多惑星種族を目指すシナリオ『人類、宇宙に住む』
2019年5月3日、北海道大樹町でインターステラテクノロジズ株式会社(IST)の観測ロケット「宇宙品質にシフト MOMO3号機」が同社のロケットとして初めて高度113.4キロメートルの宇宙空間に到達した。2013年に設立されたISTはついに宇宙へのアクセスを成功させ、今後は人工衛星を軌道に投入できる、より大型のロケット「ZERO」打ち上げを目指す。
小型衛星打ち上げロケットを開発して、超小型衛星の打ち上げマーケットに参入する日本の宇宙ベンチャー……そのように紹介されることがあるISTだが、社名には彼らの遠大な目標が込められている。Interstellarは天文用語で「星間の」。星を渡る、恒星間航行航行の手段獲得を目指そうというのがISTの志だ。
ビジネスとして語られるロケット開発を恒星間航行につなげることができるのか。それは、国防目的のミサイル開発からスタートした組織、NASAのジェット推進研究所(JPL)が設立からおよそ40年で太陽系探査機「ボイジャー」1・2号を打ち上げたことから考えてみてもよいだろう。ボイジャー探査機は太陽系の果てともいえるヘリオポーズ領域に到達している。搭載された原子力電池が付きて地球からその姿を追えなくなったとしても飛び続け、いずれは太陽系外に出る可能性がある。
太陽系を横断し、その外に出ることが技術的にできるのだとしても、「なんのために?」という疑問がある。その問いに、明確に答えているのが理論物理学者ミチオ・カク博士の新著『人類、宇宙に住む 実現への3つのステップ』(ミチオ・カク著、斉藤隆央訳、NHK出版)だ。
カク博士の住むアメリカで、人類の宇宙進出を掲げてロケット開発に邁進する人物といえば、スペースX社のイーロン・マスクとブルー・オリジン社を設立したAmazon.comのジェフ・ベゾスだろう。2人とも、「人類が地球に住めなくなった場合」を想定して宇宙進出の手段を磨いている。イーロン・マスクは、火星移住のビジョンを打ち出しており、本人もいずれは火星へ赴く希望を明言していることが本書で紹介されている。小惑星衝突など何らかのの宇宙規模の災害により、「地球以外」を選択肢としなければ人類は生き延びられないということが「人類、宇宙に住む」前提なのだ。
本書は3つのパートで構成され、第I部「地球を離れる」は太陽系の他の惑星に移住せざるを得ない場合を想定して、現在ありうる技術と主要な惑星移住の技術要素を紹介している。とても網羅的で、隙がないところがカク博士らしさ。たとえば火星をテラフォーミングして大気を作り出す下りになると、火星探査ウォッチしている人ならば「火星は磁場を持たないので、太陽風がせっかく作った大気を剥ぎ取ってしまうのでは?」といった疑問を持つだろう。もちろん、その対策はちゃんと登場する。
第II部「星々への旅」、第III部「宇宙の生命」になると、惑星探査のみならずさまざまな科学の発展形によって人類がその姿を変え、太陽系を出て系外惑星など新たな住処を目指すシナリオが描かれる。目標ははるか遠く、本書で描かれたように実現するとも限らない。ただ、それは将来に星を渡る手段を手に入れたときに「インターステラテクノロジズ株式会社」という組織が変化せずそのままの姿であるか、という点と同じだろう。いつか宇宙に住みたい、と考えて手を動かし始めた人々が積み上げたものの上に、将来の宇宙進出がある。