Yahoo!ニュース

東宝シンデレラから80年代風の歌謡ポップスで歌手デビュー。「自分が恋しているように歌えました」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
歌手デビューする井上音生(徳間ジャパンコミュニケーションズ提供)

2016年の「東宝シンデレラ」オーディションで審査員特別賞とりぼん賞をW受賞した井上音生。ミュージカル『魔女の宅急便』に主演など女優として活動してきたが、20歳を迎えて歌手デビューする。ラジオで話す透明感ある声からレコード会社に見出され、デビュー曲『あなたに恋をしている』は80年代の歌謡曲を思わすピュアなラブソング。Z世代としては「新鮮だった」というこの曲から、令和にどんな歌手像を築いていくのか。

父が音楽の教授でアニソンを聴いて育って

――音生(ねお)さんというお名前から察せるように、小さい頃から音楽が身近な家庭環境だったんですよね。

井上 父が大学で音楽を教えていて、家にはピアノがありました。劇団四季のミュージカルに連れていってもらったり、芸能界に入る前から音楽にはよく触れていました。

――どんな音楽を聴いて育ったんですか?

井上 アニメが大好きだったので、アニソンはすごく聴いていました。子どもの頃から、ずっとオハコなのが『残酷な天使のテーゼ』。『エヴァ(新世紀エヴァンゲリオン)』を観る前から歌っていました(笑)。

――その後の好きになった音楽の変遷というと?

井上 幅広く聴いていて、一番好きなのは椎名林檎さんです。AKB48さんに憧れたこともありましたし、中学生の頃はK-POPが流行っていて、TWICEさんやBTSさんのCDを買ったり、グッズを集めたりもしていました。

東宝芸能提供
東宝芸能提供

レッスンで南野陽子さんが課題曲に

――最近ハマっているアーティストもいますか?

井上 ジャンル問わず、いろいろなアーティストさんを聴いています。難しい曲も多いので、カラオケでランキングに入っている曲を歌えるようになりたいですね。

――デビュー曲『あなたに恋をしている』のモチーフの80年代の歌謡曲には、触れてなかったですよね?

井上 レッスンで南野陽子さんの『はいからさんが通る』が課題曲になっていました。それもあって、デビュー曲には歌いやすい雰囲気を感じました。

――しばらく前のインスタで、レコードカフェで松田聖子さんの『青い珊瑚礁』をかけたという投稿がありました。

井上 YouTubeやTikTokで、80年代の歌手の方の映像もよく観ています。中森明菜さんが本当におきれいで、声もすごく魅力的で大好きになりました。あのレコードカフェはプライベートで友人と見つけて、雰囲気を楽しみました。

上白石萌音さんが指標になりました

――歌うことも小さい頃から好きだったんですか?

井上 両親の前では、歌ったり踊ったりすることは大好きでした。キティちゃんのスタンドマイクのおもちゃがあって、『プリキュア』の曲を歌ったり、アイドルごっこをしたり。でも、学校では目立ちたがりを隠していました。

――小学校ではコーラス部に入っていたんですよね。

井上 4年生から6年生までやっていました。4年生のときには全国大会に出て、1曲メンバーに入れてもらえて。人数が30人くらいと決められていた中で、4年生の枠が少しあったんです。愛媛からみんなで上京して、広いホールでたくさんのお客さんの前で歌ったのは、大きな経験になりました。

――「東宝シンデレラ」オーディションを受けたときは女優が夢だったそうですが、歌手になりたい気持ちもあったんですか?

井上 事務所の先輩で、俳優活動とアーティスト活動を両立されている方がたくさんいらっしゃるので。上白石萌音さんのライブでは、歌でもMCでも世代を問わずたくさんの方を虜にされていました。自分がデビューのお話をいただく前から、こんな素敵な歌手になれたらと憧れでしたし、指標みたいになっています。

ボイストレーニングを1年半受けて

――カラオケにもよく行っていたんですか?

