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シンシナティ現地リポ:錦織圭、「身体と相談しながら」のトーナメントでストレート勝利の省エネ発進

内田暁フリーランスライター
写真は、リオ五輪で銅メダルを取った錦織圭(写真:REX FEATURES/アフロ)

シンシナティ・マスターズ2回戦 ○錦織圭 6-3,6-2 M・ユージニー●

この3週間で戦ったのは11試合。移動距離は、トロントからブラデントンの約2,000kmに、そこからリオへの7,018 km。帰路は、リオからブラデントンを経由しシンシナティへと北上したので、実に2万km近くの大移動をこなしています。そしてシンシナティに着いた翌日には練習し、その翌日にはもう試合。

「やっぱりそんなには(体力は)戻ってない」のは当然であり、シンシナティ・マスターズは「身体と相談しながら」の戦いになるのも必然です。

その懸案の初戦(1回戦免除の2回戦)で錦織は、ミハエル・ユージニー相手に6-3,6-2で勝利。1時間20分の試合時間は、「なるべく短い試合を続けて回復したい」錦織にとり、上々の滑り出しでしょう。

とはいえ試合立ち上がりのプレーは、万全にはほど遠かったようでした。疲れも当然ありますが、それ以上に大きかったのが、リオとシンシナティ間のサーフェスやコンディションの違い。「遅い」と皆が声を揃えたリオ五輪に比べても、今年のシンシナティのハードコートは「遅くて跳ねるし、ボールも飛ぶ」と感じたそう。その変化に加え、前日の会場練習を雨のため1時間で切り上げざるを得なかった不運もあり、序盤は「バウンドもリターンも全く合わなかった」と言います。

それでも、第7ゲームをブレークした頃から徐々にタイミングをつかみ、ストローク戦にもリズムが生まれていきます。無理せずボールを前後左右に散らし、相手のミスを巧みに誘う老獪なテニスで、まずは第1セットを先取。第2セットでは第2ゲームで、守勢にまわるも左右に走ってボールを返しながら、最後は片手バックハンドを軽く合わせ、ダウンザラインに滑り込ませてウイナー! 本人も思わず笑みをこぼすこの会心の一打が呼び水となり、勝利へと加速します。勝利を決めたのは、鮮やかなバックのリターンエースでした。

種々の状況を考慮すれば、快勝といっても差し支えのない白星発進。しかし試合後の錦織の表情には、さして喜びや安堵の色もありません。そういえば五輪で銅メダルを取った時も、それほど喜びは見せなかった錦織。その訳は「やはり金が欲しかったので……」。今の彼は、世界の3番手4番手では純粋には喜べない精神構造になっているようです。

では、どこまで行ったら、彼は心から「嬉しい!」と思えるのだろうか……?

そんな問いをぶつけると、「うーん」と唸り、胸の内を探るように視線を落とし、しばらく口をつぐんだ後に、ポツリと言います。

「やっぱりマスターズ優勝かなぁ。

いや、優勝しても………グランドスラム優勝ですかね。はい。マスターズで優勝しても、そんなに壮大な喜びは……取ってみないと分からないですが」。

いいことだと思います――そうも彼は続けました。

当の本人がそこまで自分を押し上げているのだから、周囲が少しのことで一喜一憂するのはむしろ申し訳ないのかも……思わずそんな気がした、マスターズ3回戦進出。

もっとも錦織からは、「いや別に。おまかせします」との許可(?)を頂きはしました。

※テニス専門誌『Smash』のfacebookから転載。連日テニスの最新情報を発信しています

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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