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「ルパン三世」も「コブラ」もモデルはこの男!命知らずな俳優のヤバすぎアクションを劇場で

水上賢治映画ライター
映画「大頭脳」のジャン=ポール・ベルモンド(左) 

 「ジャン=ポール・ベルモンド」。この名を聞いて、すぐにピンと顔を思い浮かべることができる人はどれぐらいいるだろうか? アラン・ドロンとともに人気を二分するフランスのスター俳優として彼が最盛期を迎え活躍したのはもう半世紀近く前のこと。時の流れで、忘れられても仕方ないのかもしれない。知っている若い世代もジャン=リュック・ゴダール監督の「勝手にしやがれ」や「気狂いピエロ」の主演といったヌーヴェル・ヴァーグの俳優として記憶しているのがほとんどだろう。

 ここ日本においては、忘れられかけた俳優といっていいかもしれないジャン=ポール・ベルモンド。そんな彼の主演映画8作品を網羅した特集上映「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」が30日から開催される。

「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」の仕掛け人、江戸木純氏 筆者撮影
「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」の仕掛け人、江戸木純氏 筆者撮影

今、なぜジャン=ポール・ベルモンドなのか?

 今、なぜベルモンドなのか? 今回の特集の仕掛け人、配給プロデューサーで映画評論家の江戸木純氏に訊いた。

 はじめに今回の特集を企画した経緯をこう明かす。

「僕が映画を観始めたのは、1970年代の前半ぐらい。そのころはフランスの娯楽映画もよく公開されていたし、テレビでもしょっちゅう放送されていました。当時は、フランス映画というと、アラン・ドロンとベルモンドの主演作が双璧で。アラン・ドロンは圧倒的に女性ファンがついていて、一方の男の映画ファンは断然、ベルモンドでした(笑)。また、いまと逆で、ベルモンドはもうヌーヴェル・ヴァーグの俳優というイメージはほぼ消えていて、アクションスターとして人気を得ていた。

 たぶん、僕らの世代はほぼ『ベルモンド=アクション俳優』で、ヌーヴェル・ヴァーグのイメージは多少あるのみ。ただ、日本ではそのあと、1990年前後からはじまったミニシアターブームのときに、ヌーヴェル・ヴァーグの作品がリバイバル上映されて、そこでベルモンドも脚光を浴び、そのまま『ヌーヴェル・ヴァーグの俳優』という評価で定着してしまった。でも、そこからも30年近くたってしまっていて、今の日本では、ほとんどベルモンドは忘れられかけている。しかも、ヌーヴェル・ヴァーグ俳優のイメージのまま。

 僕の中では、常に違和感がありました。彼が本領を発揮したのは、自分でプロダクションを始めてた1970年代初頭ぐらい。自身でプロデューサーも務め、フランスで大ヒットに次ぐ大ヒット作を連発して、興行記録を塗り替えるみたいなことをやってたのは1970年代中盤から80年代にかけてなんです。そのほとんどの作品が痛快無比なエンターテインメント作。そこで今のアクション映画のお手本となるような数々の伝説のシーンに挑んでいる。それをぜひいま一度スクリーンで上映して、ベルモンドを知ってほしかった」

今のアクション映画のお手本となる伝説のシーンの数々。しかし、上映には壁が…

 ただ、特集上映を企画するまでには高いハードルが存在した。

「たとえば同時期に人気を得ていたマカロニ・ウェスタンの作品は、ソフト化やリバイバル上映がされてますけど、ベルモンドの映画はできていない。なぜかと言えば、ほんとうにできなかったんです。

 現在フランスの大手映画会社がベルモンドの作品のほとんどの権利を管理している。はっきり言うと、権利許諾が非常に困難だったんです。

 僕は映画の権利の売買をする会社で働いていたことがあるんですけど、1980年代のビデオブームのとき、VHS化する作品の選定や提案をしていました。で、ベルモンドの作品も当然ビデオ化したかった。でも、ジャン=ポール・ベルモンドの映画は、フランスからすると、日本で言ったら、例えば東宝のゴジラシリーズとかが当てはまるぐらいの扱いで。大メジャーな作品でおいそれとは手が出せないというか。弱小のメーカーが買おうと名乗りをあげても、売ってくれなかった。もしくはもう法外なぐらい値段が高くて、とても手がでなかった

