スペイン、フランスと、欧州遠征を終えた藤田菜七子騎手が得たモノとは?
スペインからフランスへ渡る
9月24日、スペインのマドリードにあるサルスエラ競馬場。ここで女性騎手の招待競走に騎乗した藤田菜七子騎手。3レースに騎乗し、最高が4着。勝利する事こそ出来なかったが、普段とは違う競馬場で、いつもとは別のジョッキー達と腕を競ったのは、必ずや彼女のヒキダシを増やしてくれた事だろう。
そんな藤田が更にヒキダシを増やすべく、アゲインストの風の中に飛び込んだ。スペインから帰国する事なく、向かった先はフランス。滞在したのは馬の街で知られるシャンティイ。早速スルーセブンシーズ陣営らと会食をすると、翌日からは毎朝、地元厩舎の調教に騎乗。競馬でも乗せてくれる馬がいないか、探した。
「凱旋門賞の1週前に、スペインへ招待していただけたので、せっかくなら、とフランスへ渡り、凱旋門賞まで見るスケジュールを組みました。その後、スルーセブンシーズの参戦が決まったので、応援も出来るし、良い機会になりました」
26日の朝、訪れたのはヴィクトリア・ヘッド厩舎。今回、エージェントとして雇ったデヴィ・ボニヤ元騎手が、自らの愛馬を預けている厩舎だ。短期免許での来日経験もある彼は、引退後、ジョッキーエージェントとなった。しかし、エージェント免許をすでに返上していたため、今回、わざわざ免許を再取得してくれていた。
「僕が日本に行った時、日本の皆さんが凄く助けてくれました。だから、恩返しの意味も込めて、僕が助けられる時は何でもしたいんです」
昨年、来仏した大野拓弥に続く、日本人騎手のサポートを買って出てくれた理由をそう語った。
女性調教師ヴィクトリア・ヘッドの父は元名騎手であり、元名調教師のフレディ・ヘッド。凱旋門賞を連覇した名牝トレヴを管理したマダム・クリスチャン・ヘッドが叔母にあたる。
そのヴィクトリアの馬で、フランス調教デビュー。緊張した面持ちで、まずはエーグルと呼ばれる広大な芝コースでの追い切りを経験した。
「かろうじてハロン棒代わりのパイロンがあるだけで、ラチもない広いコース。日本のトレセンとは全く違うコースに驚きました」
目を輝かせてそう言った。
その後は現地で開業する日本人調教師の清水裕夫厩舎へ移動。翌日は同じくフランスで厩舎を営む小林智厩舎。クワイラフォレと呼ばれる芝コースや、リオンという全長4000メートルの坂路コースを経験するだけでなく、初心に帰り馬装も自ら行った。
「端まで見えない直線コースにも感動したけど、厩舎からそこへ行くまでの森の中の道のアップダウンにも驚きました。ほとんど山の中を歩いている感じでした」
モンジューを育てた元名調教師のサポート
28日には再びヴィクトリアの厩舎等で調教騎乗した後、午後からはシャンティイ競馬場でのレースを観戦。大厩舎やシャンティイ城をバックに走る馬群を眺める眼差しに「いつか自分もここで乗ってみたい」という想いが感じられた。
また、同競馬場ではジョン・ハモンドとの出会いがあった。モンジューとスワーヴダンサーで凱旋門賞を2度制した元名調教師は現在、かの国の大馬主であるオーギュスト・ノルタン氏の手伝いをしている。今回の藤田の来仏前に連絡を入れていたため、話はスムーズに進み、翌朝、ニコラ・クレマン厩舎の調教に跨る事になると、更にその翌日にはクリストファー・ヘッド厩舎の調教にも乗れる事になった
クリストファーの下ではフランスのリーディングトレーナーであるアンドレ・ファーブルがよく使用するラペートというダートコースでの調教をつけた。すると、その様子を見たクリストファーは「ベリーグッド」と言い笑顔を見せた。更に、ハモンドは次のように言った。
「凱旋門賞前の1週間はヨーロッパのトップジョッキーが集うので、競馬に乗れる馬を見つけるのはなかなか難しいんだ。でも、あなたがしっかり乗れるのは分かったから、来年は8月くらいに来たらどうかな?その時期ならレースでの馬も用意出来るよ」
多分にリップサービスもあるだろう。ただ、ヴィクトリアからも「パーフェクト」の言葉をもらっており、現地ホースマンの評判が良かったのは事実である。
フランスでの実戦デビュー
29日にはサンクルー競馬場でのフランスデビューを果たした。今回の遠征を知った日本人オーナーの犬塚悠治郎氏直々の騎乗依頼で、小林厩舎のサクラチャンの手綱を取った。前日には調教でも感触を確かめ、レース前は小林と入念に打ち合わせ。ボニヤと共に馬場を歩き、アドバイスを仰いだ。
「初めての場所はいつもそうですが、やっぱり少し緊張しました」
レース前、そう語ったが、馬上の人になると度胸がある。好発を決めると、更に押してハナを主張。レース前に小林と打ち合わせた通り逃げた。ただ、後続もついて来たため、作戦通りの大逃げにはならなかった。そして直線半ばで捉まると、最後は残念ながら13着に沈んだ。
「勝てなかったのは残念です。でも、犬塚オーナーや小林先生のお陰で良い経験をさせてもらいました」
海外での敗戦は堂々たる向こう傷。それは立派な競馬ぶりだったといえるだろう。
凱旋門賞観戦に刺激を受ける
翌朝には再びC・ヘッドと小林の調教をつけるとシャンティイを後にしてパリへ出た。そして、更に翌日の日曜には念願の凱旋門賞を観戦。エースインパクトの豪脚と、日本馬スルーセブンシーズの健闘を目の当たりにした。
「レース前には馬場を歩かせていただき、思っていた以上に芝丈が短いのが分かりました。また、華やかな雰囲気を直に感じられたのが良かったし、勝ち馬の強さや、スルーセブンシーズの頑張りを見られたのも刺激になりました」
こうして約2週間に及んだスペイン、フランスを巡る旅は幕を閉じた。フランスでは1鞍の騎乗に終わったが、ヨーロッパの名手達を従えて逃げる姿を見た時は、胸が熱くなる思いがした。そして、何よりレース前の指揮官との打ち合わせの際、藤田が発したひと言が印象に残った。まずは小林の言葉。
「着を拾うなら無理しないで良いです。でも、勝ちに行くならリスクを背負ってでも逃げてください」
それを聞いた藤田は、シンプルに、でも力強く、答えた。
「勝ちたいです」
それはこのレースに限った話ではなく、現在の彼女の心境そのものだろう。その気持ちがあるからこその遠征だったはずだ。帰国後の藤田菜七子の飛躍を願わずにいられない。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)