【河治良幸の視点】ジャイアントキリングを起こし、起こさせないハリルホジッチの流儀とは?
いよいよハリルホジッチ日本代表監督が誕生する。日議こと「日本代表について議論するページ」では3月14日に発売する『サッカー番狂わせ完全読本 ジャイアントキリングはキセキじゃない』に関連して、ハリルホジッチのジャイアントキリングについて語った。
ジャイアントキリングを起こし、起こさせないハリルホジッチの流儀とは?
※「日本代表について議論するページ」の記事はこちら
■ハリルホジッチが高めるジャイアントキリングの可能性
(日議)日本代表の新監督に就任予定のハリルホジッチ氏について聞かせてください。
(河治)
元日本代表監督のオシム氏と同じボルニア・ヘルツェゴビナ出身。経験が豊富で、何よりブラジルW杯で母国ではないアルジェリアを率いてベスト16に導いたことが評価されたと思います。
ドイツを最も苦しめたというのも、チームのポテンシャルを引き出しながら、対戦相手をしっかり研究して“格上”でも苦しめられる手腕を証明したかなと思います。
(日議)河治さんは14日に「サッカー番狂わせ完全読本 ジャイアントキリングはキセキじゃない」を刊行されますが、ハリルホジッチ監督は日本代表でジャイアントキリングを実現できると思いますか?
(河治)そうですね。まず日本の特徴をどう見てチーム作りをしていくかがポイントです。
基本的に速く正確なパスで攻撃を組み立て、高い位置に起点ができれば勇気を持ってゴール前に人数をかけるサッカーを好みます。
守備はハードワークを活かした連動性の高いプレッシング。ただ、相手によっては全体のポジションを下げたり、相手のキーマンにマンマークを付けたり。戦術的な引き出しが豊富です。
■日本の特徴を活かしながら、戦えるチームを作る
(日議)日本はコートジボワールやアルジェリアの様な身体能力があるわけではありませんが、ハリルホジッチ監督はどういうチームを作っていきそうですか?
(河治)日本には日本の良さがあり、ハリルホジッチはそれを活かすと思います。2008年にコートジボワールを率いて来日した時も”日本には素晴らしいタレントがいる”と語っていました。
これは恐らくリップサービスではなくて、90分の集中力や連係の意識、敏捷性の高さなどはアフリカのチームに無い長所です。それにプラスして、当時エブエとマッチアップした長友選手の様なスピードやスタミナなど、プラスアルファの能力がある選手が好まれるかもしれませんね。
(日議)ハリルホジッチ監督は相手に応じて様々なシステムや戦術を用いると言われていましたが、それも選手のチョイスに関係してきそうですか?
(河治)
そうですね。チームのベースとしては戦術理解力が高い選手が優先的に選ばれるとは思います。テクニックも重視されますが、日本のトップレベルの選手は基本的にテクニックが高いので、多くの選手が条件を満たしていると思うんですよね。
ただ、監督の意図をしっかり頭に入れながら、試合や状況に応じたプレーを選択していける選手は選考や起用で有利だと思います。
■経験豊富な選手は必要。ただし、ポテンシャルも重視
(日議)例えばどういった選手が候補になりそうですか?
(河治)
やはり海外で厳しい経験をしている選手はアドバンテージがありますね。いま最もレベルの高いところで経験しているのはシャルケの内田篤人選手でしょう。
CLは惜しくも敗退しましたが、レアル・マドリーの様なチームと体を合わせてギリギリの勝負ができているというのは大きいです。
コンディションの不安もあるので、呼び方は気をつかってほしい部分もありますけどね。
あとは常連でいうと、判断能力が高い上に複数のポジションができ、勝利のために献身できる長谷部誠選手は引き続き有力でしょう
(日議)ではザックやアギーレの様に海外組の常連で固定されていくのでしょうか?
