BABY JOB 上野公嗣×白河桃子対談 なぜ保育所は「使用済みオムツ」を持ち帰らせるのか?(後編)
保育所から「オムツの持ち帰り」をなくすための活動
白河 今はどのような活動をされていらっしゃるのでしょうか。
上野 「保育所からの使用済み紙オムツの持ち帰りをなくしてほしい」というお母さんたちの署名を集める活動をしています。また、クラウドファンディングで「一緒に賛同してもらえませんか」という呼びかけを行って無事応援資金が集まったので、意見広告を行う予定です。
ママパパを救え!保育園から使用済み紙おむつの持ち帰りをなくすプロジェクト
白河 具体的に公立の園でオムツ持ち帰りをなくす場合に、どのような方法があるのでしょうか。例えば保護者がお金を払うところもあると思います。
上野 おっしゃっていただいたように保護者がオムツの廃棄費用を負担して、解決するという手段が考えられます。あとは行政の中で予算を捻出して解決するという策です。
白河 オムツがたくさん必要な0歳児のいる保育所だと、月にどのぐらいの見積もりになりますか?
上野 行政が委託しているごみ回収業者によってだいぶ違うとは思います。私達が運営している0~2歳児19人くらいの保育所では、費用負担で月1万円に満たないくらいです。また、これはオムツだけではなくて、調理で出るゴミも含めてトータルの費用ということになります。
ゴミの回収費用は自治体によって結構差があります。大阪市内は5000円のところもありますし、神奈川県相模原市は比較的高くて1万5000円です。平均すると大体1万円くらいになります。
白河 保護者が負担すると言ってもそんなに大きな金額ではないということですね。もちろん、いろいろなご家庭があるので「1か月に500円でもつらい」という方もいらっしゃるとは思います。行政が負担することもできるかもしれません。問題の根底にあるのは何だと思われますか?
上野 私たちが各自治体に電話で「なぜオムツの持ち帰りをさせているんですか?」と聞くと、「排泄物から子どもの健康チェックをしてほしいから」という理由でした。
白河 排泄物の色や形を見てチェックしてほしいということですか?やっている保護者はいるのでしょうか?
上野 保護者からするとわざわざ開いて見ないし、異常があるときには写真で送って状態を教えてくれたらいいと思うのですが、自治体の回答としては「排泄物からの健康チェック」が一番多かったです。
白河 それって形骸化していませんか? 実際にやってる人がいるとか、いないという話ではなくて、昔の布おむつの時にできた慣習がそのまま続いているだけではないかなと思います。
上野 まさに2番目に多い回答が「前からやってるから」ということです。
白河 自治体あるあるですね。時代に合わないことを誰もやめられない。
上野 3番目で予算の話が出てきますが、圧倒的に健康チェックのような形骸化された理由が大きいという印象を受けました。
白河 保護者の方の声はtwitterなどで見ています。保育士の負担としては、どういうものがあるでしょうか。
上野 現状、保護者におむつを持って帰ってもらっている園では、保育士も当たり前だと思ってるんですよね。ですが、持ち帰りをやめて園処分に変更すると、保育士からも「すごく楽になった」という声が上がってきます。今までは保護者一人一人にビニール袋を持ってきてもらって、保育士はトイレにつるしたそれぞれの袋に、使用済み紙オムツを入れて、返却していました。違う子のオムツを入れ間違えてしまうと保護者からのクレームにつながってしまう可能性もありますので、かなり気を付けないといけない作業です。
白河 感染症対策上、危険としか思えません。お母さん達も保育士も、オムツの持ち帰りは、不衛生だしつらいけど、それが当たり前だと思っていた、ということですよね。オムツを持ち帰らない園があると知ることによって、自分たちの不便さが改めて可視化されます。
上野さんは保護者の声を集めて、署名活動をして、なるべく全国の自治体でオムツを保護者が持ち帰らなくて済むようにしているんですね。
