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「あの優勝」が「この優勝」へ。松山英樹の勝利の連鎖

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 「もしも、あの日が無かったら、今日のこの日は無かったかもしれない」と思ったことは、きっと誰にもあるだろう。「あれが無かったら、これは無かった」と感じたことも、きっとあるのではないだろうか。

 2022年の米ツアー新年2戦目となったソニー・オープンで、松山英樹が見事に逆転勝利を成し遂げ、通算8勝目を挙げた雄姿を眺めながら、私は胸の中で「あの優勝が無かったら、この優勝は無かったかもしれない」と、一人ひっそり呟いた。

 首位を走っていた米国のラッセル・ヘンリーから2打差の2位で最終日を迎えた松山は、6番からの3連続バーディーと9番のイーグルでチャージをかけたヘンリーに5打も引き離されて後半を迎えた。

「ラッセルの前半の調子だと、絶対に無理だと思っていたけど、10番でバーディーを獲って、11番で2打縮まったので、まだまだチャンスはあると思った」

 最終日の優勝争いの真っ只中で追い抜かれても、まだまだ自身の勝利の可能性はあるのだと、この日の松山は信じることができた。だからこそ、15番でも18番でも見事なバーディーを奪い、サドンデス・プレーオフに持ち込むことができた。

 そうやって、ネバーギブアップの精神で踏みとどまり、盛り返し、追いつき、そしてプレーオフ1ホール目で会心のイーグルを奪って、ソニー・オープンを逆転で制覇することができた。

 絶体絶命と思うほどの窮地に置かれながらも、諦めず、勝利に向かって進んでいけたのは、応援してくれたギャラリーのおかげだと松山は感じていた。

「5打差ある中でも、その力をすごく感じたし、(応援が)良いプレーにつながるのだと、あらためて実感した」

 松山のそんな言葉を聞いたとき、「あの優勝」が「この優勝」につながったのだと確信できた。

【あの優勝?】

 「あの優勝」とは、昨秋に日本で開催された米ツアー大会、ZOZOチャンピオンシップを制した松山の米ツアー通算7勝目のことだ。

「ゴルフの調子は悪い状態。マスターズ優勝時が10だとしたら、今は1もない。安定しているとは到底、言い難い」

 ZOZOチャンピオンシップ開幕前、松山は険しい表情で、そう言っていた。しかし、蓋を開けてみれば、彼は初日から見事なゴルフを披露し、2位タイで好発進。2日目に単独首位へ浮上すると、3日目も首位の座を守った。

 そして最終日。松山はなかなかスコアを伸ばせず我慢のゴルフを続けていたが、6番のイーグルで2位との差を2打へ広げた。しかし、8番でボギーを喫すると、9番、10番で連続バーディーを奪ったキャメロン・トリンゲールに追い抜かれ、2位へ後退。

 それでも諦めず、11番、13番、15番のバーディーで首位を奪還すると、18番で松山はイーグル、トリンゲールはボギーを喫し、2人の差は一気に2打差から5打差へ。そうやって最後の最後に松山の圧巻の勝利が決まった。

 ゴルフの調子は万全どころか「悪い」状態。一時は首位の座を奪われながら、諦めることなく踏ん張り、盛り返し、勝利した松山は、こう語った。

「ゴルフの状態は今日も2か3だった。結果としては8ぐらいまで上がったけど、上がった要因は、応援してくれたたくさんの人々のおかげしかない、、、、、たくさんの人々の応援が力になり、スイングのことを気にせず、ただゴルフができた」

 人々の応援が力になり、その力を味方に付けて勝利したあの経験があったからこそ、このソニー・オープンでも人々の応援の力を再び感じ、その力を糧にして勝利することができたのだ。

 だから、「あの優勝」が無かったら「この優勝」は無かったのかもしれないと、そう思えてならない。

【どの優勝?】

 そうなると、あのZOZOチャンピオンシップで、たくさんの人々の応援を松山が素直に受け入れ、感謝し、活かし、「あの優勝」を得ることができたのは、それ以前に「どの優勝」があったからこそだったのか。

 そう考えると、それは昨年4月のマスターズ優勝があったからだと私は思う。

 幼いころからの夢だったマスターズ制覇を目指し、日々、必死に邁進していたころの松山は、いつも怒ってばかりいた。練習と鍛錬と努力と自分以外に頼れるものはないと言わんばかりに、彼はいつも、あえて孤軍奮闘している様子だった。

 余裕なんてものはまるでなく、心身ともに、いつもギリギリの精一杯であることが彼の表情からも言動からも伝わってきていた。

 しかし、あのマスターズのときの松山は、終始、穏やかな表情でプレーしており、「怒らない松山」に変わったことが、彼の視野や思考を広げ、そんな穏やかなメンタル面が彼にグリーンジャケットを羽織らせた。

「(これまでは)自分ひとりで、何がダメだとか、フィーリングだけでやっていた。自分が正しいと思いすぎていた。コーチを付けて、今は客観的な目をもってもらいながら、正しい方向に進んでいる」

 周囲に目を向け、耳を傾け、謙虚になり、自分以外からも、もらえる力があることを知ったからこそ、松山のマスターズ優勝は成し遂げられた。

 あの経験があったからこそ、彼はZOZOチャンピオンシップでも周囲に目や耳を向けることができ、人々の応援を力に変えて「1や2や3」レベルだった自身のゴルフを引き上げ、勝利することができた。

 そして、そんなZOZOチャンピオンシップでの勝ち方を経験していたからこそ、ソニー・オープンでも人々の応援を糧にして、諦めず戦い続け、勝利することができた。

 あの日が無かったら、その日は無く、そして今日のこの日も無かったのかもしれない。そう思えば思うほど、ゴルフと人生は似ていると頷かされる。松山の雄姿を眺めながら、私はそんなことを考えていた。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、長崎放送などでネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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