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“多重人格”追求中の彩吹真央、宝塚退団後に感じた苦悩と本音

島田薫フリーアナウンサー/リポーター
退団後、髪を伸ばすことで“女性に戻った”と話す彩吹さん(撮影:すべて島田薫)

 宝塚歌劇団雪組男役スターとして、絶大な人気を誇っていた彩吹真央(あやぶき・まお)さん。豊かな声量と伸びやかな歌声でファンを魅了してきました。退団後も彩吹さんへのオファーは途切れることなく、多くの作品に出演し続けています。現在は、今までにない“多重人格”という難役に挑戦中!眠れない日々が続いたと言います。そんな彩吹さんが越えてきた壁とは?退団後の苦悩にも迫ります。

—宝塚歌劇団を退団(2010年4月)されてから、大変だったことはありますか?

 歌劇団に16年間在籍、退団してからは12年目になります。退団後について回る思いといえば「女って何?」ということですね。「女という生き物とは?」と、かなり考えさせられました。

 これは、男役を仕事にしていた人間特有の感覚だと思いますが、女性として存在する・立つ・振る舞う・話す・スカートをはく、といったことを全くやってこなかったので、退団1~2年目くらいまでは慣れないことばかりで、研究に研究を重ねました。

 性転換こそしたことはないですが、半分したようなものです。16年間、普通の女性としての生活をしてこなかったので、「性別?何やろ?」という感じでした。今の時代はボーダーレスなので、その感覚に近いのかもしれませんね。

—女性に戻るのに、だいぶかかりましたか?

 まず、退団1年目はスカートがはけませんでした。ショートヘアだし、スカート姿の自分を鏡で見たことがないし、似合わないと思っていましたから。

 でも、(元宝塚歌劇団星組トップスターの)安蘭けいさんから「髪の毛を伸ばしたらモテるよ!女らしくなるよ!」と言われて、「じゃ、伸ばそう!」と(笑)。そこから2年目3年目と、クローゼットにスカートが増えてきて、髪が伸びてきたら、そういう格好もできるようになりましたね。

 あと、未だに男性をリードしてしまうんです。舞台では通常、男性が手を出したところに女性が手を出すんですが、ついパッと先に手を出しちゃう。最近もありましたね。それから、やっぱり脚を開いてしまいます。閉じる癖はついてきたものの、パンツスタイルだと特に膝が開いちゃう。立ち方も、無意識にカッコよくなっちゃいます(笑)。

 ですから映画や舞台を観る際、以前は必ず男優さんに注目していましたが、退団後は女優さんを見るように意識を変えました。特に、宝塚の娘役の動きの美しさ・目線・角度は、研究しましたね。

—辞めてからの方が「タカラヅカの人」と言われることも多いと聞きます。実際やりにくいものですか?

 私も「元宝塚歌劇団・男役スター」という肩書きがつくことが多いのですが、実は「もう、この肩書き…なくてよくない?」と思った時期もあるんです。ちょうど“女優にならなきゃ”と思っていた時ですね。退団後2~3年は仕方がないですが、5~6年、それ以上経って女優として自信もついてきた頃に、わざわざプロフィールに「元宝塚歌劇団」はいらないのでは…と思っていたんです。

 女優としてやっていこう!と思っている時に“男役時代の引き出し”を開けなければならない内容のオファーが来ると、私は器用なタイプではないので「今はノッキングを起こすから出られない」となってしまっていたこともありました。

 でも一周回って、その肩書きがついていようがいまいが、ようやく「私は私だ」と思えるようになったんです。今の私が男役当時の歌を歌ったらどうなるんだろう…と自分でも興味があるし、応援してくださっているファンの方には懐かしんでいただけるし、私を知らない方には「こんな人がいるんだ」と知ってもらえるかもと思うと、前ほど葛藤がなくなりました。宝塚歌劇団は、私には誇るべきキャリアであるし、わざわざその肩書きを消さなくていいんだと思えるようになったんです。

—宝塚歌劇団で培ったことにはどんなことがありますか?

 下級生の時には常にアンテナを張って、何か気づいたらすぐに行動する、上級生のために何かをする…というのが当たり前でした。だから、今でも舞台で「ここにあるはずの物がまだない」と気づくと、演出部さんの仕事なのに私が先にやってしまったり。やってはいけないことはないんですけど、人の仕事を取っちゃうというか(笑)。自分のことに集中すればいいのに、先を読む癖が抜けないんですよね。かえって邪魔になることもあるので気をつけないと。

—舞台のお仕事が途切れず続いていますが、今は随分大変そうな話に取り組んでいますね。

 今挑んでいるのは『五番目のサリー』という作品の、五重人格の役です。今までも、1つの作品で場面ごとに違う役とか、ショー形式の作品で何役もしたことはありますけど、多重人格は初めてです。本当に目の前でパン!と人が変わってしまう、ここまで瞬時に変貌する役は経験がないし、日々、自分はどんな人だっけ?と思うぐらい、頭の中がいろいろな人格に支配されつつあります。

 1人の役を追求するだけで大変なのに、その1人が複雑な複数の人格を持っているので、“追求×5”以上の労力と精神力で、眠れない日々を送っています。健康ではありますけどね(笑)。