 それで、1980年代のビデオ隆盛期以降から現在まで長らく日本では、ベルモンド作品のビデオ化やテレビ放映がほとんどされないままでここまできてしまった。

 先日、スタジオジブリが場面写真400枚の無料提供をはじめましたけど、鈴木敏夫プロデューサーが『権利の主張をしすぎると、みんなに作品を忘れられちゃう』といった主旨のことをおっしゃっていた。ベルモンドはまさにそれで、日本では多くの作品がVHSにもDVDにもほとんどならなかったために、若い映画ファンには忘れられた存在になってしまったわけです。

 それでも、あきらめずに継続して権利許諾を何度かトライし続けていて。その間、とりわけここ数年で、主要な作品のHDリマスターが終わったようで、本国フランスでも改めてディスク化されたり、ブルーレイが出たりしていたんですね。そういうタイミングも相まって、今回、キングレコードさんのバックアップもあって、このような傑作選のプログラムを組むことができました。

 選んだポイントとしては、まあベルモンドの代表作としてよく上がる『リオの男』や『カトマンズの男』はとりあえず、ビデオやブルーレイとかも出てるので、見ようと思えば見れるんです。ですから、今回はそういった作品は外して。見たいけど見れない作品をとにかく集めようと考えました。

 その中で、アクションスターでありエンターテイナーとしてのベルモンドが浮かび上がるものとしてこの8本を選びました。けっこういいラインナップが組めたのではないかと思っています」

日本では誰でも知っている『ルパン三世』や『コブラ』のモデル

 そうした考えがある一方、ベルモンドを再評価したい気持ちもあったという。

「1990年代のミニシアターブームで、いわゆるアート系と呼ばれる作品や、作家系の映画が注目された時代もそうなんですけど、日本の映画ジャーナリズムは、どこか娯楽映画は下に見る傾向がある。

 ベルモンドの映画も、ヌーヴェル・ヴァーグはいいけど、ほかの娯楽作はB級だよねみたいな。当時の論調がそうだったんです。今回、傑作選を組む上で、昔の映画評などを見返したんですけど、ほとんどまともに論じられていない。徹底的にエンターテインメントを追求した娯楽映画なのに、きちんと語られていない。もっとマニアックな、たとえばホラー映画とかだと、熱狂的に書かれているものとかあるんですけどね。

 たとえば今回上映される『ムッシュとマドモアゼル』なんかめっちゃくちゃおもしろい。すごくきちんとしたコメディ映画であり、アクション映画になっている。でも、当時のポスターやチラシをみると、単なるおチャラけた、ちょっとおバカに映るような感じの印象になっている。つまり、ベルモンドの映画はちょっと下に見られていた傾向があります。

 一方で、フランスで人気を得ていたアラン・ドロンは女性人気もあって、日本でもけっこうきちんと扱われている。

 でも、ベルモンドのファンは確実にいて、大好きな人がいっぱいいる。実際に影響は大で、日本では誰でも知っている『ルパン三世』や『コブラ』のモデルになっている。でも、ベルモンド自身とその映画は忘れられかけている

 いまこそきちんとベルモンドを評価したいと考えましたし、そのためにはやっぱり見てもらわないといけないと思いました」

「大盗賊」より
「大盗賊」より

びっくりすると思います。「これCGなし、実際にやっているの?」と

 上映作品は「大盗賊」「大頭脳」「恐怖に襲われた街」「危険を買う男」「オー!」「ムッシュとマドモアゼル」「警部」「プロフェッショナル」の8作品。全作品を見てまず思うのは、命知らずのアクションに果敢に挑んでいることにほかならない。

「いまはCG全盛で、きわどいアクションシーンはそういう映像効果で描くことになっている。でも、ベルモンドの時代は実際に危険なシーンは挑むしかなかった。で、通常は代役というかスタントマンが演じるわけですけど、ベルモンドはスタントマンの指導で実際に自分でやっているんですよね。

 この8作品の中にあるアクションシーンのほとんどは、おそらくいま撮ろうとしても安全面を考慮してプロデューサーに止められてしまうでしょう。俳優がやりたくてもできない今の時代ではもはや撮ることのできないシーンといっていいでしょう。

 ですから、おそらくベルモンドの映画をみたことのない人はびっくりすると思います。『これCGなし、実際にやっているの?』と

 もう『なんでこの人、命綱なしでやっているんだろう』という世界ですよね(苦笑)。どなたかが言ってましたが、『ジャッキー・チェンならたぶんやっても大丈夫だろうという感じがする。でも、ベルモンドがやっていると、ほんとにヤバい、この人、正気じゃないんじゃないか、すごく冷や冷やする』と。

 ほんとによくぞやっているなですよね。『恐怖に襲われた街』の屋根のアクションは、あれだけ危険度の高い屋根のシーンはないのではないかと。屋上の屋根を伝うところも、すべることがわかっているのに、革靴でやっている(笑)。

