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当分解消しない半導体不足、日本の出番がきた

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

 半導体不足はいつまで続くのか。TSMCは今年いっぱいと言うものの、2022年まで続くという声もある。自動車用半導体不足から始まり、二重、三重の発注を経て供給不足を加速しているため、当分避けられそうにない。不足解消に向けて動きだしたのはインテルと台湾の南亜科技。

 インテルの新社長(CEO)、パット・ゲルシンガー氏が2月に就任した後、3月に早々打ち出したIDM2.0では(図1)、ファウンドリビジネスを強化するが、これは半導体供給不足を解決する策になりうる。今週発表したインテルの2021年第1四半期の決算レポートの中で、ゲルシンガー氏は現時点でファウンドリの潜在顧客は50社いると述べた。もちろん、潜在顧客とは顧客になりうる可能性のある企業という意味で、まだ顧客になっている訳ではない。

図1 インテルの新CEOのパット・ゲルシンガー氏 出典:IntelのIDM2.0での発表時のスクリーンショットから
図1 インテルの新CEOのパット・ゲルシンガー氏 出典:IntelのIDM2.0での発表時のスクリーンショットから

 しかし、潜在顧客の内訳についてもゲルシンガー氏は触れており、特にクラウドカスタマは熱狂的(enthusiastic)という表現を何度も用いている。続いて通信インフラの企業、そして自動車メーカーだとしている。なぜクラウドカスタマは熱狂的なのか。

 インテルのファウンドリビジネスの特長を見ているとそれがわかる。インテルはゲルシンガー氏が言うようにIDM2.0とは、単なる設計から製造までの垂直統合企業から一歩踏み出して、シリコン設計・製造だけではなく、ソフトウエア、先端パッケージングもできる全て完結できる企業を指す。ファウンドリは製造専門の請負企業のことであるが、ファウンドリビジネストップの台湾TSMCは、製造から先端パッケージまで請け負うようになりつつある。しかし、設計、ソフトウエアは外部が作成したものを実装する。インテルは全てを完結するため、秘密保持には顧客は安心する。最近、国防総省やエネルギー省(実質的に国防関係の研究を行っている)からの依頼による半導体ICをインテルは請け負っており、秘密厳守の手本となっている。クラウドプロバイダーにとってもセキュリティの確保は絶対条件であるため、顧客は安心できる。

 インテルは、米国以外に欧州アイルランドにも300mmの最先端工場を持つ。ゲルシンガー氏が米国と欧州にファウンドリ工場を建てると述べたとたんに、アイルランド政府はインテルの工場拡張計画を歓迎するというニュースリリースを流した。

 1989年にインテルが150億ドルを投資したアイルランド最初の工場は、実は日本にとって因縁のある工場だ。1990年代の終わりころ、インテルは日本にも本気で製造工場を作ることを検討した時期があった。しかし、電力代の高い日本で工場を新たに持つ場合でさえ、何のインセンティブももらえないことがわかった。このため日本は選択肢から消え、インテルはアイルランド工場を増強した。経済産業省は、研究開発などの税制優遇は財務省マターだからノータッチしかなかった。しかも当時の経産省は、「1社のために支援はできない」とよく言っていた。コンソーシアムだと支援できるとしたのは、その裏に天下り先を確保できるというメリットを享受できていたという事情もあった。

 今頃になって、経産省がTSMCやインテルを誘致する場合でも、せいぜい初期投資の援助しかできない。しかし工場を運営する側にとっては、電力コストの高い日本で運営するのに毎月のインセンティブの方がよほどありがたい。財務上は1回きりの支援より毎月の支援の方が健全にしやすいからだ。結局、TSMCに前工場も先端パッケージ工場も誘致を断られた上に、3D-IC研究所の設立はTSMCが自前の予算で設立することになった。

 さて、DRAMは今やサムスン、ハイニクス、マイクロンの3社だけで市場の95%前後を握るようになっている。2017年18年のメモリバブルの時は、メモリの供給不足に対してもほとんど増産しなかったこれらの3社寡占状態では健全なビジネスとは言えない状態になっていた。「濡れ手に粟」状態だったため、サムスンDRAM部門の営業利益率は70%を超えた。ここに新たなプレイヤーが参入し市場をもっと健全にすることが望まれるが、ここにマイナーなDRAMメーカーである南亜科技が台北の北の街に300mmウェーハの月産能力45,000枚/月という大きな工場を新設する。

 この工場の起工式は2021年の終わりころで2023年建設が完了し、2024年に生産開始する予定になっている。投資計画は今後7年間に渡り3期ずつ行われ、総投資額は約3000台湾元(1兆1000億円強)。

 なぜDRAMか。DRAMの需要が2017年ごろからバブルだけではなく、実経済でも一段と高まったからだ(図2)。その原因は二つある。一つは64ビットシステムの定着であり、もう一つはAIの新規需要が生まれたことによる。64ビットシステムになって、4GBよりも大きなメモリをアドレッシングできるようになった。32ビットシステムでは、4GBが最大でこれ以上のメモリをアドレスできなかったため、メモリをこれ以上増やす意味がなかった。

図2 メモリは2017年以来、成長曲線が上寄りになった 出典:WSTS(世界半導体市場統計)の発表した数字を筆者がグラフ化
図2 メモリは2017年以来、成長曲線が上寄りになった 出典:WSTS(世界半導体市場統計)の発表した数字を筆者がグラフ化

 もう一つのAI需要は言うまでもなく、さまざまな分野で機械学習やディープラーニングで自然言語認識や自動運転に欠かせない物体認識(人やクルマ、自転車等を見分ける能力)などのパターン認識で解析できる能力が手にはいるようになった。医療分野でもガンの見分け方や創薬開発、新型コロナウイルスの解析やワクチン開発などにAIを活かせる上に、ちょっとした研究の分析にも機械学習は使えるようになった。ニューラルネットワークをベースにした機械学習では、複数のニューロンを同時に演算し次のレイヤーのニューロン群へと次々と、演算・記憶・演算・記憶を繰り返していくデータフロー型コンピューティングであるため、メモリ(DRAM)は欠かせない。

 今は新規に半導体工場を作る絶好の機会である。日本はこの大事な成長の機会を、今回も見逃し三振に終わるのか。覚悟が問われている。

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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