—彩吹さんの中には、人格はどのくらいあると思いますか。

 自分の中の人格をカテゴリーに分けたことはないですけど、今回の作品は“サリー”という主人公がいて、サリーの中にはすごく強暴性のある“ジンクス”、性的感情を豊富に持っている“ベラ”、純粋な“デリー”、自殺願望がある“ノラ”という人格があって、すべて私の中にもあります。

 今一番共感できるのは、“ノラ”という人格です。あっ!決して自殺したいとかではないですよ!すごく厄介な人ですけど、繊細に複雑にアンテナを張って生きていて、知性や芸術的センスがあるんです。私も、生きている時間はとにかく仕事につぎ込みたい!と思って、休みがあれば美術館に行ってインプットしたりしているので。孤独感もとても共感できます。

—孤独感はどういう時に感じるんですか?

 やはり独身ですから(笑)。そして実家が大阪で、東京に来てずっと独り暮らしなので。仕事の悩みがあっても、相談する友達はいますけどすべてを言えるわけでもなく、自分で解決して乗り越えていく癖がついてしまいましたね。

 幼少期の育てられ方や環境によって、人は構築されていきますよね。この『五番目のサリー』という作品に携わって、自分についても考えました。私は年の離れた4人きょうだいの末っ子です。意外ですか?めっちゃ末っ子ですよ(笑)。そこなんですよね、本当は末っ子気質で甘えたがりなんです。

 でも宝塚に入ってから、音楽学校では皆をまとめる役割だったり、下級生のうちに役を任せていただいたりと、責任ある立場に置かれて、だんだん「できない」と言えなくなって…1人で一生懸命、黙々と立ち向かっているうちに、あまり人に甘えるということをしなくなってきたのだと思います。

 2年前(コロナ前)に母の喜寿のお祝いで、姉2人と私と、初めて女4人で旅行したんです。温泉に行って、お酒を飲んでしゃべっていたら「ゆみこ(本名)はもっと甘えたらいいのに、小さい時みたいに」と言われて、「そうか、私…甘えたいのかな」と思ったりもしました。

—落ち込んだ時に助けになる言葉は?

 「なるようにしかならない」。母が楽観的で、いつもこう言って生きてきた人です。シンプルな言葉ですけど、共働きで4人の子供を育てて、私を宝塚に入れて、父のことでも苦労して、という大変な話をお酒を交えながら聞いていると、「うちのオカンは何でこんなに強いんだろう」と思えてきて。

 多くの苦労があるから、今は孫が10人いて幸せなんだろうなと思えるし、「なるようにしかならない」という言葉は、母の人生を思うと、すごく重いものとして私に植え付けられています。母は超ポジティブ人間なので、私も母のような女性になりたいと常に思っています。

■『五番目のサリー』

『アルジャーノンに花束を』など、数々の名作を生んだ作家ダニエル・キイス原作の小説を舞台化。五重人格のヒロイン・サリー(彩吹真央)は、自分の中に四つの異なる人格を持っていた。困難な状況に遭遇すると、四つの人格のどれかと入れ替わってしまい、別の人格が身体を支配している間は、サリー自身の意識も記憶もないという、重大な悩みを抱えている。10月21~30日、東京・よみうり大手町ホールにて上演。

【インタビュー後記】

とても穏やかで真面目、そして芯が強い印象を受けました。仕事のために万全な準備をし、細かいところまで目が行き届くのだろうな、ということも伝わってきます。時折出る関西弁が、本音を話しているような、リラックスしてくれているような、心地よい空気を感じながら、役柄の奥に潜む彩吹さんの素顔に、少しだけ近づけたような気がしました。

■彩吹真央(あやぶき・まお)

6月9日生まれ、大阪府出身。1994年宝塚歌劇団に入団。繊細な演技力と豊かな歌唱力を持つ男役スターとして活躍。2010年に退団後は舞台を中心にミュージカル・ストレートプレイなど、幅広く活躍中。主な出演作に、『シラノ』『End of the RAINBOW』『アドルフに告ぐ』『フリーダ・カーロ』『イヌの仇討』『マリー・アントワネット』『ラヴ・レターズ』等、ジャンル問わず多数出演。作品ごとに幅広いキャラクターを演じ分ける。11月には『宝塚歌劇 花組・月組 100th anniversary「Greatest Moment」』、12月には『TipTap新作オリジナルミュージカル「20年後のあなたに会いたくて」』が控えている。

フリーアナウンサー/リポーター

東京都出身。渋谷でエンタメに囲まれて育つ。大学卒業後、舞台芸術学院でミュージカルを学び、ジャズバレエ団、声優事務所の研究生などを経て情報番組のリポーターを始める。事件から芸能まで、走り続けて四半世紀以上。国内だけでなく、NYのブロードウェイや北朝鮮の芸能学校まで幅広く取材。TBS「モーニングEye」、テレビ朝日「スーパーモーニング」「ワイド!スクランブル」で専属リポーターを務めた後、現在はABC「newsおかえり」、中京テレビ「キャッチ!」などの番組で芸能情報を伝えている。

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