 『ムッシュとマドモアゼル』の階段落ちのシーンがありますけど、『蒲田行進曲』どころの騒ぎじゃない。何回、落ちるんだよというぐらい繰り返している。つかこうへいさんも絶対コレ意識していると思います。あのシーンはメイキングがあって、実際に大けがしている映像が残されています。ほんとうに『よくやるな』のひと言。

 こういうシーンをみればジャッキー・チェンやトム・クルーズがいま体張ってやっていることの原点が、ベルモンドの映画にあることは一目瞭然だと思います。この本物のアクションはスクリーンでぜひ味わってほしいですね」

「恐怖に襲われた街」より
「恐怖に襲われた街」より

プロデュースに乗り出し、アクションがさらにエスカレート!

 中でもベルモンド自身がプロダクションを設立して、製作にも乗り出している作品のアクションは目を見張るものがある。

「そうですね。俳優が独立して自分のプロダクションを持つというのは、1960年代ぐらいから70年代前半にかけて、けっこうあって。日本でも石原裕次郎さんや三船敏郎さんがはじめていた。ベルモンドも、アラン・ドロンに続くような感じで、始めるんですけど、当時のインタビューで『プロデューサーに止められるようなことがあって、そこに不満がある』といったようなことを言っているんですね。ですから、自分がプロデュースすることによってリミットが外れたといいますか。アクションがより過激にエスカレートしてどんどんハードになっているところはありますね。

 たぶんほかの俳優は『そこまで』というところも、ベルモンドはとにかく全部自分でやりたい性分で。『そこ飛ぶ必要ないだろう』というところも飛ぶんですよね(笑)。サービス精神旺盛。とにかく『すべて自分で演じる』という意識が強かったと思います。

 だから、自分で制作したものは、ほぼすべてコントロールしていた気がします。それで自分のやりたいアクションをやると、過激になっていってしまう(笑)」

「警部」より
「警部」より

 そのアクションの数々は、いまのアクション映画のお手本のよう。たぶん、「このシーン、なんかの映画でみたことがある」と思う人は多いはず。それぐらい既視感を覚えるシーンが多い。

「それこそスティーブン・スピルバーグも大好きと公言していますし、ほんとうにハリウッドにも多大な影響を与えている。

 ジャッキー・チェンの『ツイン・ドラゴン』は、ジャッキーが2役やっていますけど、『ムッシュとマドモアゼル』と雰囲気がそっくりです。もちろんジャッキー映画にはジャッキー映画の魅力がありますが。

 日本では影響として出てるのはおそらくコミックの世界で。さきほど、触れましたけど『ルパン三世』と『コブラ』はそうですし、たぶん『シティハンター』なども何かしらの影響を受けている気がします。

 あと、ジャン・クロード・ヴァンダムが、今作っている新作は、『すべてベルモンドにオマージュを捧げる』といってたり(笑)。

 とりわけコミカルな要素の加わったアクションというのがベルモンドの本領発揮で。それは、無声映画のバスター・キートンから、ベルモンド、ジャッキー・チェンといったようにつながっていると思います。

 そういうことも知ってほしいというか。さきほどの話に少し戻るんですけど、結局そういうことも含め、世界的な大スターだったにもかかわらず、日本ではベルモンドのことがほとんど語られていない。

 それはなぜかというと、ビデオになってないからというのが大きな要因。ビデオやDVDになっていて、みんなが見ていれば、何かしら書かれていたはず。でも、出ていないから誰も書くことができない。まったく見られていない。その結果、日本の映画界全体の中で、ジャン=ポール・ベルモンドが途中で欠落してしまっている。

 今回の傑作選は、ある意味、その欠落した部分を埋める作業ともいえますね」

「ムッシュとマドモアゼル」より
「ムッシュとマドモアゼル」より

 なかなか、選びづらいと思うが、とりわけおすすめしたい作品をこう語る。

「とにかくどれも貴重な作品なのでどれも観てほしいのが本音です(笑)。

 ただ、しいてあげるとするならば、『恐怖に襲われた街』と『危険を買う男』は長年こだわってきた作品なので、見逃してほしくない気持ちがあります。

「危険を買う男」より
「危険を買う男」より

 『恐怖に襲われた街』は、『ダーティハリー』などのハリウッドの刑事アクションに対抗してベルモンドが初めて挑んだ刑事ドラマ。プロデューサーも兼務して命懸けでいろんなことにチャレンジした決定的代表作といえると思うんですよね。

