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NASAの国際宇宙ステーション引退計画。キーワードは「ロシア」「宇宙実証」「民間宇宙ステーション」

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
Credits: Boeing

2022年2月1日、NASAは最新の「国際宇宙ステーション移行計画」を発表した。2030年まで国際宇宙ステーション(ISS)の運用を継続し、月や火星の探査計画に向けた各種の宇宙実験を行いつつ民間宇宙ステーションへの移行を図るという計画だ。ISSは2028年ごろから徐々に運用高度が下がり、2031年1月に大気圏に再突入してニュージーランド東側の南太平洋無人地域に落下する計画となる。

NASA International Space Station Transition Report

米国、日本、欧州、ロシア、カナダの5カ国で運用されてきたISSは、2015年に当初の2021年までの運用を2024年まで延長することが決定し、宇宙飛行士による約6ヶ月間の長期滞在、宇宙実験が続けられてきた。2019年以降には米国議会で2028~2030年までの運用延長が提案され、欧州宇宙機関からも「2030年までの取組みを続ける」と発表されていた。

システム更新と保守に年間11億ドル(約1260億円)のコストを必要とするISSの運用を延長する決定がたびたび提案されてきた背景には、将来の月・火星有人探査に向けてISSの存在が欠かせないこと、地球低軌道(LEO)での民間宇宙ステーション(CLD)の確立に時間が必要という事情がある。言い換えれば、人が月や火星に行くための各種の技術開発がまだ終わっておらず、民間宇宙ステーションへの移行が遅れているためだ。

2021年11月、NASA監察総監室(NASA OIG)は、ISSの2030年までの運用延長にあたって課題を整理した報告書を発表した。報告書では主に4つの課題が指摘されている。

  • ISS最古のモジュール、ロシアのサービスモジュール部分で見つかったリーク(空気漏れ)など、ISSの損傷と寿命に関する詳細な分析
  • ISSの退役、または緊急事態に伴う軌道離脱と大気圏再突入計画
  • 月・火星有人探査に向けた微小重力環境での技術実施スケジュール
  • 民間によるLEO宇宙ステーションへの移行計画

この4つを、予算措置も含めて明確化することが求められた。2021年12月31日、NASAはビル・ネルソン長官からISSの2030年までの運用延長を発表した。しかし決定はブログ発表で詳細を伴っていなかったことから、あらためて「国際宇宙ステーション移行計画」として発表されたものだ。

「ロシア次第」で未確定要素も

ISS移行計画は先にOIGの報告書という論点整理がなされてからの発表となっているため、ISSが抱える運用延長の課題には一定の回答が示されている。ただし、いくつかはまだ疑問点が残っており、完全には解消されていない。特に、米国と並ぶISSの担い手であるロシアが関係する部分ではすぐに答が得られないところがある。

出典:NASA’S MANAGEMENT OF THE INTERNATIONAL SPACE STATION AND EFFORTS TO COMMERCIALIZE LOW EARTH ORBIT
出典:NASA’S MANAGEMENT OF THE INTERNATIONAL SPACE STATION AND EFFORTS TO COMMERCIALIZE LOW EARTH ORBIT

まず、「リーク問題」とはどのようなものか。ISSでのリーク許容量は1日あたりおよそ270グラムまでだ。しかし2019年9月、540グラム/日という許容量の2倍のリークが発見された。2020年には1350グラム/日とリーク量が跳ね上がり、ロシアのサービスモジュールとエアロックをつなぐ通路部分に亀裂があることがわかった。NASAとロシアのROSCOSMOSは共同で補修を行い、リークは765グラム/日に減少したもののの、本来の許容量を超えた状態が続いているという。このことはISSに予想外の機体の損傷が発生する可能性にも繋がり、運用寿命の試算を慎重に行うとともに、緊急時のISS廃棄も考慮する必要性を示した。

移行計画によれば、米国は自身が管理するISSのモジュールについて運用延長に関する解析を行い、「2030年までの運用延長を妨げる問題は発見されなかった」とした。しかし、ロシア側は2024年までの運用については解析を終了したものの、2030年までの運用については現在解析中で、不確実な部分が残っている。

出典:『International Space Station Transition Report』より
出典:『International Space Station Transition Report』より

ISSを利用した有人宇宙探査向けの技術実証スケジュールについては、2030年までの運用延長を織り込んだ項目ごとの計画が発表された。月面探査に必須の新たな船外活動服(EVA宇宙服)の開発や、放射線対策、水処理と生命維持装置、食糧生産など人が宇宙で長期にわたって生きていくための項目が並ぶ。EVA宇宙服の開発は、2024年までの運用の場合はISSでの実証が間に合わないが、運用延長後は2026年で実証を完了できるなど、目白押しの予定が消化できる見込みがたってきている。2028年以降には民間宇宙ステーションへ実証を引き継げる項目もあり、およそ80パーセントの実証環境不足が解消されるという。

ISSの役割を引き継ぐ民間宇宙ステーションは、現在は米アクシオム、ブルー・オリジン、ナノラックス、ノースロップ・グラマンの4社が参入して開発計画を進めている。先行するアクシオムは2月3日に初の民間宇宙飛行士ミッションの詳細を発表した。「Ax-1」飛行計画では、元NASA宇宙飛行士を含む4名が3月30日から10日間アクシオムのモジュールに滞在する。将来はアクシオムモジュールをISSから切り離して民間宇宙ステーションを構築する計画だ。NASAは、今後3~4年かけて他の3社も含めてCLDの設計やビジネスモデルを審査する。2028年以降は「宇宙ステーションの利用を民間から調達」する形でISSの役割をCLDに引き継いでいく目標だ。

ISSの高度低下から大気圏再突入まで

課題を乗り越えてISSが2030年まで運用された場合、軌道上の国際協調の象徴となった宇宙ステーションはどのように終わりを迎えるのだろうか。移行計画によれば、ISSの主要構造部分の寿命は宇宙船のドッキングと離脱による衝撃の繰り返し、また温度サイクルの負担で決まっていく。また、太陽活動の活発度によってISSの高度低下が始まる時期が異なる。太陽活動が活発になると、大気の膨張によってISSが受ける大気抵抗が増加し、速度低下が進むためだ。早ければ2027年始めごろ、太陽活動が静穏な場合の予想でも2028年の春ごろから高度低下が始まり、軌道維持が困難になっていく。

出典:『International Space Station Transition Report』より
出典:『International Space Station Transition Report』より

2030年始めには、最後の補給船とクルー滞在に向けた準備が始まる。2030年6月から11月にかけて、ロシアの補給船プログレスが3機、ISSに到着する。これはプログレスの持つエンジンを利用してISSに「ブレーキ」をかけ、速度を低下させるためだ。同様の機能はノースロップ・グラマンの補給船シグナスも持っており、NASAはシグナスを利用したISSの速度低下の可能性についても検討中だという。シグナスには日本の三菱電機が通信装置を提供しており、シグナスがISSの軌道離脱を担った場合には同機を通じて日本もISSに別れを告げる「ひと押し」に参加することになる。

ISSの高度が280キロメートル以下になると宇宙に戻ることはできなくなる。2030年末ごろにその状態に達するとみられ、2031年1月にISSは落下地点の調整のためのエンジン噴射を行い、ニュージーランド東側の海域で、「ポイント・ネモ」と呼ばれる各国の海岸線からもっとも遠い領域の近く、南太平洋無人地域(SPOUA)内に落下する予定だ。これまで、宇宙ステーション「ミール」や「サリュート」、日本の「HTV(こうのとり)」などもこの領域に落下している。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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