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【落合博満の視点vol.34】勝てる戦術の極意その1――当たっていない選手にはチャンスメイクさせるな

横尾弘一野球ジャーナリスト
その日の試合で当たっていない打者は、チャンスメイクさせても上手くいかない!?(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 落合博満の野球とは、現役時代も中日で監督を務めていた時も、徹底した成功率の追求にある。打者としてなら、相手バッテリーの配球を読むことよりも、自分が打てるボールを待ち続けた。監督としては「何もサインを出さずに勝つのが究極の采配」と語り、場面ごとに最善と思われるプレーを選手に求めた。ただ、そうして理詰めの野球で実績を残しながら、経験則に基づく勝負勘を働かせたことも少なくない。現在は、あらゆるデータが容易に引き出せ、試合におけるどんな数字でも明らかになっているが、その中で落合が重んじた勝負勘について紹介していく。

 ある試合で、一番打者は右へ左へ3安打を放ち、二番打者は3打席3三振を喫していたとする。同点で8回裏の攻撃を迎えると、先頭の九番打者が粘りに粘って四球を選ぶ。ここは犠打で一死二塁の形を作り、後続の安打で勝ち越したいと考えるだろう。だが、監督は悩む。当たっている一番打者に送らせるのは、もったいないのではないか。それに、一死二塁としても3三振の二番打者に期待できるのか。

 仮に、一番打者に打たせると4本目の安打を放ったとしよう。無死一、二塁で二番打者に送らせれば、勝ち越しのチャンスは広がる。監督は迷わずに犠打のサインを送るが、二番打者のバントは投手の正面を突き、サードに送球されて封殺。後続も打ち取られて願ってもない好機を逃してしまう。この場面、落合監督ならどう考えるか。

「プロの場合は、マット・マートン(元・阪神)のような外国人が一番なら打たせるだろう。また、長いリーグ戦を勝ち抜く上では、その試合で当たっているかどうかだけでは決めないケースもあるから、あくまでアマチュアの一発勝負をイメージする。私ならば、迷わず一番に送りバントだ」

 その根拠が興味深い。

「私の経験で言えば、その試合の中で結果を残している選手は、何をやらせても上手くいくもの。反対に、ブレーキになっている選手は、普段はできることでもミスをしがち。試合の流れを変えてしまうことだってあるかもしれない。当たっている選手に送りバントでお膳立てをさせるのは、もったいないと考えるのはわかる。でも、同点の8回裏なら、早く一死二塁の形を作っておいたほうがいい。それに、仮に一番に打たせて無死一、二塁になり、当たっていない二番にバントをさせても、精神状態も考慮すれば成功率は高くないはず。バントを失敗すれば、流れを相手に渡してしまうかもしれないし……」

成功率に加えて対戦相手の心理も考慮する

 もちろん、これはデータに基づいたものではない。だが、落合の采配が高い確率で勝利につながったのは、徹底した成功率の追求とともに、その場面における攻撃側、守備側の心理も深く考慮したからだ。

「相手バッテリーの気持ちを想像してみよう。走者は一塁よりも二塁にいたほうが神経を費やす。ならば、早く二塁へ送るべき。それに、当たっている一番に送らせ、二番で勝負となれば、その日は3三振していても気持ち悪いものだ。たまたま今日は打ち取っているけれど、調子自体は悪くないのかな、それだけ信頼されている打者なのかな、と色々な考えが浮かんでしまうはずだから」

 相手にあれこれと考えさせれば、心理的には優位に立つこともできる。だからこそ、落合は「勝負どころの送りバントは、ファースト・ストライクをきっちり決めた時のほうが得点につながりやすい」と説く。バントの上手い打者だからと、あえてワンストライクからサインを出そうとすると、打者にも思わぬプレッシャーがかかり、思い描いた結果を得られないケースも少なくない。要は「策に溺れるな」ということなのだ。

 1点を争う展開の際に監督は、自分たちがどうすれば決勝点を奪えるのかと懸命に策を練る。だが、それだけでなく、相手はどんな気持ちで、何をされたら嫌なのかも色々な面から想像してみることが、さらに勝利に近づく方法なのだろう。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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