【高畑事件】示談成立後に出された弁護人のコメントについて
■はじめに
高畑裕太氏が強姦致傷の容疑で逮捕され、先日、不起訴処分となり釈放されました。その背景には、被害者との示談(和解)が成立したという事情が大きいと思われますが、その後、彼の弁護人から事件についてのコメントが発表されました。
コメントの主な内容は次の3点かと思われます。
- 強姦致傷は悪質な犯罪であり、お金で解決できるようなものではない。
- 本件では、高畑氏が「合意」があるものと誤解していた可能性が高く、部屋に呼びつけていきなり引きずり込んだといった事実はなく、違法性の顕著な悪質性はなかった。
- かりに起訴されていたならば、無罪を争ったと思われる事件である。
問題の性質上、コメントはストレートな表現になっておらず、分かりにくい点もあります。以下、その点について考えてみたいと思います。
■分かりにくい点(その1)―被害者はコメントの内容を承知しているのか?
コメントによれば、不起訴の背景には、被害者との示談(和解)の成立があり、これが考慮されたとのことです。
示談とは事実を否定することではありませんので、このようなコメントを発表することじたいが被害者に対して多大の苦痛を与え、いわゆるセカンドレイプではないのかという意見があります。
確かに、今回のように弁護人が示談成立後にこのようなコメントを公表することはかなり異例なことと思われます。しかし、通常この種の示談書には、被害者のプライバシーを考慮して、〈今後、事件や示談の内容については第三者に口外しない〉といった趣旨の条項が挿入されることが多いので、もしも示談書にそのような禁止項目があるにもかかわらず、弁護士がこのようなコメントを出したとすれば、重大な違反行為となります。示談そのものが取り消される可能性もあります。本件の弁護士がそのようなことをあえて行ったとすることは考えにくいことですので、私は、このようなコメントを公表することについても、おそらく示談の内容となっていたのではなかったのかと思います。つまり、このようなコメントが出されることについては、被害者の側でも承知されていたのではないでしょうか。
■分かりにくい点(その2)―〈同意〉があったと思っていれば許されるのか?
強姦罪はもちろん故意犯です。故意がなければ、犯罪は成立しません。故意というのは、自分の行為が犯罪であると認識することです。強姦罪の場合は、暴行や脅迫によって相手の抵抗を著しく困難にし、その状態で性交を強要することが犯罪の内容ですので、犯人が自分の行為がそのような内容のものであるということを認識することが強姦の故意だということになります。
したがって、被害者が自由な意思決定によって、性交渉について同意していると誤信し、その誤信に客観的に根拠がある場合には、性交を強要するという認識がないため、強姦の故意があったと言えないことになります。これはあくまでも誤信したことについて客観的に根拠があったのかどうかという問題ですので、被害者が同意していると犯人が根拠もなく勝手に思い込んでいる場合に、単純に故意がなかったとされるかと言えば、決してそうではありません。
たとえば、殺人でいえば、被害者の胸に短刀を突き立てておいて、自分は殺すつもりがなかったと言い訳しても、客観的には人を殺すだけの危険な行為を行っているという認識がある以上、殺人罪の故意がなかったということにはなりません。これと同じように、殴ったり、蹴ったりという暴行や、殺すぞといった脅迫行為を行って性行為を強要した以上、相手が抵抗しなかったので被害者が同意していると思ったとしても、それは勝手な思い込みであって、強姦の故意がなかったということにはならないのは当然のことです。
ただ、ケースによっては、行為者が〈同意〉があったと誤信したことについて、微妙な場合もあると思われます。その一つの例は、反抗を著しく抑圧するような暴行や脅迫そのものがなされていなかった場合ではないかと思います。
暴行とは、殴る蹴るといった物理的な力を加えることですし、脅迫とは加害することを告げることです。どちらも程度概念であって、状況によっては軽いものでも強姦罪で問題になる暴行・脅迫だと評価される場合もありますが、状況によっては同じ行為であっても、暴行や脅迫と認定されない場合もあります。そして、本件ではこの点がまさに問題になっていたのだろうと思います。
コメントの中に書かれている、〈逮捕時報道にあるような、電話で「部屋に歯ブラシを持ってきて」と呼びつけていきなり引きずり込んだ、などという事実はなかったと考えております。つまり、・・・違法性の顕著な悪質な事件ではなかったし、仮に、起訴されて裁判になっていれば、無罪主張をしたと思われた事件であります。〉という文章は、強姦罪における暴行・脅迫行為があったのかという点を争っているものだと思います。
つまり、コメントは、要するに高畑裕太氏は、〈できる〉と誤信して単に〈迫った〉のではなかったか、と主張しているものだと思われるのです。
もちろん、このような行為は許されるものではありません。拒否の意思に気づかず、相手を無視して〈迫る〉ことじたいが、相手に対して恐怖や不安などを与え、侮辱し、性的尊厳を傷つける行為であることは間違いありません。推測ですが、高畑氏と弁護人はこの点において被害者に謝罪し、被害者から示談に応じてもらったのではないかと思うのです。
私は、どうもこの点で今回は〈強姦致傷〉という罪名がかなり一人歩きしていたように思います。
■強姦罪における暴行・脅迫要件の緩和・撤廃について
上記のように、強姦罪における暴行・脅迫の程度は、被害者の反抗を著しく困難にする程度のものであることが必要であるとされてきました。これは程度問題ですが、その認定は実際には難しく、被害者が暴行や脅迫によって萎縮し、恐怖で「固まってしまう」場合があるにもかかわらず、それを(消極的な)「同意」があったと認定され、処罰されるべき事例が無罪とされてきたこともあるとして、この要件の撤廃を訴える見解もあります。
確かに、暴行・脅迫の程度を判断するのは、犯罪に遭遇したことのない裁判官であって、実際の被害者が感じる恐怖との間に落差があることは事実であるかもしれません。しかし、かりに暴行・脅迫の程度について被害実態とかけ離れた認定が行われるとすれば、それは事実認定の在り方についての問題ではないかと思います。
犯罪の存在を証明するのは、いうまでもなく検察官です。検察官が〈合理的な疑いを超える程度に〉犯罪を証明してはじめて、つまり、被告人が犯罪を犯したのだという確信を得た場合にはじめて、有罪とすることが許されます。強姦罪において暴行・脅迫という客観的な手がかりをなくしてしまうと、かえって検察官の証明が主観的なものに流れてしまい、むしろ有罪とすることが難しくなる場合もあるのではないかと思われます。(了)
【参考】