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欧州新聞界ラウンドアップ 「グーグルとの付き合い方」、「無料紙」、「デジタル課金」(下)

小林恭子ジャーナリスト

欧州無料紙業界で、国境を越えてビジネスを展開しているのが最大手メトロ・インターナショナルに加え、ノルウェーのシブステッド、スイスのタメディアだ。

スウェーデンの有力大衆紙「アフトンブラーデット」を所有するシブステッドは傘下に20 Min Holding AG社を置き、「20ミニッツ」のフランス版、スペイン版を発行している。

シブステッドの国際版無料紙部門の足を引っ張るのがユーロ危機で経済が大きな打撃を受けるスペインの「20 ミヌトス」(読者数210万人)だ。11年の営業収益が前年比で400万ユーロ減少した。逆にフランス版(読者数280万人)は収益を前年比で16%増加させている。

無料紙が新聞市場の30%を占めるスイスでは、13の日刊紙と20のニュースサイトを含む約40紙を発行するタメディアが有力だ。スイスの3つの公用語である独語、仏語、イタリア語で出す「20 Minuten」(ツヴァンツィック・ミヌーテン)の発行で大きな位置を占める。ウェブサイト「Swissinfo」によると、紙版の読者は200万人、オンラインでは50万人を数える。

―広告主の「干渉」、報道の質は?

欧州の無料紙には、その報道内容について、有料新聞と同様の期待がかかるようになっている。

例えば、新聞市場の30%を無料紙が占めるオーストリアだ。首都ウイーンを中心に50-60万部を発行する無料紙「ホイテ」は、地下鉄構内での配布の独占権の是非が議論の的となったり、ウイーン市など政府系組織からの広告収入の比率が高く、広告主に好意的な紙面づくりをしているという批判が出ている。

無料紙は短時間で読み切れるように制作されているため、無料紙の配布が拡大するにつれて、全体では報道の質が下落するという懸念も表明されている。

Swissinfoに掲載された記事「良質な情報、民主主義には不可欠」(2012年12月14日付)の中で、チューリヒ大学の公共空間・社会研究センターの研究者たちは、報道の質とは「さまざまな内容や意見があること、関連性はもちろん、背景説明を含む報道価値があること」と定義する。さらに、「質の低い一般メディアがエリート向けのより質の高いメディアを駆逐する傾向が続けば、民主主義に悪い影響を及ぼす」と警告している。

これに対し、無料紙発行大手タメディアの広報担当者は、無料紙やオンラインメディアについて、「読者にそれほど深く掘り下げた情報を必ずしも提供しないが、そのような出版物にも需要はある」と反論している。

―「ライバルはネット、携帯端末」か

日刊無料紙を生みだした国スウェーデンで新聞の将来を研究する、ミッドスウェーデン大学のインゲラ・ボードブリ教授は、国内の無料紙(2011年で76万2000部発行)の今後に悲観的だ。

ネットでニュースを読む人が増え、紙の新聞を購読する習慣が廃れつつあることや、電車内では新聞よりも携帯電話などの端末機器を操作して時間を過ごすことが一般化しているからだ。

また、有料紙と無料紙は競合相手にはならないという。スウェーデンでは有料新聞は日本のように購読者となり、自宅に宅配される形で読む。通勤時に読む無料紙と有料紙とは異なる時間に消費されている。

「無料紙と時間を奪い合う競合相手は携帯端末」だ。「15年後、無料紙は今の形では存在しないかもしれない」とボードブリ教授はいう。同時に、「有料紙も毎日の発行ではなく、週に2回発行などに変化していく可能性もある」と付け加えた。

一方、世界の無料紙の動向を記録するブログ「ニュースペーパー・イノベーション」を運営し、オランダのユトリヒト大学で教鞭をとるピエット・バッカー氏は、携帯端末と日刊無料紙は競合しないと見る。