井上 上京して高校生になってからは、放課後に友だちとよく行きました。みんなアニメが大好きな子たちで、アニソンやゲームの『あんさんぶるスターズ!』の曲を歌っていました。

――3年前にミュージカル『魔女の宅急便』に主演したとき、本格的なボイストレーニングを受けたり?

井上 そうですね。1ヶ月の稽古で、ずっと歌い続けていました。ノドのメンテナンスの大事さに気づいたり、本番になると緊張で練習のときより声が出なかったりもして。歌声を維持しているミュージカル俳優の方は、すごいなと思いました。歌手デビューの話が決まってからは、ボイストレーニングの期間が1年半ありました。

――そんなに準備期間があったんですか。

井上 デビュー曲が出来上がる前に始めていたんです。久しぶりで最初は全然声が出なくて、ひたすら発声練習をしていました。まず太い幹を作って、楽曲ができたら表現で1本の木にしていくと先生がおっしゃっていて。その発声練習が土台になったと思います。

――うまくなっている感覚もありました?

井上 実感が結構ありました。音域が広がって低い声が出るようになって、毎週ラジオをやっていると、普段の話し声もちょっと低くなっているのがわかったんです。ノドの使い方が変わったかもしれません。

メロディも歌詞もシンプルで新鮮でした

――自分のデビュー曲はこんな感じ……というイメージや希望はありました?

井上 私が音楽に携われるならアニソン系と、ずっと思っていました。上白石萌音さんはご自分のやりたい音楽をやられているイメージがありますけど、私はまだ模索している最中で、どうなるかはわからなかったです。

――『あなたに恋をしている』が来たときは、腑に落ちる感じはしました?

井上 歌いやすくてハマるというか、ストレートな歌詞で気持ちも乗せやすかったです。歌謡ポップスは自分にとって初めてのジャンルでしたけど、両親が聴いていた世代で、幅広い年齢層の方に楽しんでいただけると思いました。

――最近の流行りの曲とは違う感じも?

井上 メロディも歌詞もすごくシンプルなのが新鮮でした。そのシンプルな曲に、歌い手として色を付けていくのが面白かったです。楽曲が完成してからは、ボイストレーニングでも発声練習は最初の5分だけで、あとは歌い方や表現方法に集中していました。

――レコーディング本番もスムーズに行きました?

井上 ボイストレーニングを重ねてきましたし、作詞の渡辺なつみ先生から、歌の主人公の女の子が暮らしている鎌倉の風景の写真を見せていただきました。大学の同級生の幼なじみの4人グループの中に、相手の男の子がいるとか、設定も詳しく教えてくださって。それはボーナストラックのショートストーリーに入っているんですけど、恋をしている情景が想像しやすかったです。たぶん私自身が主人公の年齢と近くて、自分が恋をしているようにドキドキしながら歌えました。

自分の声を武器にできるんだなと

――技術的に難しいディレクションはありませんでした?

井上 気分を乗せやすいように、褒めていただくばかりでした。声がいい、とか。あと、ボイストレーニングの先生に教わったことを、2週間ごとのレッスンで積み重ねていけていると言われて、嬉しかったです。

――声に関しては「エバーグリーンボイス」と謳われていますね。

井上 中学生の頃、大人になっても少し高くて幼い声のままだったら、演技の幅が広がらないかなと、少し心配していたんです。でも、ラジオで話している声を気に入ってもらえて、歌手デビューのお話をいただきました。エバーグリーンボイスという言葉も作ってくださって、私の武器にできるんだなと思いました。

――周りから「いい声」と言われてはいたんですか?

井上 「かわいい声だね」とは言われていました。でも、私の憧れは中森明菜さんのような声だったんです。普段しゃべる声も低くて落ち着いていて上品で、唯一無二だと思います。私の声も、これからたくさん歌っていく中で成長していくと思うので、今はこの歌声を楽しんでいただきたいです。

徳間ジャパンコミュニケーションズ提供
徳間ジャパンコミュニケーションズ提供

ストレートに告白するイメージで

――曲中の「ダイスキだよ」の台詞はどんなふうに録ったんですか?