 ほんとうに見せ場だらけというか。最後とかもわざわざヘリコプターを使う必要がないと思うんですけど(笑)、あえて使う。

 映画は基本ストーリーがあってしかるテーマがあっていい。でも、見世物というか、見せ場を見に行くものでもあると思うんです。

 ベルモンドの映画はそうで、ド派手なことをやるだけで成立してしまう。こちらがそれを見るだけで満足させられて、それだけで『OK』になっちゃう。ストーリーのつじつま合ってなくてもいいやっていうぐらいの役者が魅力的で、仰天するような見せ場がちゃんとある。

 あと、ここまでで何度か話に出てますけど、『ムッシュとマドモアゼル』はフレンチ・コメディなんですけど、実は、もうほんとうに一番すごいアクションが満載。

 ベルモンド自身、この作品の空中スタントが、人生で最も危険なアクションだったと言っています。この映画は再評価されるべきだと思います。

 ほかにも、今回、日本劇場初公開になる『プロフェッショナル』は、今年亡くなった映画音楽の巨匠、エンニオ・モリコーネが音楽を担当しており、モリコーネ自身の代表曲のひとつである『CHI MAI』という曲をたっぷり聴くことができます。

 『危険を買う男』は、ひじょうにコンパクトにまとまっていて、松田優作の『遊戯』シリーズにも通じる、ハードボイルドなアクション映画です。『警部』や『プロフェッショナル』のあたりは、アクションスターとしてのベルモンドの晩年で枯れた魅力が凝縮されている、かなりベルモンド上級者コースといった作品になっています。

 ですから、まずは全盛期といっていい『恐怖に襲われた街』などで凄さを感じてから、最後に『警部』や『プロフェッショナル』で締めるというのがおすすめですかね。

 ほとんどの作品が初の劇場公開から40~50年経っています。ここまで公開されていないと、リバイバル上映を通り越してほぼ新作と言ってもいいと思うんですよ。

 ですからまったく未知の作品を観る感覚でみてもらえればと思います。見てもらえれば、あの映画の原点はここにあったんだとわかっていただけると思います」

「プロフェッショナル」より
「プロフェッショナル」より

俳優が生身で勝負していた最後の時代。そこで究極のアクションを追求していた

 最後にベルモンドの魅力を江戸木氏はこう語る。

「とにかく俳優としての演技力、そしてスクリーンから伝わる人間的魅力が観る者すべてを虜にしてしまいます。そして、もちろん生身の彼が演じるアクション。

 『スター・ウォーズ』などの登場で映画の見せ場が一気にVFX一色になっていく直前、俳優が生身で勝負していた最後の時代にベルモンドはいたのかもしれない。そこで究極のアクションを追求していたんです。

 ベルモンドは現在87歳で健在です。彼が元気なうちに、今回の傑作選が組めてよかったと思っています。これだけのちの映画界に影響を与えている人物ですから、健在のうちに再評価をしたかった。

 この機会、もう一度ベルモンドに注目していただいて、こんなすごい役者がいたことを知ってもらえたらと願っています。もちろん見るべきベルモンドの映画はこの8本だけではありません。今回の企画が成功すれば、第2弾、第3弾とやりたい作品はたくさんあります。

 とにかく多くの方に映画館のスクリーンで観ていただきたいと思います」

「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」ポスター 提供:エデン/キングレコード
「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」ポスター 提供:エデン/キングレコード

「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」

10月30日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

詳細は、こちら

場面写真は、「大盗賊」 CARTOUCHE a film by Philippe de Broca (C) 1962 / STUDIOCANAL- TF1 DA- Vides S.A.S (Italie)

「大頭脳」 LE CERVEAU a film by Gerard Oury (C) 1969 Gaumont (France) / Dino de Laurentiis Cinematografica (Italy)

「恐怖に襲われた街」 PEUR SUR LA VILLE a film by Henri Verneuil (C) 1975 STUDIOCANAL- Nicolas Lebovici- Inficor- Tous Droits Reserves

「危険を買う男」 L’ALPAGUEUR a film by Philippe Labro (C) 1976 STUDIOCANAL- Nicolas Lebovici- Tous Droits Reserves

「ムッシュとマドモアゼル」 L’Animal a film by Claude Zidi (C)1977 STUDIOCANAL

「警部」 FLIC OU VOYOU a film by Georges Lautner (C)1979 STUDIOCANAL ー GAUMONT

「プロフェッショナル」 LE PROFESSIONNEL a film by Georges Lautner (C) 1981 STUDIOCANAL

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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