無料紙は「通常は新聞を読まない若者層に配布されている」点から、ユニークな位置にいるとバッカー氏はいう。

同氏は「欧州内での無料紙の読者数は増加、あるいは安定化している」として、その将来を楽観視している。

スウェーデン・メトロの創刊を誰も事前には予測していなかったように、欧州新聞事情の地図はさらに書き換えられることがありそうだ。

―無料・有料・デジタル化の棲み分け

最後に、無料新聞の人気が高い英国の例から、有料紙やその電子版との棲み分け状況に注目して見る。

筆者が住む英国・ロンドンでは、朝刊無料紙メトロ(アソシエーテッド・ニューズペーパーズ社発行)、無料金融紙「CITY AM」に加え、午後には無料夕刊紙「ロンドン・イブニング・スタンダード」(イブニングニュース社)が駅近辺で配布される。

主要全国紙(有料紙)の3月の発行部数(英ABC調べ、4月はサッチャー元首相の死で特需があったので3月を比較)を見ると、前年比で2桁台の下落が珍しくない。

特に大きな下落を記録したのは左派系高級紙インディペンデント(25・23%減、約7万5000部)。正反対の動きとなったのが同紙の簡易版で価格が5分の一以下の「i」(アイ、10.58%増、約29万部)。

ウェブサイトのユニーク・ユーザー数は大部分の新聞が二ケタ台で増加した。英国の新聞社サイトは過去記事も含めて無料閲読の場合が多く、広告収入が主となるが、紙媒体の運営を補うほどには大きくなっていない。

ロンドンで電車に乗ると、紙の新聞を手にしている人が目に付くが、ほとんどが無料紙(朝刊「メトロ」、経済専門紙「City AM」、夕刊紙「ロンドン・イブニング・スタンダード」など)だ。3紙合計でロンドン内で平日平均で約210万部が発行中だ。スマートフォン、電子書籍閲読端末、パソコンなどの画面を見ている人も多い。

3紙の部数は安定しており、City AMは2月時点で前年比32・17%の伸びを見せた。インニング・スタンダードはかつて有料紙だったが、09年秋から無料紙となり、部数を3倍近く増大させた。

朝刊無料紙メトロや夕刊無料紙スタンダードは、通常は紙の新聞を読まない人も含めた幅広い層に配布される。あまり外出しない人向けには無料のコミュニティー紙が無料で自宅に届けられる。無料新聞は英国で新聞文化の1つになっている。

一方、電子版の有料化を率先して進めてきた経済紙フィナンシャル・タイムズは、電子版購読者が紙版購読者数をしのぐようになっている。

また、高級紙タイムズ、その日曜版サンデー・タイムズは10年から電子版に完全有料化(購読者にならないと一本も読めない)を進め、両紙合計で約30万人を超える購読者(昨年12月時点でタイムズは12万7540人、サンデー・タイムズは11万8888人)を獲得した。

携帯電話やタブレッド版では課金制をとってきた大衆紙サンは今年下半期からウェブサイト版にも課金制を導入すると発表している。

高級紙の最大手デイリー・テレグラフは、ウェブサイトを英国外から利用する際に、月に20本までは閲読無料、それ以上は毎月1・99ポンド(約300円)という課金制(メーター制)を昨年11月から導入してきた。4月からはこれを国内の読者にも適用している。

これでウェブサイトの閲読が過去記事も含めて完全無料なのは高級紙ではガーディアンとインディペンデントのみになった。

地方紙は課金にしても十分な収入が得られない、仕組みの導入に一定の資金がかかることなどから、すぐには追随しない模様だ。

タイムズなどが課金制を導入する前後、経済専門紙は別としても、一般紙で電子版有料制が成功するのかどうか、あるいは民主主義の観点から情報を囲い込むことの是非が随分と議論された。

しかし、紙媒体の下落が加速化し、利用者が多い電子版による情報発信を維持するためには、課金制を導入せざるを得ないほど、切羽詰った状態になってきた。

窮状打開のため、経費削減、人員縮小に拍車がかかっている。高級紙では数十人単位で編集部員が削減され、編集作業の効率化、機械化が進む。

紙の新聞は無料で配られたものを読み、ネットでは好みの新聞や記事にお金を払って読むーこれが新たなメディア環境として現実化しつつある。有料新聞は紙媒体での発行をいつまで続けられるか。限界への挑戦となってきた。

(隔月刊行の「JAFNA通信」(フリーペーパーの団体、日本生活情報紙協会=JAFNA=発行)などへの筆者寄稿記事に補足しました。)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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