上野 子育てをもっと社会全体で応援してほしいんです。本当は子育てを社会全体で支えていかなければならないのに、保護者ばかりにその負担がいってること自体がおかしいので、価値観を変えていきたいです。行政負担でなくても、「それくらいは負担しよう」とみんなで少しづつ負担していくような形にしていきたいと思います。企業が支援するという形も考えられます。
白河 まず実態を知らないとなかなか動けないですよね。東京はオムツの持ち帰りがほとんどないということも逆に知りませんでした。調査では何件くらいの自治体に電話をかけたのでしょうか。
上野 361の自治体にお電話してます。
白河 しらみつぶしに電話をかけるのはすごいことですよね。費用が集まったら、もう少し調査の数を増やしていくということでしょうか。
上野 どんどん広げていきたいです。
女性のタスクを軽減しなければ「女性活躍」なんて実現しない
上野 私たちは手ぶら登園だけでなく、さまざまな保護者のタスクを減らすために、「地域の子育てをもっと応援していける保育所にしていこう」と思っています。具体的には保護者の悩みを解決できるカリキュラムを保育所に入れて、地域の子育てをする世帯に発信していく仕組みを作っていきたいです。
保育士たちも大きな思想は理解してくれるものの、「私たちは子どもたちの保育で手一杯なのに、なぜ保護者まで手を差し伸べなきゃいけないの?」という反発もまだ根強くあります。直営の保育所でもそうです。「保育所は、子育てを総合的にサポートする施設として変わっていかなければいけない」という発信をして、浸透させていく大変さというのを感じています。
白河 上野さんは関西のご出身ですよね。関西圏は女性が働くことへの抵抗が強いのではないですか。
上野 東京と比べたら、抵抗がある方が多いかもしれませんね。
やっぱり「おじさん文化」を変えていかなければいけないと思っているのです。いままで「女性のタスク」とされていたものを社会全体で担っていかなかったら、一億総活躍と言われても無理だなと感じています。
白河 本当にそう思います。以前子育てをしているパリの家庭を訪問取材したことがあります。印象的だったのはパリに駐在している独身の日本女性が「ここなら生んでも大丈夫な気がする」と言っていたことです。 裏を返せば、「産んでも大丈夫」という空気が日本にないというのが一番大きな問題ではないでしょうか。そこを軽減する必要があるということがよく分かりました。産む前からハードルが高過ぎるんですよね。
上野 子育て中のお母さんは、周りから「幸せよね」と言われるので「すごくしんどくても、それを表に出したら駄目な気がする」と話していました。私達はそういう悩みを聞くため、大阪市の子育て支援拠点事業(つどいの広場事業)もしています。保護者が日ごろの悩みや育児不安を共有できる場所 を作ったことで「こういう悩みって家族や親戚の中でも出しづらいんだな」とより感じるようになりました。
白河 確かにそうですよね。子育てする親自身を支援することはなかなか難しいのかもしれません。いわゆるアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)もかなりあるのかなと思います。
日本の父親が家事をする時間は、発展途上国と同レベル
白河 今度男性の育休も拡充されますが、お父さんの家庭進出についてはどうでしょうか。
上野 NPO法人ファザーリングジャパンメンバーなので、父親の家庭参加がすごく重要だなと思います。女性の家庭内の無償の労働時間を足すと4時間で、男性より長いというデータがあります。
白河 私もFJのメンバーです。大体男性と比べて女性の家事は5倍と言ってますね。先進国ではあり得ない数字で、発展途上国と同じレベルです。
上野 ジェンダーギャップ指数(156か国中120位)も恥ずかしいレベルで、女性の管理職の増加が進まないという状況です。男性の育休義務化で、家庭の中に男性が入っていって、男女のギャップを解消させていくことができるのではないかと思っています。
白河 お父さん達はオムツを持ち帰っているを知らないのでしょうか。最近はお迎えに行くお父さんもすごく増えたと聞くのですが、何か変化は感じますか?