(河治)いや、あくまでベースの部分です。やはりチームを作る時にはブレーンやエンジンになれる選手が必要で、Jリーグでも遠藤保仁選手のように成熟したプレーヤーはいるけど、基本的に欧州でやっている選手の方がベースには置きやすい。
でも、ハリルホジッチは選手のポテンシャルをしっかり見て、可能性があれば育てるのが好きな監督です。中盤なら怪我から復帰した山口蛍などはブラジルW杯の経験がある上にまだ伸びしろがあるので、J2とはいえ招集の可能性が高いと思います。
柴崎岳選手も判断力は素晴らしいですが、国際舞台の経験はまだまだ必要で、またハリルホジッチのチームではもう少し運動量を求められるかもしれません。
■ブレーンとエンジン、そして個で勝負できる武器
(日議)Jリーグでは他にはどういった選手が候補になってきそうでしょうか?
(河治)ブレーンやエンジンということで言えば、サガン鳥栖、湘南ベルマーレ、松本山雅といったハードワークをベースにするチームの中核を担っている選手は抜擢の可能性があります。
鳥栖なら藤田直之、湘南なら永木亮太、松本なら岩上祐三といった選手でしょうか。またデータも重視するので、今季からJリーグに導入されたトラッキングシステムで走行距離1位となった横浜F・マリノスの兵藤慎剛選手などが抜擢されてもおかしくありません。
ただあくまで数字は参考で、考えながら走れているか、運動量を勝利のために発揮できているかが大事なので、兵藤選手にしてもハリルホジッチ監督から見て、そういう基準を満たしているかどうかですね。
個人的には柏レイソルの大谷秀和選手がハルリルホジッチさんの理想像に最も近いと思うんですが、A代表の経験がなく30歳という年齢をどう考えるか。ただアジアであれだけやれているので代表も問題ないと思いますけどね。
(日議)ハリルホジッチ監督は個性で勝負するタイプの選手もうまく起用すると言われます。その点で宇佐美貴史選手や永井謙佑選手はどうでしょうか?
(河治)これまでもコートジボワールならドログバやジェルビーニョ、アルジェリアならフェグーリといった個性的なタレントをうまく使ってきてますからね。
やはり勝負を決められる選手、個で打開できる選手は組み込むでしょう。ただ、その中で勝利のために献身することは求められます。どんなタレントであっても攻守の切り替えや守備でも行くべきところでサボらないとか、ベンチでの態度とかもしっかり見られています。
現時点で荒削りでもいいんですが、ハリルホジッチがロシアW杯までに信頼できる戦士に育てられる可能性を感じなければ、呼ばれても切られてしまうと思います。
■求められるサイドのスピードと突破力
(日議)若手に関してはいかがでしょう?現在の日本はやや世代交代が遅れている様に感じますが。
(河治)
若手を優先するわけではありませんが、現時点での完成度で選ぶのはベースの部分で、23人を考えた場合、先ほども言った様にある程度ポテンシャルで見る度量はあります。
リオ五輪の予選を戦っている選手でも、様子を見ながらテストしていくと思います。鈴木武蔵選手や中島翔哉選手など、現在のA代表にも無い武器を持っている選手は特に期待できますね。
その意味ではアジアカップのメンバーだった植田直通選手も面白いですが、90分の集中力やヘディングの精度など、身体能力の強みはそのままに安定度を上げてほしいです。ACLは鹿島にとって強豪ばかりのグループとなりましたが、彼ら若手には良い経験の場ですね。
(日議)サイドの選手にはスピードや突破力を求めるということを書かれていましたが?
