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米津玄師『毎日』をカラオケで歌いこなすには最低6人の歌うまが必要ではないか【月刊レコード大賞】

スージー鈴木音楽評論家、ラジオDJ、小説家
「毎日 | 米津玄師 official site」より

 東京スポーツ紙の連載「スージー鈴木のオジサンに贈るヒット曲講座」と連動して毎月お届けする本企画。

 この6月、毎日、とはいいませんが、いちばん聴いた、そしていちばん驚いたのは、先月5月27日に配信リリースされた米津玄師『毎日』でした。

 この曲のすごみを感じるためには、以下のことをおすすめします。

 まずは、明日カラオケ、それも熱心な米津玄師ファンが集まるカラオケ会があるとして、そこで、あなたが『毎日』を歌わなければならなくなった、という仮定の上で、曲を聴いてみることです。

 次に、そのカラオケ会について、幹事から、「いやいや、1人で全部歌わなくっていいんです。歌の得意な知り合い、何人呼んできてもいいから、できるだけ本物に似せてください」と言われたと仮定してみてください。

 とすると、もし私に、プロ級に歌の上手い「歌うま」の知り合いが無尽蔵にいたならば、リードボーカルに加えて、ファルセット(裏声)、ハーモニー、スキャット、ラップ、シャウト……それぞれの達人を計6人集めることでしょう。

 何がいいたいかというと、達人ボーカリストを6人も集めたくなるくらい、の様々なボーカルテクニックを、全部入りで味わえる難曲が『毎日』だと思ったのです。

 いわば、見事に美味なおかずが詰め詰めのてんこ盛りになった、幕の内弁当という感じですね。米津亭の高級弁当――こりゃ高そうだ。

 思い出したのは、まずはBTSです。ちょうど3年前、2021年6月、東スポでの連載で『Butter』に対してこう書きました。

――そしてさらに驚くのは、そのたった2分41秒の中に、流麗なメロディやハーモニーやラップや重厚な間奏、あれやこれやが無駄なくぎっしりと詰まっているのだ。押し寄せるのは、高級な幕の内弁当を開けたときの感覚である。いやぁ、よくもこれだけの食材をきれいに無駄なく並べたもんだなと。逆に言えば、短い淡白な曲だという感想をまったく抱かせない。読後感は、6分台とは言わないが、4分台の普通のJポップを聴いた満腹感を超える。

 今回の『毎日』はほぼ3分。しかし、そこに詰め込まれている「歌手・米津玄師」は、先に挙げたように、6人くらいいます。まるで、赤塚不二夫による六つ子の漫画『おそ松くん』、いや『よね松くん』の世界です。

 そして、米松、津松、玄松、師松、毎松、日松……その六つ子たちそれぞれが、完全なるボーカルテクニックを見せ付けて、梅や竹ではない、たった3分なのに満腹感たっぷり、松レベルのボーカル・ミュージックが出来上がった――。

 実は、あともう1人思い出した音楽家がいるのです。中島みゆきです。

 私は、中島みゆきを、日本音楽シーンにおける最高のボーカリストの1人だと思っています。

 ただ、世間的な意味で「歌が上手いボーカリスト」というより(「歌が上手い」の世間的評価基準は、かなり狭量かつ偏っています)、様々な声を使いこなせる、いわば「声の引き出し」の豊かさの点で、日本最高だと思っているのです。

 自らが描く歌詞世界に、もっとも適切な声質を選択し、その声によって、歌詞からの表現世界を最大限拡張する能力のすさまじさ。

 米津玄師が6人なら、中島みゆきは10人くらいいるのではないでしょうか。少なくとも『地上の星』(00年)と『ファイト!』(83年)が、同じ人物によって歌われているなんて、未だに信じられません。

 BTSと中島みゆきという、一見ほとんど重なりのない、ねじれの位置にあるような2組の音楽家の中間点にこの『毎日』があります。

 どうでしょう。やっぱり明日のカラオケ会は、『毎日』ではなく、とりあえず『さよーならまたいつか!』にしておいた方が、まだ安全ではないでしょうか。あ、「♪空に唾を吐く」のところのダミ声を忘れずに。

  • 米津玄師『毎日』/作詞・作曲:米津玄師
  • BTS『Butter』/作詞・作曲:Jenna Andrews, Rob Grimaldi, Stephen Kirk, RM, Alex Bilowitz, Sebastian Garcia, Ron Perry
  • 中島みゆき『地上の星』/作詞・作曲:中島みゆき
  • 中島みゆき『ファイト!』/作詞・作曲:中島みゆき
  • 米津玄師『さよーならまたいつか!』/作詞・作曲:米津玄師

音楽評論家、ラジオDJ、小説家

音楽評論家。ラジオDJ、小説家。1966年大阪府東大阪市生まれ。BS12『ザ・カセットテープ・ミュージック』、bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『幸福な退職』『桑田佳祐論』(新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』(ともに彩流社)、『恋するラジオ』(ブックマン社)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。東洋経済オンライン、東京スポーツなどで連載中。2023年12月12日に新刊『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)発売。

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