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「愛の不時着」モノマネした罪で8人を逮捕

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
「愛の不時着」展から(写真:長田洋平/アフロ)

北朝鮮北部、中国との国境に接する咸鏡北道(ハムギョンブクト)茂山(ムサン)。郡の中学校の校庭にある主席壇(最高指導者が立つ舞台)に、椅子と机が並べられた。7人の裁判官が座ったところに、8人の若者が引き立てられてきた。

反動的思想・文化排撃法に続き、青年教育保障法まで制定して、若者と彼らが楽しむ文化、ライフスタイルの取り締まり、締め付けを図っている北朝鮮。その最もわかりやすいターゲットは、韓国発のエンタメ、いわゆる韓流だ。

茂山では8月21日、韓流ドラマ、映画、K-POPを見た容疑で保衛部(秘密警察)に逮捕された8人の公開裁判が開かれた。人民班(町内会)では韓流を見た者がいれば通報するように、密告が奨励されていたが、彼らはいずれもそんな密告で逮捕されたのだった。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけ」女子高生が裁かれた禁断の行為

現地のデイリーNK内部情報筋によると、彼らの具体的な容疑は、北朝鮮の核兵器の秘密を探る韓国のスパイを描いた「工作 黒金星と呼ばれた男」や、日本でも人気を集めた「愛の不時着」を何度も見て、その登場人物のモノマネをして、映画の中身を他の人に「流布」させたというものだ。

いずれも、北朝鮮の実像をリアルに描いたもので、当局としては、最も人民に見せたくない類のものだろうが、それは裁判官の読み上げた判決文にも現れている。

「あろうことか共和国(北朝鮮)の尊厳を毀損し、ありもしない虚偽、操作、捏造された内容に脚色された南朝鮮(韓国)の映像物は、わが国(北朝鮮)の思想陣地を脅かしている」

また、反社会主義、非社会主義行為(風紀の乱れ)に対する法的統制を強化しているにもかかわらず、韓流摘発が絶えないことは、党と司法機関をバカにしている、冒涜する行為で、彼らには無期懲役がふさわしいとも指摘した。

さらには、8人が密告によって逮捕されたことにも触れ、「警戒心があり、鋭い住民の目尻に引っかからぬ者などおらず、そのような者どもは常に一網打尽にされる」などと警告を発した。

情報筋は8人にどのような判決が下されたかについては言及していないが、単なる韓流の視聴ではなく、流布に加担したとみなされたことで、労働鍛錬隊や教化所(いずれも刑務所)送りになった可能性が高い。

事件を受けて地元住民からは「最近、思想の問題で捕まる若者が多いが、これでは郡内の若者がすべて捕まってしまう」と韓流が若者の間に普通に広まっていることを示唆すると同時に、「見て見ぬ振りをして、人を捕まえさせるようなことはやめよう」と密告者に釘を刺すような声が上がったという。

密告は、当局からは称賛されることである一方で、地域社会で密告者であることがバレると、自分も密告されるかもしれないと恐れた人々から徹底的に避けられ、社会生活にも影響が及ぶ。日本で言うところの「村八分」にされかねないのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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