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盗んだ女性の化粧品に「体液」付けて戻し、そのまま女性に使わせた男 何罪か?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 南海放送の報道部でマネージャーを務めていた53歳の男が愛媛県警に逮捕された。勤務時間外の夜半から未明に社屋に忍び込み、女性社員の化粧品を盗んだ上、自らの体液を付けて元の場所に戻し、事情を知らない女性にそのまま使わせたとされる容疑だ。法的な観点から興味深いのは、建造物侵入罪や窃盗罪だけでなく、不同意わいせつ罪が適用されている点である。

「はちみつ体液混入事件」でも問題に

 すなわち、こうした「物」に対する体液事件の場合、たとえわいせつ目的であっても、もっぱら器物損壊罪で立件されるのが通例だ。器物損壊罪の「損壊」とは、その物の効用を害する一切の行為を意味し、心理的に使用できなくさせる場合も含まれる。

 逮捕に至ったケースをみると、電車や駅などで女性の衣服やカバンに体液をかけて汚すといった事件がその典型だが、自転車のサドルやハンドルグリップ、アパートのベランダに干されていた下着、高校の靴箱に収納されていた女生徒の靴など、かける対象はバラエティに富んでいる。

 「体液」といっても、唾液や血液などではなく精液だ。動機は性欲をみたすためだとか、嫌がらせのためなどさまざまである。あらかじめ容器に入れておいたものをかけるといった事件も散見される。

 今回の事件の場合、男は化粧品をいったん持ち出しており、その時点でより罪が重い窃盗罪が適用される。盗んだ物を壊したり売ったりしても、器物損壊罪など別の犯罪には問われない。もし男が化粧品を持ち出さず、その場で体液を付けていたのであれば、窃盗罪ではなく器物損壊罪に問われていた。

 ここで思い起こされるのが、ことし話題となった「はちみつ体液混入事件」だ。派遣社員だった25歳の男は、派遣先の会社で密かに同僚女性のマグカップに射精したり、別の同僚女性のはちみつ容器に射精したりし、事情を知らない女性らにそのまま使わせた上、犯行動画をSNSに投稿していた。

 しかし、この事件で適用された罪名は、男が何度も女子トイレに忍び込んだ建造物侵入罪のほか、マグカップやはちみつ容器に対する器物損壊罪だけであり、なぜ性犯罪に当たらないのか、ネット上などで問題視された。これだけ悪質な事件であるにもかかわらず、ことし7月の判決が懲役1年6カ月、執行猶予3年にとどまったことに対しても「甘すぎる」などと批判の声が上がった。

なぜ不同意わいせつ罪か?

 ただ、今回の事件も、はちみつ体液事件と大きく変わるところはない。そこで、警察や逮捕状を発付した裁判官がどのような理屈から不同意わいせつ罪に当たると判断したのかが問題となる。刑法の条文では行為がわいせつなものではないと誤信させたり、相手が誤信していることに乗じてわいせつな行為をした場合もこの罪に問われることになっていることから、これを適用したのではないか。

 しかも、刑法には他人の行為を利用して自らの犯罪を実現する「間接正犯」と呼ばれる理論があるので、こうした考え方も使われたものと思われる。犯人が自らその体液を直接被害者の女性に付けた場合と同じく、事情を知らない女性の手を介して女性に付けさせた場合でも不同意わいせつ罪に当たるという理屈である。

 とはいえ、今回のような「物」を介在した体液事件に不同意わいせつ罪が適用できるのか、法律家の間でも意見が分かれるところであり、検察が男を不同意わいせつ罪で起訴するとは限らない。男は容疑を認めており、警察が動機や余罪の有無などを調べているという。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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