Yahoo!ニュース

能登半島地震から7カ月。被災したルーキーが抱く復興の夢【日本海リーグ】

阿佐智ベースボールジャーナリスト
輪島高校出身のルーキー、山市暖乃心投手(石川ミリオンスターズ)

 今年の元旦に石川県を中心とする北陸地方を襲った能登半島地震から半年以上が経つ。ただでさえ過疎化に悩まされていた能登半島の各自治体に復興という命題は重くのしかかり、いまだ震災からの復興も遅々として進んでいない。この復興の遅さは、東京一極集中が進み、大都市部と地方との格差拡大が止むところなく進行している日本の問題点を如実に映し出している。

 スポーツ界にあっても、例えば、NPB一軍で本拠地球場での試合開催割合が年々高まり、いわゆる地方ゲームが減少していることにこの「格差拡大」が現れている。その格差を埋めるべく、ここ20年の間に「ふるさとプロ野球」の看板を掲げる独立リーグが各地に勃興したが、その内、今回震災の起こった北陸に信越地方を活動エリアとして2007年にリーグ戦を開始した北信越ベースボールチャレンジリーグ(現ルートインBCリーグ)は、その規模を拡大するにつれ、いつの間にか、関東地方を中心とする「都市型リーグ」に変貌してしまった。

 この流れにあらがうかのように、「ふるさとプロ野球」の精神を貫くべく、BCリーグを脱退した石川と富山のたった2球団でリーグ戦を行っているのが、日本海リーグだ。

 「だからうちは『独立リーグ日本一』に最も近いんです」と、石川ミリオンスターズのオーナー端保聡は自虐的に笑う。「最大勢力」の古巣、BCリーグは現在7球団。5リーグのチャンピオンがトーナメント制で雌雄を決する大会となっている現在の独立リーグチャンピオンシップにおいては、たしかに2チームのうちのどちらかが、最高峰を決める大会に出場できるこのリーグは、日本一に一番近いかもしれない。

被災地の復興のためにできることを

 ミリオンスターズは46試合制のペナントレースで、現在ライバルの富山GRNサンダーバーズを2ゲーム離して首位に立っている。そして、2チームだけの単調なペナントレースにアクセントを加えるため、このリーグではプロアマ問わず交流戦を積極的に行っているが、先月には韓国の独立リーグを招いて、富山県高岡市と、被災で当分は使えないだろうと言われていた最大の被災地である能登の珠洲市の市営球場でチャリティーマッチを開催した。

 6月23日に珠洲での第2戦はあいにくの雨模様でコールド試合だったが、リーグ一同は、「ここで試合を開催することに意義がある」とグラウンドコンディションが悪い中、試合成立の5回まで全力でプレーした。

「僕たちが石川県で野球をやらしてもらっていて、復興のためになにができるかっていっても、正直僕もわかりません。でも、勝利を目指して必死にプレーしている姿を見せる。直接はなかなか観に来れなくても、ユーチューブなんかで被災している方々が元気をもらったりだとか、間接的にでも伝えることができれば、僕らがここで野球をする意味があるのかと思っています」

とは、今シーズンからチームを指揮する阪神でプレーした岡崎太一監督の言葉だ。

灰燼に帰した朝市の町、輪島出身のルーキー

 ミリオンスターズには、被災地域の能登出身の選手が複数所属している。その中でも、幼少時、ミリオンスターズの試合を観て地元球団でのプレーを夢に見て、それを今年かなえた選手がいる。

「球場は、能登じゃなく、金沢の球場だったんですが、少年野球のみんなで試合観たんです。選手がみんな大きくて憧れました。スタンドからイニング間のゲームに参加したことを覚えています」

 朴訥な受け答えからまだ残るあどけなさを感じるのは、今年、輪島高校を卒業し、ミリオンスターズのメンバーとなった山市暖乃心(はるのしん)投手だ。実家は高校と同じ輪島市にあり、この元旦、家族と共にのんびり過ごしているところをあの大地震に襲われた。

「震度5でしたっけ。でも、体感ではもっとでした。今まで感じたことのない揺れでした」

 山市は「あの日」をこう振り返る。居間にあるこたつに家族全員が集まり、各々が好きなことをするというありふれた日常だった。高校卒業を控えた山市は、同年代の少年たちがいつもそうしているように、寝転がってスマホをいじっていた。

「やばい」。

 最初の揺れが来た時の印象を若者らしくこう言い表した。間を置かずに2回目の揺れがきたが、それは一度目よりさらに大きいものだったという。その震度が7と聞いて、家族一同ただごとではないと感じ、寒風吹きすさぶ屋外に出た。小学生の頃、避難訓練をしたのを覚えていたが、それがリアルになるとは思ってもみなかった。

 ただ、その揺れが歴史に残るような大惨事を引き起こすとはこの時は思いもよらなかった。実家は、輪島市内と言っても市街地からはかなり離れており、その後数時間、町が火の海に包まれることになるとは、山市だけでなく、誰しもが想像できなかっただろう。

 自宅は、準半壊。高校卒業、ミリオンスターズ入団を控えた山市は家族と共に避難所生活を強いられることになった。

故郷の復興に向けて成長した姿を

 その後しばらくは野球のことなど考える余裕はなかったと山市は回想する。球団からは、シーズン開幕をずらせても活動は行う旨、連絡はあったのだが、能登はそれどころではなかったというのが、現実のところだろう。なにしろ道路が寸断されて、動くに動けない。チームの拠点、金沢までの距離がとてつもなく長く感じた。

 野球のことが気になり始めたのは、震災から10日ほど経ってからのことだった。

「車のガソリン入れに金沢まで出たんですよ。無理やりですけど」

 県都・金沢の街並みを見て、山市はミリオンスターズの一員となった自覚を呼び起こされた。

 それから2か月ほどの非難生活を経て、山市は復興の道半ばの輪島を後にした。輪島高校は3月8日に金沢で卒業式を挙行。卒業証書を手にした山市は、チームに合流した。現在は姉が住むアパートに居候しているという。

 山市と同じく同級生たちは、その多くは輪島を後にしている。復興には若者の力が不可欠なのだが、これも現在の日本の地方都市の現実である。そういう中、山市が大学進学などを選ばず、地元球団への「就職」を選んだのは、地元愛が大きいのだろう。

「やっぱり野球に専念したいですから。もっと上でプレーしたいですね」

 独立リーグへの道を選んだからには、目標は無論のことNPBだ。

 輪島出身のルーキーには、地元メディアをはじめとして、取材依頼が度々あるという。言葉では、無論、被災地を自分のプレーで応援したいとは言うが、今は、ルーキーとして日々を送るのに精いっぱいの自分と、能登、石川の復興を応援したい自分が「半々」だという。それでも、自分が活躍すれば、地元の皆さんも喜んでくれると信じてマウンドに登る。

 打者の手元でホップする速球が武器だが、まだ自分で球を操れていない。制球に難があるため、なかなかリリーフでもチャンスをもらえない状況だが、まだ1年目、体づくりの段階だろう。

 日本海リーグは、雨天中止にともなう追加日程として、9月16日に、シーズン最終試合を珠洲で行うことを発表した。山市には是非ともこの最終戦のマウンドに登り、震災から立ち上がろうとしている地元の人々に雄姿を披露して元気づけて欲しいものだ。

(写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

阿佐智の最近の記事