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トップリーグでも「プロのレフェリーは1人」。日本ラグビーの課題とこれから。

多羅正崇スポーツジャーナリスト
17年のNZ×英愛ライオンズで両主将に話をするRomain Poiteレフェリー(写真:Shutterstock/アフロ)

■ラグビーのレフェリーはつらいよ。

ラグビーのレフェリーは正当な社会的評価を受けづらい職業だ。

好ゲームで選手やコーチを讃えることはあっても、「今日の主審はよくマネジメントしていたな」とレフェリーを称える人は少ないはずだ。

しかし実際には、注意喚起による反則防止などでゲームを円滑に進行させている。

ただそうしたレフェリーの仕事は見えづらい。また専門性が高いために、各判定に対する評価が難しい。

正当な評価は専門家の間で流通し、レフェリングが広く注目を浴びる時といえば、大抵が“疑惑の判定”だ。

たとえばそれまで79分間重ねてきた正当なレフェリングは、まず注目されない。

レフェリーはつらいよ。そうボヤきたいレフェリーもいるはずだ。

■「レフェリーへのリスペクト」

ただラグビーにはレフェリーを尊重する文化が根付いており、試合における地位は保全されている。

異議申し立てが出来るのはキャプテンのみ。そのさいは紳士的な態度が求められる。

国際統括団体ワールドラグビーの「ラグビー憲章」では、5つの中心的な価値(「品位」「情熱」「結束」「規律」「尊重」)が示されており、その「尊重」の項目には、マッチオフィシャルの尊重が明記されている。

レフェリーへのリスペクトはラグビー界の常識だ。だからシンビンを提示された選手は、潔くピッチサイドへ向かう。

ではレフェリーの側は、どうあるべきなのか。

それは、2018年度のトップリーグでのことだった。試合後、或るプロ選手がその日のレフェリングに苦言を呈していた。

■「世界の基準で吹いてほしい」

最後まで勝敗の分からない接戦の末、そのプロ選手が所属するチームは敗れた。

試合後、そのプロ選手はスタジアム内の通路で切実に訴えていた。

「(主審が)話を聞いてくれない。すべてにおいて笛を吹いて、自分が主役になろうとしている」

「明らかな反則をレフリーに話しても『いや僕はこう思ったから』と。あなたの思いではなく、世界の基準のなかで吹いてほしい。そうでなければ僕たちが彼の基準に合わせないといけない。それをやっていると日本のレベルが下がってしまう」

‘17年度には同時出場が最大4人だったトップリーグの外国人枠は、‘18年度は「他国代表枠(3人)」「アジア枠」「特別枠」を合わせ、最大6人になった。

トップリーグは国際化が進んでいる。‘18年度に神戸製鋼入りした元NZ代表ダン・カーター、来シーズンにトヨタ自動車入りするキアラン・リード(NZ代表主将)など、海外の超一流もいる。

国際基準のレフェリングの必要性は高まっている。

「海外でプレーしている選手が『何か分からない』という反則がすごく多い。教師の方など本当に頑張ってくれているんですけど、間違う確率が高いので。プレーしていて、ラグビーが分からなくなってくるんですよね。日本ではオーケーだけれども、世界ではダメ。ちゃんと世界の基準でレフリングをしてもらいたいんです」

「これからの高校生、大学生がその笛に合わせてしまうと、上を目指すことができない。これは日本ラグビーとして必死になって改善しないといけない問題だと思います」

このプロ選手のコメントを受け、対戦相手にもレフェリングの感想を求めた。同等の評価だった。

この試合をレビュー(すべての判定を検討・評価等する作業)したという、他のレフェリーにも話を伺った。

結果として、そのプロ選手の怒りもやむなし、と判断せざるをえない証言ばかり揃った。

ただ、日本のレフェリーの厳しい環境は多少なりとも耳にしてきた。

根本原因は一体どこにあるのか。或る現役レフェリーにインタビューを受けて頂いた。

■昨季トップリーグのA級・A1級レフェリーで、プロレフェリーは1人。

日本の社会人ラグビーは、日本出身選手・コーチも含めてプロが増えている。

しかし一方で、トップリーグを吹ける日本協会管轄のA級・A1級レフェリー16人のうち、プロレフェリーは久保修平氏ひとりだ。

現在欧州6か国対抗「シックス・ネーションズ」に参加するなど国際的に活躍中の久保レフェリーは選手の評価も高い。

トップリーグで10年以上プレー経験のある現役プロコーチは、最も優れた日本人レフェリーとして久保レフェリーの名を挙げ、「ストレスがない」と讃えていた。

プロは久保レフェリーのみ。その他のレフェリーは、学校教師や会社員など本業をもっている。

当然ながら時間的制約があり、国内外のプロレフェリーと同等のスキルアップのための時間はない。

時間をやりくりしながら、トップレフェリーとしてのルーティンをこなさなければならないのだ。

■本業に従事しながらレビュー、ミーティング、トレーニング…。時間と格闘する日本のレフェリー。

試合で笛を吹いたら、まず試合のレビューが必要になる。

映像を巻き戻しながら、一つひとつの判定を検証・評価していく作業だ。

「ミーティングもありますし、チームから質問が来ることもあるので、試合のレビューは必ずします。自分のスキルアップのためにも必要です。私の場合は4時間かかります。遠征会場でゲームを全部(PCに)落として、翌日までに終わらせたいので帰りの移動中に作業します」(現役レフェリー)

