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「一帯一路」香港サミット2019は香港で挙行された

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
2016年に開催されたときの「一帯一路」香港サミット(写真:ロイター/アフロ)

 「逃亡犯条例」改正案を9月4日に撤廃した目的は、9月11日に香港でサミットを挙行するためだった。当日朝、中国語圏にも確実な情報がなかったのだが、独自ルートで現場のナマ情報と写真を入手した。

◆リアリティに満ちた貴重なナマ情報!

 9月10日夜、中国政府元高官(長老)と連絡し合い、9月11日に香港で開催されることになっている「一帯一路」香港サミット2019は果たして開催されるのか否か情報提供をお願いした。

 というのは9月2日のコラム<どうする「一帯一路」香港サミット2019>で、このままだと開催できないのではないかと分析していたからだ。しかしその2日後の9月4日に、香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は改正案撤廃を宣言した。

 なぜこの時期に突如宣言したかと言えば、一週間後には「一帯一路」香港サミット2019が香港会議展覧センターで開催されることになっていたからだった。改正案撤廃を宣言しなければ、そのコラムで推測した通り、おそらく深センで開催するしかなかっただろう。

 もちろん改正案撤廃宣言後も香港の抗議デモはやや抑制的になりながらも続いた。

 だからこそ開催するか否かは微妙な状況で、中国政府元高官に意見を求めたのだが、「正確な情報を得ることはできない」という回答が来ていた。確認した最終時間帯は既に10日から11日にまたがっており、夜中を通して連絡し続けたことになる。

 仮眠を取って、早朝から中国大陸のネットを検索したが、やはり確たる情報は流れていない。

 しかし、あのようなコラム(私見による考察)を公開した以上、社会的責任を覚えてしまう。

 さて、どうしたものかと思いあぐねて、ふと香港におられるシークエッジグループの代表、白井一成氏にお聞きしてみた。白井氏はシンクタンク「中国問題グローバル研究所」の創設者の一人でもある。

 すると、なんと白井氏は社員をわざわざ香港会議展覧センターに行かせて現場のナマ情報を届けてくれた。

 会場前まで行ってみたところ、北京語が会場内から聞こえてくるので、開催していると思うが、人が少ないとのことで、以下のような写真を送ってきてくれたのだ。

 まず、外側にある看板(写真1)。

 

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写真1:「一帯一路」香港サミット2019会場の看板

 間違いなく“BELT and ROAD SUMMIT”と書いてある。「一帯一路サミット」という意味だ。「11-12/9/2019」とも書いてある。

 次にやや遠景から見た会場入り口(写真2)を見てみよう。

 

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  写真2:やや遠景から見た会場外側の風景

 人はほぼいない。

 少し内部に入ると以下のような光景があった(写真3)。

 

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 写真3:会場になる建物の内部から見た入り口

 会場に向かうための人影があるのはあるが、何ともまばらだ。参加者が如何に少ないかが窺える。

 そして会議終了後(写真4)。

 

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  写真4:会議が終わって外に出てきた参加者たち

 会場内にいた人たちがまばらに出てきた。先ほどの「写真3」と比べていただくと、同じ場所であることがわかる。要するにこの「入口」から会議場に入ったのは、「写真3」程度の人数であったし、そこに溜まっていて出てきたのも、「写真4」程度の人数であったことになる。誰の顔にも「国際会議に参加した喜びの表情」はない。高揚感は皆無で、まるで「参加してはならない集まりに、こっそり参加した」という感じだ。

 それにしても、警備はどうなっていたのか。

 このような雰囲気では、さぞかし警備が厳しかっただろうと思う。そこで、どのようにして部外者が撮影できたのか、白井氏に聞いた。

 撮影場所は会場前車寄せとそこから少し中に入った所で、基本的には共有スペースになるという。

 警備状態に関しては「他の商業施設とも繋がっているので、完全封鎖とはいかないように思った」とのこと。建物の中に進むと、会場のゲートがあり、入場制限をしていたという。警備員が周りを警戒していたが、「待ち合わせのフリをして、こっそり写真を撮った」のだと説明してくれた。

 このような現場の生々しい情報を伝える写真は、世界にこの数枚しかないだろう。

 このことに目を向けるジャーナリストも研究者も多くないと思うが、この日のために、9月4日に「逃亡犯条例」改正案を撤廃したのだということに注目しなければならない。それを理解しないと、香港と中共中央のつながりも見えてこないので、香港デモの真の理解ができないはずだ。

 改正案撤廃に関しては、もちろん中国政府側の全人代(全国人民代表大会)常務委員会が許可を出している。この許可なしに動くことはできない。それが全人代常務委員会が定めた香港「基本法」の大原則であり、中国政治のメカニズムだ。

 日本では改正案撤廃は香港行政長官の北京政府への抵抗であり、中には「クーデター」なのだという、とんでもない分析を披露する人がいたようだが、それはあまりに中国政治の内情を知らなすぎる分析であると言わざるを得ない。

◆中国大陸メディアはどう伝えたか

 サミット第一日目が、香港市民からの大きな抗議を受けずに一応「無事に」終わったのを確かめると、「9月12日 00:50」になって、ようやく中国大陸のメディアである「深セン広播電影電視(ラジオ・映画・テレビ)集団」が<香港の一日 時は待ってくれない「2019年9月11日」>という見出しで、まちがいなく「一帯一路」香港サミット2019が開催されたことを知らせた。

 しかし参加人数も会場(参加者側)の写真も掲載することなく、他の情報を織り交ぜて薄めながら、最後に林鄭月娥氏が辛うじて面目を保ったスピーチ写真を載せているだけだ。

 その実態を知ることは、今後もあまり出来ないだろうが、このたび白井氏の俊敏な行動が、この歴史的瞬間の真相を余すところなく知らしめてくれた。

 9月4日の逃亡犯条例改正案撤廃に関する宣言は、この瞬間の成功を林鄭月娥氏にもたらすために行われたものだ。

 この日を何とかつつがなくやり過ごすために、9月4日になって、ようやく「撤廃」を宣言したのである。その前に香港警察の力で「何とかしろ」と全人代常務委員会から絶対的命令を受けていたのだが、デモは激しくなるばかりだった。だからサミット開催の1週間前に撤廃を宣言せざるを得ないところに追い込まれたということだ。

 習近平政権側は、絶対に武力を行使することはできない。

 なぜならトランプ政権が睨みを利かしていて、万一にも中国が武力行使をすれば、それを機に天安門事件の時と同じように一気に西側諸国と連携して対中封鎖網を形成することができる。ここは民主主義的価値観がものを言う。

 トランプ政権はそれを待っていることを習近平政権は知り尽くしているので、今回は絶対に武力行使をすることはしないと、中国は最初から決めていた。

 なお、9月11日に「中国統一戦線新聞網」が中国共産党機関紙「人民日報」の情報として<香港は一帯一路プロジェクトの結合を強化する>という見出しの報道をしているが、これはあくまでも9月10日に行われた香港中華総商会と中国対外請負工程商会が提携して成立させた「工商専業委員会」第一回理事会の模様を報道しているだけで、11日の「一帯一路」香港サミット2019に関しては一言も触れていない。

 香港では何が起きるか予測できないので、北京政府側は怖くて、事前報道や生中継などは絶対にできないのである。その証拠を確認する意味では興味深い。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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