井上 特にディレクションはなくて、自分の想像で好きな人にストレートに告白するイメージでした。ボイストレーニングでは叫んでいましたけど、レコーディングでは語り掛けるようにしました。

――相手の姿も想像して?

井上 それも設定があったんです。バイク乗りの少年で2人乗りをしていて。その情景を思い浮かべて、「こういう子が好きなんだ」と楽しみながらやっていました。

――友だちから恋に……という状況での心情はわかりました?

井上 わかりますし、歌詞でストレートに伝えているからこそ、恋をしている方はもちろん、皆さんが共感しやすいと思います。ポジティブなことをたくさん歌っているので、この曲を聴いて幸せな気持ちになってくれたら嬉しいです。

人にやさしいところを見ると構われたいなと

――音生さんはどんな人にときめきますか?

井上 自分以外の人にやさしくしているところを見ると、私もやさしくしてもらいたい、構ってもらいたい気持ちになります(笑)。「ありがとう」とか自然に言えて、素直な気持ちを伝えられる人、他人の良いところを褒められる人は素敵だなと思います。

――『銀魂』のキャラクターで、そういう意味で好きなのは?

井上 ずっと好きだったのは沖田総悟くんです。素直なキャラでなくて、ひねくれていますけど(笑)。最近になって、銀さん(坂田銀時)の言葉がいちいちカッコいいなと思っています。普段はだらしないけど、やるときはやる。私自身がちょっと大人になって、1周回って、主人公の銀さん推しになったかもしれません。

――銀時のどんな言葉がカッコいいと?

井上 パッと名言は浮かびませんけど、戦っているときにナチュラルに言うんですよね。子どものときには「カッコつけてるな」と思いましたけど、今読んだら、すごくまともなことを言っていて。侍の心を一番持っているのが銀さん。普段はその姿が垣間見えないところも、逆にカッコいいなと思います。

麦わら帽子でマンガの1シーンみたいに

――MVは歌の設定通り、鎌倉の材木座海岸で撮ったんですよね。

井上 この女の子がバイトしているカフェも実際にあって、エプロン姿で働く場面も撮影させていただきました。鎌倉の穏やかな雰囲気で、きれいな空や海を見ていたら、こんな素敵な環境で恋もできるなんて少女マンガみたいだなと。心が弾んでいました。

――麦わら帽子は普段かぶることはありますか?

井上 ないですね。キャップは結構かぶりますけど、麦わら帽子に白いワンピースは経験なくて。友だちには「マンガのヒロインの1シーンみたいだね」と言われました。この曲の主人公に本当にマッチしていると思います。

――その主人公はお嬢様なんですかね?

井上 私は明るくハツラツとした鎌倉の女の子のイメージがありました。でも、恋をしていると恥じらっちゃうから、お嬢様に見えるかもしれません。たぶん普段は男の子の前でも元気なんだと思います。

さわやかですけど裸足で砂浜が熱くて

――砂浜で両手で赤い布を広げるシーンは、すんなり撮れたんですか?

井上 風がいい具合に吹いていて、本当にきれいに映っていました。あそこは裸足で、砂浜がめちゃめちゃ熱くて。さわやかに映っていますけど、心の中では「熱っ! 熱っ!」となっていました(笑)。

――そんなことはまったく感じさせない仕上がりになっています。

井上 1日じゅう撮影していて、夕方の鎌倉の空もとてもきれいでした。海辺では女子高生が遊んでいて「これが本物の鎌倉のJKか」と思ったり、犬の散歩をしている方がたくさんいて会合みたいになっていたり。本当に素敵な場所で、プライベートでまた訪れたいと思いました。

私のサンタはラジオのリスナーさんでした

――カップリングの『ラジオパーソナリティー』は、最初に出た『残酷な天使のテーゼ』を歌う高橋洋子さんの弟さんのたかはしごうさんの作・編曲。

井上 ビックリしました。ディレクションもしていただきましたし、私のラジオへの想いも汲んで一緒に作ってくださった楽曲です。たかはし先生にも、レコーディングではたくさん褒めていただきました(笑)。「自由に歌っていいよ」ということで、毎回「素晴らしい」と。士気が高まりました。

――地元の愛媛で『井上音生のNEOラジ』のパーソナリティを14歳からやっているんですよね。

井上 始めた頃はいっぱいいっぱいだったと思います。たぶん「運動会がありました」とか身の周りのことを普通にしゃべっていただけ。それで6年も続いたのは、(メインパーソナリティの)杉作J太郎さんとスタッフさんのおかげです。

――ラジオの面白みややり甲斐はどんなところに感じますか?

