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新王者ネリから薬物反応。山中が失ったベルトの行方はどうなる?(訂正あり)

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
王座奪取の快挙から一転して疑惑に包まれるネリ(写真:Zanfer)

 山中慎介(帝拳)に4回TKO勝利でWBC世界バンタム級王者に就いたルイス“パンテラ”ネリ(メキシコ)。彼の殊勲を称えたのも束の間、一転して疑惑の目を向けなければならなくなった。WBCが事前に実施したドーピングテストでネリから陽性反応が出たのだ。WBCはボクシング界の浄化を目的とする「クリーン・ボクシング・プログラム」を促進。全階級のチャンピオンと各クラスのランキング上位15人を対象にする薬物検査を抜き打ちで実行している。そこで今回、ジルパテコルという物質がネリから検出された。

抜き打ち検査で発覚

 この検査は年に1回ぐらいの頻度で実施されている。だが近々タイトルに挑戦する選手に関してはかなり高い頻度でテストが行われているようだ。たとえば現WBCヘビー級王者デオンタイ・ワイルダー(米)に挑戦寸前だったアレクサンデル・ポベトキン(ロシア)は1ヵ月の間に4回も検査が行われ、4度目で違反薬物が見つかり、リングに上がれなかった。もっともポベトキンは、その数ヵ月前の検査でもアウトになり、厳しいチェックが科されていた背景があった。

 世界王座初挑戦のネリにも試合前、何度か試験が行われたらしい。

 テストはWBCから全面的に委託を受けるVADA(ボランティア・アンチ・ドーピング協会)が行った。同機関から違反物質と指摘されたジルバテコルは報道によると、クレンブテロールという物質とかなり似通っているという。その差異は詳しく知らないが、家畜とくに牛のサイズを大きくする作用があるといわれる。他方で人間には頭痛をやわらげる効用があり、WBCの本部があるメキシコではアスリートたちの間で支障なく使用されていると伝えられる。

シロ、クロ両方のケースあり

 クレンブテロールで問題となったのが三浦隆司(帝拳=引退)との激闘が年間最高試合に選定された前WBCスーパーフェザー級王者フランシスコ・バルガス(メキシコ)だ。昨年、同じく激闘を売り物にするオルランド・サリド(メキシコ)との防衛戦を前に、やはりVADAの検査でその物質が発見された。しかし試合は挙行され、予想を超える死闘の末、ドローでバルガスが辛くも防衛を果たした。

 この時バルガスのプロモーター、ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)は「彼がメキシコのキャンプで食べた肉にクレンブテロールが混じっていた可能性が高い」と報告。バルガス本人も「検査の前に2日連続して牛肉を食した」と認めた。同様なケースでは同じくメキシコの4階級制覇王者エリク・モラレスがダニー・ガルシア(米)との第2戦を前に同じ物質が検出されたことがある。モラレス陣営も「食べた肉に偶然入っていた・・・」と主張したが、試合後サスペンド処分をニューヨーク州コミッションから科されている。

 バルガスがリングに登場できた理由にはアマチュア当時、オリンピック規格の厳格なドーピング試験を何度もパスした実績や相手のサリドが以前、ネバダ州コミッションから違反薬物でアウトになった背景から、自身で率先して検査を受ける姿勢を見せたことが挙げられる。またGBPが政治力でWBCを説得したとも推測できる。

食べた肉が災いした?

 今回、ネリのケースもメキシコでは“食肉説”が主流。アメリカで飼育された牛肉を(人と物の交流が多い)アメリカ国境に接する町ティファナに住むネリが食べたから――と報じるメディアもある。ネリのプロモーター、フェルナンド・ベルトラン(サンフェル・プロモーションズ)は「ルイスはとても健全なボクサー。心配することは一切ない。すべてのことが明らかになり、今回の偉業のエピソードのひとつに終わるだろう」と報道を一笑する。

ネリの右隣がベルトラン・プロモーター(写真:Zanfer)
ネリの右隣がベルトラン・プロモーター(写真:Zanfer)

 とはいえ最初の検査結果が出た以上、この問題が噂に止まることはない。WBCのマウリシオ・スライマン会長はBサンプル(再検査)の分析を即時実施すると通達。バルガスのように“シロ”となるケースがあると同時に最悪、王座剥奪処置が取られることも予測可能。その場合、山中戦は無効試合に変更されるだろう。

 無効試合となれば、山中の王座はおそらく安泰。防衛記録は継続される。現役引退の選択肢もある山中がここでもう一度モチベーションを高揚させてネリとの再戦に臨むのか?あるいはネリのサスペンド期間が長引き(モラレスの場合は2年間)別のランカーと相見ることになるのか?WBCのデシジョン次第で予断を許さない状況になってきた。

 筆者の予想では関係が親密なスライマン会長とベルトラン氏が穏便に事を進め、ネリはそのまま王者に座るとみる。ただ、プロボクシング界最大の規模を誇るWBCのトップとしてスライマン氏が妥協のない決断を下すことも期待する。

追記(訂正):本文中の「WBCが事前に実施した・・・」の部分は「帝拳ジムが7月27日、米国の機関VADA(ボランティア・アンチ・ドーピング協会)に要請して実施したドーピングテストでネリから陽性反応が出たのだ」に訂正します。(筆者)

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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