中国・一帯一路に切り崩される欧州 イタリア厚遇、フランス冷遇の使い分け「核心的利益」で協力要求
中国と古代ローマはシルクロードで結ばれていた
[ロンドン発]中国の習近平国家主席が21~26日にかけてイタリア、モナコ、フランスの欧州3カ国を歴訪します。習主席は20日、中国共産党の機関紙、人民日報系の環球時報英語版にこんな寄稿をしています。タイトルは「東と西の出会い。中国・イタリア友好の新しい章」です。
習主席は2011年のイタリア統一150周年に合わせてイタリア訪問、16年にはサルデーニャ島に立ち寄っています。習主席は両国の歴史的なつながりを強調しています。「すでに2000年以上前に数千マイル離れた中国と古代ローマはシルクロードで結ばれていました」
ベネチアの旅行家マルコ・ポーロ(1254~1324年)はアジアを旅し、『東方見聞録』の中で中国やインド、日本を欧州に紹介しました。習主席は「マルコ・ポーロが中国に対する欧州の最初のフィーバーを生み出しました」と言及し、両国関係について次の9点を挙げました。
核心的利益でも協力
(1)両国関係は長い歴史的な交流に根ざしている
(2)両国関係は2004年に結ばれた包括的な戦略的パートナーシップを土台に築かれている
(3)昨年、両国の貿易総額は500億ドル(イタリアの貿易赤字は121億ドル)を超え、累積投資も200億ドルを上回った。イタリアのファッションや家具、ピザ、ティラミスは中国でも人気。両国の協力は衛星の研究・開発、有人宇宙探査、科学、技術、革新から警察の共同パトロール、サッカーのトレーニングまで多岐にわたる
(4)集中的な文化交流が進められている
(5)ハイレベルの政府・議会・政党間の交流と協力をより頻繁に企画し、政策に関する情報交換や戦略的信頼関係、相互効果を強化し、お互いの核心的利益や主要な関心について助け合いたい
(6)北部の港湾や、投資を発展させるイタリアの計画とともに中国の経済圏構想「一帯一路」のもとでイタリアと協力し、海や陸、空と宇宙、文化面でも新しい時代の「一帯一路」を構築したい
(7)港湾や物流拠点、造船、輸送、エネルギー、通信、医学、新しい分野での協力を拡大させたい
(8)人と人との交流を促進させたい
(9)国連や20カ国・地域(G20)、アジアと欧州の会合、世界貿易機関(WTO)での情報交換や協力を強化し、多国間主義、自由貿易、世界平和と安定、発展と繁栄を維持したい
注意を要するのは(5)核心的利益での協力(6)海・陸・空・宇宙と文化での「一帯一路」構築(9)多国間主義と自由貿易の維持――です。
核心的利益とは中国が武力を行使してでも守ることを宣言している利益のことで「台湾」「新疆ウイグル」「チベット」「南シナ海」「東シナ海」も含まれています。
多国間主義と自由貿易の維持は、中国やEUに貿易戦争を仕掛ける米国のドナルド・トランプ大統領を念頭に置いているのは言うまでもありません。
「一帯一路」で得をするのは中国だけ
欧州3カ国歴訪の中で、習主席が最も重視しているのはイタリアで、滞在期間は21~24日です。イタリアは先進7カ国(G7)の一角をなし、欧州連合(EU)の創設メンバーで、EU28カ国の中で4番目、欧州単一通貨ユーロ圏では3番目の経済力を誇っています。
しかし経済協力開発機構(OECD)のエコノミックアウトルックによるとイタリアの国内総生産(GDP)成長率は今年マイナス0.2%に急減速する見通しです。政府債務残高は対GDP比133%に達しています。
デービッド・キャメロン前英首相が「英中黄金時代」をぶち上げた英国なきあとのEU主要国の中でイタリアが最も中国マネーになびきやすい国です。G7の中で初めて「一帯一路」を公式に承認することをジュゼッペ・コンテ伊首相は認めています。
EUの中では重債務国のギリシャ、ポルトガル、旧共産圏ブルガリア、クロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベニアの計13カ国が「一帯一路」を公式に承認しています。
しかし得をしているのは中国だけで相互利益にはつながっていないと不満が強まっています。「一帯一路」は中国共産党の政治目標を最優先にしているため、国際的な取り決めを逸脱することが多く、重債務国が「債務の罠」にハマってしまうケースが目立っています。
習主席のフランス訪問は1日足らず
エマニュエル・マクロン仏大統領は習主席の訪問を前に「一帯一路」について「他国の開発に中国が参加する際は対等と互恵の精神に基づき、主権国家を尊重して行われるべきだ」と釘を刺しました。フランスはドイツと協力してEUの一貫した対中政策を打ち出したい方針です。
習主席のフランス訪問はイタリアの4日間に比べると実に1日にも満たないという短さです。新興政党「五つ星運動」と極右政党「同盟(旧北部同盟)」のイタリア連立政権はEU統合に極めて懐疑的な立場を取っています。
中国のEU28カ国への海外直接投資(FDI)は16年の372億ユーロをピークに下がり始め、昨年は15年レベルを下回る173億ユーロ。ピーク時に比べると半分以下になりました。
EUサイドで最先端技術を狙った中国のM&A(合併と買収)への警戒心が強まる一方で、習主席が資本流出規制を強化したからです。
EUの中で中国の海外直接投資が一番多いのが英国、ドイツの順で、イタリアがフランスを上回っています。ギリシャやイタリアなど地中海の要衝を押さえることで、中国海軍のプレゼンスを欧州で増す狙いもあります。
英議会内で開かれたパネルディスカッションで元英第一海軍卿のアラン・ウェスト英上院議員は、筆者の「中国の一帯一路には貿易や物流だけでなく、軍事的な野心も含まれているのか」という質問にこう答えました。
「軍事的な野心も含まれているのは明らかだ。一帯一路を単に経済的なプロジェクトと考えるのは軽率だ」
EU首脳会議で対中政策を見直し協議
EUは21~22日にブリュッセルで開く首脳会議で対中政策の転換について30年ぶりに協議する予定です。1989年の天安門事件で武器輸出禁止を含む制裁を発動して以来初めて、技術移転やサイバーセキュリティーで中国に対し厳しい姿勢で臨むかどうか話し合います。
昨年9月にEUは「私たちには共通のスタンダードとルールが必要」として、中国の「一帯一路」に対抗するかたちでEUとアジア諸国を結ぶ「欧州の道」を提唱しました。中国の独占を排除するためです。
しかし来月9日にはEU・中国首脳会議がブリュッセルで開かれ、このあとクロアチアで中国と旧共産圏のEU11カ国、バルカン諸国5カ国の計16カ国との関係を強化する「16+1」首脳会議が開催されます。
旧共産圏の11カ国に加えてイタリア、ギリシャ、ポルトガルがすでに中国の手中に落ちている現状を考慮すると、EUが一丸となって対中政策を厳格化するというのは非常に難しそうです。
(おわり)