レビューが終われば、次の試合の準備が待っている。

「水曜日に大抵オンラインのミーティングがあって、水曜、木曜からは次のゲームの準備をします。両チームの試合、傾向を見て、どういうプレーをしてくるか、ということを全部チェックした上で臨みます。2試合見たら3時間以上はかかります」

これらはすべて本業をしながらの話だ。

トレーニングも欠かせない。レフェリーは1試合の走行距離は、選手並みの7、8キロだという。

「他の方は、お昼休みを使ったりとか。あとは5時に定時で終わって、6時から7時半までトレーニングをしたり。そこから家族の時間を9時、10時までつくって、そこから2時間ゲームを見たり」

A級、A1級レフェリーのほとんどが家庭をもっているという。ただ周知の通り、ほとんどの試合が週末にある。家族の時間は当然削られる。

金儲けがしたくてレフェリーをしている人はいないはずだ。なぜなら日当は交通費・宿泊費別途で5000円。アシスタントレフリーは3000円だからだ。

「それでお昼飯、飲み物を買って、サプリメントを買ったらなくなります。1杯ビールを飲んじゃうとマイナスです(笑)」

では、なぜレフェリーをするのか。

レフェリーへの情熱、ラグビーへの愛情――。

いずれにせよ、日本ラグビーへの自己犠牲の精神がなければ務まらないだろう。

「みなさんフルタイムで仕事をして、厳しい環境のなか、やれる努力はしているとは思っているんです」

本業がある日本のレフェリーに、世界のフルタイムレフェリーと同等のスキルを求めることはできるのか。先行すべきは、体制を変えていく努力ではないか――。

その現役レフェリーの方に尋ねた。日本のレフェリーが家族を養える仕事になった場合、転職する人はいると思いますか。

「いると思います」

力強い答えが返ってきた。

■より魅力的な日本ラグビーへ。これからできる具体策は。

ただ現役選手にとっては、明日の試合、明日のレフェリングが問題だ。

前出のプロ選手の声は悲痛だった。

「ひとつの(レフェリングの)判断ミスで勝ち負けが決まれば、ここでラグビー人生が終わる人も出てくるかもしれない。そういう方たちの人生の責任を取れるのか、ということも踏まえながら笛を吹いてほしいです」

リーグの国際化・高度化は進むが、トップリーグのプロレフェリーは1人だけ。

そんな構造問題から生まれる問題の解消・緩和へ向けた、今できる具体的な取り組みはないのだろうか。

ひとつは、チーム側とレフェリー側の連係強化かもしれない。

チームとレフェリーは、共に日本ラグビー界を盛り上げる同志であり仲間だ。コミュニケーションを増やし、お互いをより深く理解する。

開幕前のミーティングはすでに行っている。レフェリーやコーチが一同に会し、お互いの意図などを確認する。

「今年は7月にミーティングを行いました。レフェリーとしては世界とのトレンドを擦り合わせた上で、こういう基準で吹いていきますという指針をお伝えします。逆にチームからの要望もお聞きします。それから夏合宿に臨みます」

効果的な手段は他にもありそうだ。

「チームがレフェリーを抱えるのも良いと思います」

企業がレフェリーを採用する。レフェリーとしては気軽に選手へ質問ができ、チームとしては試合担当レフェリーの傾向を掴みやすい。

練習から笛を吹くので、規律意識も高まるだろう。同時にチームレフェリーを通じ、レフェリーの仕事に対する理解も深まるに違いない。

「あとは引退した選手がレフェリーになったり。グレン・ジャクソンなどは元選手です」

現役引退後のレフェリー転向が盛んになれば、現役選手にとっても、日本ラグビー界にとっても頼もしいだろう。

あらためて言うまでもなく、選手も、スタッフも、レフェリーも、日本ラグビー界の仲間だ。

気高いラグビー精神のもとで対話を続けながら、具体的に行動し、日本ラグビーの魅力をより高めていきたい。 〈了〉

スポーツジャーナリスト

スポーツジャーナリスト。法政二高-法政大学でラグビー部に所属し、大学1年時にスタンドオフとしてU19日本代表候補に選出。法政大学大学院日本文学専攻卒。「Number」「ジェイ・スポーツ」「ラグビーマガジン」等に記事を寄稿.。スポーツにおけるハラスメントゼロを目的とした一般社団法人「スポーツハラスメントZERO協会」で理事を務める

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