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SLT佐藤竹善 今を生きる子供たちへ――大人は何を伝えるべきか、どう生きるべきかを問う新作を語る

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ユニバーサルミュージック

“今を生きる子供たち”に、私たち大人は何を伝えられるか

SING LIKE TALKING(以下SLT)の通算45枚目のニューシングル「Child In Time」が8月4日に発売された。文字通り“今を生きる子供たち”に、私たち大人は何を伝えられるのかをテーマに制作した、コロナ禍を生きる全ての子供達、そして大人達へのメッセージソングだ。荘厳なゴスぺルクワイアと佐藤竹善の繊細かつ“強い”ボーカルが相まって、感動的なグルーヴを作り上げている。この作品について佐藤にインタビューし、コロナに包まれてしまった2年間に何を思い、感じ、気づき、「Child In Time」という作品が生まれてきたのかを紐解く。

「この2年間、悪いこともたくさんあったけど、新しいフィールドに開放された感がある」

「もちろん悪いこともたくさんありました。でも歴史上では何百年も前から感染症のパンデミックが起こった後は、必ず新しい発見と発展があって、それを実感としてこれから感じられるかもしれないタイミングに生きているんだなと思います。ネガティヴな方向に、自分を追い込んでしまう感じにならなかったのはよかったと思います。色々考える時間も増えたし、生活サイクルも変わって、最初は戸惑いながらも少しずつ、隙間にある心地よさも発見できてきて。そうすると新しいサイクルの中での物事の見つめ方とか、例えば作品のリリースの仕方とか、コロナの有無に関わらずCDからサブスクへの変化が著しいですが、そういう状況も相まって、自分の中ではまた新しいフィールドに開放された感がありました。その新しいフィールドで伸び伸びとやるための準備は、心の中ではできた感じがしています。あとはコロナが明けるのを待つだけです」

オフコース「生まれ来る子供たちのために」と、ディープ・パープル「Child In Time」

「Child In Time」(8月4日発売)
「Child In Time」(8月4日発売)

「Child In Time」を聴いていると、佐藤が敬愛するオフコースの名曲「生まれ来る子供たちのために」(1978年)を思い出す。<生まれ来る子供たちのために何を語ろう>と子供にも大人にもメッセージする、今を憂いながらも前を向いて歩いて行こうとする全ての人を応援する希望に溢れる歌、というところも共通している。

「もちろんあの曲は高校時代から自分で歌って、デビューしてからもカバーしているので、影響されています。僕には子どもはいませんが、子どもたちに対する意識は、理由はわからないのですが、自分の中の本能として比重が髙いです。だから子供が虐待されたというニュースを耳にすると、本当に頭にくる。もう憎悪につながってしまうくらいに絶対許せないと思ってしまうところがあります。多分子供たちというのは無抵抗な存在だからなんですよね。『生まれくる子供たちのため』には、子供達のことを歌った曲の中では最高の曲だと思いますが、今回はディープ・パープルの『Child In Time』がヒントになっています。昔から世の中は、悲しいかなどうしても不公平な部分や歪みが生まれてきます。そこに巻き込まれた人たち全員を助けて歩くのは不可能としても、我々にできることは、音楽にして少しでも激励することで行動する人々のスタートのきっかけにまずはなれたなら。大人は不公平な事実に抗う行動、具体的な思考を持つことはできるけど、子供はできません。できない子供達に大人はああしなさい、こうしなさいとたくさん押し付けます。でも子供がスマホやテレビを見ると、そう言っている大人たちが、飲むなと言われているのに飲み歩いているニュースを目にする訳です。それに対して子供達は何も言えなくて、怒りすら覚える前に疑問と悲しみしか湧いてきません。おそらく、子供達に悪い影響を及ぼしているということに、気づいていない大人もたくさんいるでしょう。給食の時間は会話するなと学校では言われていて、それは守らないといけない。でも大人達は自分たちの判断でいいじゃん、俺たちはって思っている。その自分さえよければ感が、大人になればなるほど正当化されていく様を、子供は眺めていることしかできない悲しさがあります。でもそれを怒りとして歌にぶつけて表現することよりも、まずは大人の心根が優しさ、強さへ変化していくきっかけを産み出すには、なにを伝えるべきかを思いました。歌によって、音楽によって世界を変えることはできないかもしれないけど、変える人間を生み出してきたは事実なので」。