上野 投資家の人たちと会う機会が多いですが、子育て世帯の男性は「そこの社会問題はすごくあるよね」と共感をして応援してくれています。けれども、年配の男性たちで構成されている会社では、何も伝わりません。「なんでオムツに名前を書かないといけないの?」ということも理解できないです。たぶん奥さんが全部してくれたのでしょうね。
白河 私もフィンランドの保育所を視察に行ったことがありますが、オムツをはじめ、ほとんどのものは園が常備していました。外遊びが多く雪深いので、長靴と雨合羽は園に個人のものが園に預けてありい、それ以外は手ぶらと言っていましたね。
サブスクは本当に自治体ごとにやってほしいですよね。もっと広まったらいいなと思います。
上野 「オムツを持ってきて持って帰る」ということ自体、早く古い話にしてしまいたいです。「そんな時代あったの?」みたいな。
オムツのサブスク「手ぶら登園」の仕組み
白河 今、個人契約で提供しているサブスクのサービスではオムツに名前を書く必要はないんですか?
上野 はい。オムツに名前を書いてもらう必要はありません。保育所に直接オムツをが届くので、保育所内ではサイズ別に利用すれば良いだけです。
白河 サブスクに入っている人はそれを使えばいいわけですね。それ以外の人はこれまで通りオムツの個別管理になると。
上野 保育士は子供が10人いたら、10人別々に管理をしなければいけませんでした。サブスクを利用している方が多ければ多いほどまとめて管理できるため負担を減らすことができます。
白河 在庫管理はITで簡単にできるのですよね?
上野 「オムツやおしりふきを発注したいな」と思った時に、未開封のパックがどれだけ残ってるのかを入力してもらいます。そのデータを元に「次はこれぐらい必要ですよね」というレコメンドを入れています。OKだったらメーカーからすぐ配達されるという流れです。
白河 ユニ・チャームさんと組んでいる訳ですね。ユニ・チャームさん自体はそういうことはしていないのですか。
上野 ユニ・チャームさん自体は保育所向けおむつのサブスクはやられてませんでした。少子化の中、恐らくですが新しい販路を開拓しようとしていたユニ・チャームさんからお声かけをいただき、協業に至っております。
私はその頃、認可外保育所で保護者からお金をいただいた上で手ぶら登園を実現していました。この仕組みをどのように展開したらいいかなって考えている時に、ユニ・チャームさんからお声かけいただいたので「最小ロットで全国に運んで欲しい」と頼みました。私達が保護者の決済と保育所の在庫管理システムを作り、ユニ・チャームさんがオムツを供給することでできたサービスなのです。
白河 手ぶら登園の営業時にオムツの持ち帰りについても話をしているのでしょうか?
上野 オムツの持参と持ち帰りをセットにして負担を軽減していきませんかというお話をしています。まだオムツの持ち帰りをしてる保育所が多く、「名前を書いていないオムツを持って帰らせるのですか?」というところで商談が止まってしまい、なかなか私達のサービスも入っていきません。
白河 それは行政がちゃんと動いてくれないとハードルが高いですね。 もっと父親が参入したら「何でこんなことを我慢しなきゃいけないんですか」「もっと合理的にできないんですか」という感じで違う声が入ってくるんじゃないかなと思います。
上野 会社では管理職であったり、政治に参画したりしている男性は多いですから、そういう方達にアプローチしていくことで、変化のスピードが加速するかもしれないですね。
白河 本当にそうだと思います。父親が迎えに行かないと当事者の悩みはわからないですよね。最初に使用済みオムツを渡されたら愕然とするはずです。
保護者と保育士はパートナシップであるべき
白河 上野さんは保育士や幼稚園教員の資格をお持ちですが、保育士の教育の中にはお母さんたちの支援は含まれているのでしょうか?
上野 「保護者支援」という言葉はあります。それは保護者の方で困窮度の高い方を行政機関とどう繋ぐのかという視点で、「保護者の理解」というものはではないです。
OECD(経済協力開発機構)が2012年に「保護者と保育士はパートナーシップであるべきだ」と提唱しています。対等な関係でペアサポートをする行為が保育の質を上げるという考え方です。日本では支援するという縦の関係でしかないわけです。もっと保育士が保護者のことを理解して、「今の保護者が何に困っているのか?」を知ることによって、子どもに向かっていく力や保護者との関係性が良くなると思いました。
白河 発想が「生活が困窮している親が働く」という時代のままなんですね。大変分かりやすくお話ししていただきありがとうございました。
(了)