(河治)はい、中盤ではシンプルに素早くつないで、基本的にサイドで勝負する監督なので。もちろん崩しのアクセントで中央も使いますが、サイドの仕掛けはかなり重要です。サイドバックは一瞬で数十メートルを駆け上がり、さらに同じスピードで戻れることが求められます。
もちろん先ほど内田選手に関して触れた様に判断力は必要ですけどね。ウィングやスペースを一気に突けるスピードと1対1に勝てる突破力ですね。
武藤嘉紀選手はポテンシャルとしてその条件を満たしていますが、さらにサイドアタッカータイプが選ばれるかもしれません。柏レイソルに復帰した大津裕樹選手などはJリーグでしっかり結果を出せば有力候補に浮上するでしょうし、あとは広島の柏好文選手とか。
宮市亮選手なんかはタイプ的にピッタリなのに、所属チームでコンスタントに出られていないので。あとU-22にそういうタイプがあまりいないのは残念ですね。もしかしたら小屋松知哉選手などがサイドで起用されるかもしれません。FWですが突破力がありますし、逆サイドでチャンスができた時に、ゴール前に飛び込めますからね。
南野拓実選手は本質的に中央かなと思いますが、香川真司選手や本田圭佑選手とポジションや役割が重なって、競争になる可能性もありますね。
(日議)GKの選考などはいかがですか?
(河治)ハリルホジッチ監督は特定のGKコーチを連れてはこないと思いますが、ゴールマウスをしっかり守ってくれることが前提ですね。
もちろん現代サッカーなので、カバーリングやフィードの精度も大事なんですが、常に冷静で試合の状況を見極めることができて、的確なセービングをできる選手が優先されるはず。
その意味では東口順昭選手が一番かなとも思いますが、川島永嗣選手みたいな影響力というか、代表でのパーソナリティは現時点で足りないでしょうね。やはり試合を経験していかないと。
西川周作選手は正面のシュート対応は申し分ないですが、国際大会でハイレベルになるためには球際にもっと強くなってほしいです。絶対にミスが許されないポジションでもありますし、アジア予選もすぐ始まる中で、ハリルホジッチ監督が思い切って抜擢するかどうか注目です。
若手だとすぐA代表という選手はちょっと見当たりませんが、中村航輔選手がどう成長してくれるか。福岡では神山竜一選手という実力者からポジションを奪えていないですけどね。サイズ的にはアジアカップのサポートメンバーに選ばれていた牲川歩見選手も面白いですけど、彼の場合も磐田でカミンスキーからポジションを奪うのが先ですよね。
どちらにしても日本の一番厳しいポジションですが、ハリルホジッチはGKのポテンシャルを劇的に引き出すスペシャリストではないので、だましだましじゃないですけど・・・。
■アジア予選はジャイアントキリングさせない戦いに
(日議)世界では日本はジャイアントキリングを起こす立ち場ですが、アジアでは逆にされないための戦いになるでしょうか?
(河治)
そうですね。アジアカップでは準々決勝で敗退してしまいましたが、やはり日本はアジアでは相手に研究される立ち場ですからね。
ただ、ハリルホジッチは戦力的に“格下”と見られる相手に隙を見せない監督でもあります。
この点はバイエルンのグアルディオラ監督とも共通するんですが、どんな相手でも徹底的に研究して、相手の長所を消すだけでなく、自分たちの長所を消させない采配もできます。
アギーレ前監督はチームの土台を段階で選手にあまり相手の情報を与えず試合中に判断させていましたが、ハリルホジッチ監督は親善試合から相手の特徴を選手にしっかり伝えるのではないでしょうか。
とにかく、どんな相手でも全力で倒すというのが彼のモットー。だからジャイアントキリングされるリスクもそう高くないと思います。
(日議)まずアジア予選はありますが、ハリルホジッチ監督が率いるチームの世界での可能性はいかがでしょう?
(河治)100%勝利や躍進を保証できる監督などいませんが、日本の特徴を活かしたチームを作りながら、“格下”であろうと“格上”であろうと、あるいは“同格”であろうとしっかり相手を研究して的確な戦い方ができる監督です。
アジア予選は簡単ではないですが、勝利を目指しながら選手に哲学や戦術を植え付けて、世界で戦えるチームに育て上げてくれると期待します。ただ、コパ・アメリカもコンフェデも出られませんし、アジア予選でカレンダーの大半が埋ってしまうので、残されたAマッチデーを無駄にせず、強化試合を組んでいってほしいです。
これはハリルホジッチ監督より協会の仕事になるので、ホームはアジア予選でも十分にありますし、アウェーの環境で様々なチームと厳しい戦いを経験できるチャンスを与えてほしいですね。