「メッセージが薄まらないように」――アコースティックバージョンへのこだわり

「Child In Time」は有坂美香、露崎春女が参加しているゴスペルクワイアをフィーチャーしたバージョンと、Très joyeux(金原千恵子+笠原あやの)の美しいストリングスが印象的な<アコースティックバージョン>が収録されている。全く肌触りが違う仕上がりになっているが、どちらも歌が太い光となってまっすぐこちらに向かってくる。

「最近シングルでは表題曲のリミックスを作るのが定番になっていますが、今回はこういう曲なので、サウンドのカッコよさに言葉が溶け込まず、メッセージ性が薄まらないようにしたかったんです。サウンドが変わるとメッセージも違う感じになって伝わる面白さは、今回は極力抑えたかったわけです。その上で、このメッセージ性がキープされつつ、あえてリミックス的な空気にするのはどうすればいいのか考え、アコースティックバージョンにしました。なので通常アコースティックバージョンというとゼロから録り直しますが、これは歌とピアノのトラックはそのまま使って、リミックス的な感覚で、その上に違う色を塗って欲しいとTrès joyeuxにリクエストしました。ただ、バイオリンとチェロのオーソドックスさに意外な楽器が欲しいと思い、オーボエを提案しました」。

そのメッセージをより多くの人にきちんと伝えたいという思いは、4日に公開されたリリックビデオにも表れている。日本語と英語で構成された歌詞を、便箋に手紙を書く手元のアップシーンのみで構成され、それぞれの翻訳も掲載している。凛とした書体の美しい文字からも、歌詞に込めた真摯な思いが伝わってくるようだ。

初回限定盤には2020年に配信のみの無観客公演として実施された「SING LIKE TALKING AP2020 Deliver You」<Day 1(会場:中野サンプラザ)、Day 2(会場:羽田スタジオ)>からライヴ音源9曲が収録されているが、SLTと素晴らしいミュージシャンが奏でる音、パフォーマンスを、ホールとスタジオとで違う音質で楽しむことができる。全員がとことん演奏を、音楽を楽しんでいる様子が伝わってきて、ワクワクしてくる。

「通常のライヴとは肌感覚も音も、響きも違っていて、基本的には全員で向かい合って演奏しているので、お客さんのために歌っているという感覚はあまりなかったです。それが狙いでした。お客さんがいないのにバーチャルなイメージで客席を向いてやるのはテレビにお任せして、せっかく配信でやるならなんか工夫が欲しいなと。ヒントになっているのはアメリカにスナーキー・パピーというバンドがいて、彼らが『ファミリー・ディナー』という番組でシアターのステージ上にバンドの他にお客さんを20人くらい入れて、みんなの顔を見ながらセッションを楽しむという番組で、それがすごくよくて、やってみようと思いました。ミュージシャンが駆け引きを楽しむジャズ的なアプローチのセッションで、それを僕らのポップスでも楽しんでみようと。色々な角度から撮れるし、臨場感を出すために、誰かを撮る時にはあえて誰かが必ず見切れる撮り方をして欲しいと、スタッフにお願いしました。今までリリースしてきたライヴDVDとかとは明らかに違う映像なので、面白いものとして別作品にもなると思いました。僕達はリリースする時には、それがちゃんと“独自の作品”になっているかどうかを大切にしたいといつも思っています」。

2023年デビュー35周年。「元気な先輩を目標に、やりたいことがまだたくさんある」

SLTは2023年にデビュー35周年を迎える。

藤田千章((Key&Syn)、佐藤竹善(Vo/G/Key)、西村智彦(G)
藤田千章((Key&Syn)、佐藤竹善(Vo/G/Key)、西村智彦(G)

「25周年も30周年の時も特に実感がなかったんですが、みんな元気に過ごせている事がまずは一番だと思います。やりたいことがまだたくさんあるし、そんな実感をまだまだ持てているのは嬉しいことです。周りの先輩たちもみなさんお元気なので、小田(和正)さんの歳まであと16年か、16年あったら何ができるかなとか、そういう逆算ができるのが幸せです」。

なお、9/4,5 に開催予定だった『Sing Like Talking presents Picnic Music ’21 @秩父ミューズパーク』は、メンバーの西村智彦が病気療養のために中止になったことが発表された。

SING LIKE TALKING オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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