことを当然の前提に議論が展開されているが、天然ガス分野における「シェール革命」は既にその目的を十分以上に達成しており、今後は業界を維持できるに足る価格均衡点を模索するステージに移行することになる。
4月には、石油・天然ガス開発会社GMXリソーシズが米連邦破産法の申請を行ったことも、シンボリックな動きである。同社は、ノールダコタ州やテキサス州でシェールガスやシェールオイルの開発を手掛けていたが、価格低下傾向が著しいシェールガスへの依存度の高さからいち早く資金繰りに行き詰っている。まだこうした動きが本格化するには至っていないが、ここからも天然ガス価格のフロアープライス(底値)が12年だったことが窺える。