弾道ミサイル防衛システムSM3の迎撃能力
イージス艦用の弾道ミサイル防衛(MD)である大気圏外迎撃用ミサイル「SM-3ブロック1A」は最大射程1200km、迎撃高度70~500km、速度4km/sを目標に開発されています。
AEGIS TMD: Implications for Australia (PDF資料, オーストラリア国防大学)
"The SM-3 Block 1 missile is being developed to achieve exoatmospheric intercepts of medium to long range ballistic missiles at ranges to 1,200 km and altitudes of 70-500 km. Based on the SM-2 Block 4 design, the SM-3 also employs a third stage dual-pulse rocket motor as well as a fourth stage autonomously manoeuvring 23 kg kinetic warhead to impact the target at a speed in excess of 4 km/s." p18
この数字を初めて見た人は驚くかもしれません。SM-3の射程は500km以上、射高は160km以上とする資料が多いからです。実際の実験でも高度160km付近で行われる事が多く、これがSM-3の性能の上限なのだと思い込まれがちでした。しかし2008年2月20日、制御を失って落下してくる偵察衛星NROL-21を高度247kmでイージス艦レイク・エリーのSM3ブロック1Aで撃墜に成功して見せました。つまり「射程500km以上、射高160km以上」とある資料の「以上」とはそのままの意味で、それ以上飛べるという意味だったのです。最新兵器のスペックはそのまま公表されていない場合が多くあります。
また大気圏外迎撃実験の高度を160km付近に設定していたのはそれ以外にも理由があります。人工衛星破壊実験と異なり弾道ミサイル迎撃実験は標的が弾道軌道を描くので、破壊されてもスペースデブリ(地球周回軌道への破片の拡散)にはなりません。しかし破片が周回軌道を回り続けることは無いと言っても、命中から地表に落ちるまで拡散した破片が低軌道の人工衛星を引っ掛ける可能性が低いながらもある為、人工衛星より低い高度で迎撃実験を行っていたのです。SM-3ブロック1Aよりも10倍以上重い大きな地上配備型迎撃ミサイル(GBI)も高度160km付近で迎撃実験を行っているので、平時に行う実験ではあまり高い高度では行わないようにしています。
SM-3ブロック1Aの迎撃実験では2011年4月15日に行われた中距離弾道ミサイルを標的にしたものが最大です。3700km離れた海域に向けて発射された標的を撃墜する事に成功しています。迎撃時のイージス艦の正確な位置や迎撃高度は発表されていません。この距離は北朝鮮からグアムに向けて発射される中距離弾道ミサイルの射程とほぼ同じで、アメリカ海軍はグアム近海に配備されたイージス艦で撃墜できる事を実証して見せました。
北朝鮮からグアムに向かう中距離弾道ミサイルは日本の九州の上空を通ります。それでは集団的自衛権の行使が出来るようになった場合に、日本近海に配備されたイージス艦でグアム行きの中距離弾道ミサイルを迎撃出来るでしょうか? 最小エネルギー軌道で発射した場合、射程3500kmの弾道ミサイルの最大弾道高は500km前後になります。SM-3ブロック1Aの能力的にはぎりぎり迎撃が可能になりますが、九州近海で待機した場合、ミッドコース上昇段階の迎撃になるので、イージス艦の位置によっては間に合わなくなる可能性があります。これが日米共同開発中のSM-3ブロック2A(ブロック1Aより倍近い大きさになる)ならば迎撃能力が大幅に向上しており、十分に間に合うようになるでしょう。九州沖縄近海よりも多少遠い海域からでも、迎撃が可能になります。
ただし、ハワイ行きやオーストラリア行きの長距離弾道ミサイルは日本付近ではブースト段階中で、SM-3ブロック2Aでも迎撃は困難です。アメリカ本土行きの長距離弾道ミサイルに至ってはほぼ不可能でしょう。SM-3の更なる改良型であるSM-3ブロック2Bは長距離弾道ミサイルのブースト中を狙えるようにする計画もあるので将来的には分かりませんが、現状の計画では日本に配備されるのはSM-3ブロック2Aまでです。(追記:ハワイ行きやオーストラリア行きの弾道ミサイルも、日本付近のイージス艦からSM-3ブロック2Aで迎撃することは可能であるかもしれません。ただしその場合はブースト上昇中に狙うのではなく後方に発射して待ち構えることになるので、SM-3ブロック2Aの誘導を後方に居る別のイージス艦に引き継いでもらう必要があります)
集団的自衛権の行使の問題で弾道ミサイル防衛を絡める場合、SM-3ブロック1AないしSM-3ブロック2Aによるグアム防衛に、日本の海上自衛隊のイージス艦を参加させるかどうかが焦点になります。