消費増税という国家による購買力の争奪に対抗する手段
2014年4月1日から、消費税率が現行の5%から8%まで、3%引き上げられる。
金が通貨としての取り扱いを受けるのであれば、金の「購入」は「両替」に過ぎず、消費税率の変更は何ら影響を及ぼさないことになる。米国の一部州では金を法定通貨化する動きが見られたが、実は米連邦準備制度理事会(FRB)が発行するドルに対する不信任と同時に、金を課税対象から外すという重要な役割もあった訳だ。しかし日本では法律上、金は通貨として取り扱われておらず、消費税率の改定はそのまま小売価格に対しても直接的なインパクトを及ぼすことになる。
仮に税抜きの金価格が1グラム=4,500円とすれば、税込みの金価格は5%時の4,725円から4,860円まで、僅か1日(正確には時計の針が24時を回った瞬間)で135円上昇することになる。このため、消費増税前に金地金を購入し、消費増税後に金を売却する「運用」について筆者も相談を受けることも多い。
■金地金の短期売買は推奨できない
結論から言うと、「短期」取引での妙味は大きいとは言い難い。地金取引の売買スプレッドと、金価格の変動リスクが、消費増税のメリットを打ち消してしまう可能性が高いためだ。
地金取引には小売価格と買取価格との間にスプレッドが存在しており、例えば地金大手・田中貴金属が3月25日に提示した価格は、小売価格が4,579円、買取価格が4,496円となっており、両者の間には83円のスプレッドが存在する。即ち、購入したものをその場で売却すると、1グラム当り83円の損失が発生することになる。
一方、消費増税前と後の金価格に変化がなければ、増税分(135円)が売買スプレッド(83円)を上回れば利益が発生することになり、この場合だと1グラム当り52円が利益になる。一般的に金地金取引は500グラム未満だと別途手数料が発生するために、現実的な最低売買単位は500グラムであり、228万9,500円の投資で2万6,000円(1.14%)の利益が生じる取引になる。
ただ、これはあくまでも金価格が消費増税の前後で変化がないという「ありえない仮定」の下での計算であり、金価格が52円以上変動すると、この計算は全て狂ってしまう。もちろん、金価格の変動幅が52円以内に留まれば良いが、昨年の東京商品取引所(TOCOM)における1日当りの金価格変動幅は平均で43.5円、中央値で34.0円であり、52円を超える値幅は決して珍しくない。昨年の245営業日中、実に73営業日が52円を上回る値動きになっている。この程度であれば、普通に金価格の上昇・下落を予想した売買の方が、メリットが大きいと言えるだろう。消費増税の前後を利用した金地金取引は、多少の優位性がある丁半ばくちの範囲内を脱していないと考えている。
もちろん、4月初めに金地金を購入する予定があるのであれば前倒しすることを推奨するが、消費増税を使った金地金の短期売買というのは、冷静に売買スプレッドや金価格の変動幅を検証すると、大きなメリットは存在しない。取引量を10キログラム、20キログラムと増やしていけば小さくない金額になるが、リスクとリターンとのバランスからは、一般で言われている程の妙味はない。3%程度の増税幅では、金価格の変動幅のリスクが大き過ぎるのだ。
■資産防衛目的ならメリットあり
ただ、今年後半も日本経済が堅調に推移すれば、15年4月には更に2%の増税が予定されている。約1年で合計5%の増税が既に規定路線になっている。更に今後の大増税時代を前提にするのであれば、税金による購買力の喪失に対抗するための金地金購入というのには大きなメリットがある。いくら消費税率が高くなっても、金地金を購入しておけば、金の購買力は維持されるのみならず、寧ろ増強されることになるためだ。
過去の金価格の歴史を振り返ると、金の商品購買力(=金を売却した時の購買力)には波が存在するものの、総じて安定している。即ち、インフレ率と金価格の変動率の間には強い相関関係があり、金価格変動しても、金の購買力というのは実は大きく変動していない。
このため、中長期的な購買力保存という一点であれば、消費増税前の金地金購入は十分に推奨できる取引だと考えている。消費増税が行われると円の購買力は着実に毀損・喪失されるが、金地金に関してはその購買力に大きな変化が生じない可能性が高い。逆に、増税分だけ売却時の金価格が上昇するために、増税幅が大きければ大きい程に、金の購買力は増強される可能性の方が高い。
これで利益を出そうという投機目的ではなく、国家による購買力の収奪に対抗する資産防衛目的であれば、消費増税前の金地金取引は十分に推奨できる。これが、増税時代の金地金取引を考える際の基本になる。
(注)売買スプレッド等は全て本稿執筆時点のものです。現在は異なる数値の可能性があります。