井上 上京して(電話出演での)生放送になってから、より自由に話せるようになったと思います。私はおたよりに質問があったら答えたいし、ツッコめるところは全部ツッコみたくて(笑)、10分を超えてしまうんです。それで毎回、自分で原稿を作って「今日はこういうふうに話そう」と考えながら、リスナーの皆さんとの関わりを大切にしています。

――リスナーさんとの感動的なエピソードもありますか?

井上 クリスマスに『銀魂』全巻をプレゼントしていただきました。ラジオでもずっと『銀魂』が好きだと言ってましたけど、私はアニメで観ていて原作は読んでなかったんです。当時で70何巻か出ていて、1巻ずつ揃えていくとハードルが高いと思っていたのが、夢が一気に叶いました。私のサンタさんはリスナーさん。すごく感動して宝物になっています。

話すと子どもっぽいと言われないように

――8月で20歳になって、変わったことはありますか?

井上 自分で何でもできる開放感もあり、責任が増える怖さもありますけど、ひとつ殻が破れた気持ちになりました。誕生日の前日が土曜日で、ラジオを特番で1時間やらせていただいたんですね。リスナーの皆さんがお祝いと共に、「大人になったらこれをやるべき」というアドバイスもくださって。その中で、シャンディガフというお酒がおいしいと聞いて、父が「今度作る」と言ってくれました。ビールとジンジャーエールのカクテルで、まだ家族とお酒を飲んだことがないので、帰省したときに初めての1杯にしたいです。

――先ほど声がかわいいとの話がありましたが、見た目は逆に20歳より上にも見られるのでは?

井上 そうですね。10代の頃から「高校生です」と言うと驚かれたり、今も「23歳くらいかと思った」と言われることがあります。これから実際に大人になっていくので、しゃべったら子どもっぽいと言われないように、気をつけたいと思います。

悪役をやってギャップで驚かせられたら

――どんな大人になりたい、とかはありますか?

井上 いろいろな面を見せたいです。『あなたに恋をしている』はピュアな乙女の心で歌いましたけど、俳優としては悪役や怖い役もやってみたくて。逆に、そんな役で井上音生が気になった方が歌を聴いたら、ギャップで驚かれるようにもなりたいです。

――悪役にもいろいろありますが。

井上 私がやりたいのは味方か敵かわからない謎のキャラで、結局ちゃんと敵だったというような悪役です。振り切って、ヤバいこともやっちゃうサイコパスとか。本当に演じるとなったら、自分はどこまでできるのか。ワクワク感も怖さもありますけど、大人になったからこそできる役なので、挑戦できたらいいなと。

――歌も続けていくんですか?

井上 やっていきたいです。30歳までの10年で自分のやりたい音楽を確立させて、どんどん表現していきたいと思います。

Profile

井上音生(いのうえ・ねお)

2004年8月18日生まれ、愛媛県出身。2016年に第8回「東宝シンデレラ」オーディションで審査員特別賞と集英社賞(りぼん賞)をW受賞。2018年に映画『嘘を愛する女』でデビュー。主な出演作は舞台『魍魎の匣』、『ミュージカル 魔女の宅急便』、『ナビレラ』、ドラマ『みなと商事コインランドリー』、『VRおじさんの初恋』、映画『夏、ふたり』、『チェンジ』など。ラジオ『井上音生のNEOラジ』(南海放送)でパーソナリティ。10月9日発売のシングル『あなたに恋をしている』で歌手デビュー。

『あなたに恋をしている』

10月9日発売 1500円(税込)
10月9日発売 1500円(税込)
芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

斉藤貴志の最近の記事