アレック・ボールドウィンの誤射事件、なぜ実弾が紛れ込んだのかは永遠の謎となるか
インディーズ映画「Rust」の撮影現場で意図せずして銃が発射され、撮影監督ハリナ・ハッチンスが亡くなったのは、2021年10月。「コールドガン(安全な銃)です」と言われて手渡された小道具の銃を構えていた主演兼プロデューサーのアレック・ボールドウィンは、複数の人々から民事で訴えられた上、刑事捜査の対象となってきた。
事故が起きたニューメキシコ州でボールドウィンに対する刑事裁判が始まったのは、現地時間今月10日。有罪となれば、最長18ヶ月の禁固刑を言い渡される可能性があった。ひと足先に刑事裁判が行われた「Rust」の現場の武器担当者ハンナ・グテレス=リードには、懲役18ヶ月の判決が出ている。ボールドウィン一家は、つい最近、リアリティ番組「The Baldwins」への出演を発表し、刑務所に入った場合も撮影を続けるとしていた。この事件でボールドウィンの仕事は影響を受けたし、弁護士代も相当になっているはず。お金のためにもこのプロジェクトを受けたのか。
この裁判は、ジョニー・デップとアンバー・ハードの名誉毀損裁判を中継したCourtTVが生中継。だが、裁判は予定されていたよりずっと短い3日で終わってしまった。現地時間12日、メアリー・マーロウ・ソマー判事は、ボールドウィンの弁護士からの棄却要請を受け入れ、審理打ち切りを言いわたしたのだ。突然にして自由の身になったボールドウィンは、感激の涙を流した。一夜明けた現地時間13日、ボールドウィンは、インスタグラムに、自分を支えてくれた人たちに対する感謝のメッセージを投稿している。
ボールドウィンの弁護士はなぜ裁判なかばにして判事を説得し、棄却に持ち込むことができたのか。答は、検察側が、ある証拠の存在を被告側に知らせなかったから。それは、ニューメキシコ州の法律に反する。
その証拠とは、今年前半、グテレス=リードへの刑事裁判が行われている時、警察に持ち込まれたいくつかの実弾だ。持ち込んだのはグテレス=リードの義父で、映画の武器担当者を長年務めてきたセル・リードの友人である元警察官トロイ・テスキ。現場にあるはずのない実弾がなぜそこにあり、小道具の銃に詰められることになったのかは、事件が起きて以来、ずっとはっきりしないままだった。
ボールドウィンの弁護士らは、当初、小道具の銃に改造がなされており、引き金を引かなくても発射される状態だったという部分を強調したが、最近では、現場になぜ実弾があったのかということにも焦点を当てていた。つまり、この段階になって持ち込まれた実弾の存在は重要でありえるのだが、検察はその存在について黙っていたのである。その理由について、検察は、それらの実弾は事件の直後「Rust」で発見された実弾とまるで似ておらず、証拠として価値がないからだと釈明した。しかし、手袋をした判事がそれらの実弾を実際に検証してみると、現場にあったものととても似ていたのである。しかも、検察は、その証拠を「Rust」とは別の件として保管していた。
検察は、「被告の弁護士によって証拠の重要性が捻じ曲げられたことを残念に思うが、裁判所の決定には敬意を払う」と述べた。検察がこの件で再びボールドウィンを起訴することはできず、捜査、裁判はこれで終了となる。
事件から2年半近くも経ってから、よりにもよってグテレス=リードの義父の友人が警察に持ち込んだ実弾は、何を意味したのか。そもそもなぜ実弾が現場に紛れ込んだのか。撮影中、グテレス=リードのホテルの部屋に実弾があったという証言もあったのだ。また、本人がずっと主張してきたように、ボールドウィンは引き金を引かなかったのか。同じような悲劇を避けるためにも、それらをはっきりさせるべきだったが、今後検証されることはない。
ボールドウィンの弁護士は優秀、検察はお粗末
刑事捜査、裁判を振り返ると、ボールドウィンの弁護士が優秀だったのに対し、検察はお粗末さが目立った。初期に、検察は、ボールドウィンに対し、事件当時は施行されていなかった法を適用するという間違いをおかし、ボールドウィンの弁護士に指摘されている。また、先にこの事件を担当した検察チームのひとりが、保守から嫌われているボールドウィンが被告であるこの事件を自分のキャンペーンに利用しようとしたことも発覚して、新たなトップが選ばれることになった。
さらに、裁判開始直前、ボールドウィンの弁護士は、「Rust」でボールドウィンがプロデューサーも務めていたことは無関係とするよう主張し、認められている。低予算映画である「Rust」の現場では、あちこち切り詰められ、安全管理が疎かになっていたとの指摘は早くからあったが、自分はプロデューサーとは言ってもあくまでクリエイティブ面においてであり、日々の現場のことについて責任は持っていなかったと、ボールドウィンは主張していた。
まだ民事裁判は残っているが、ボールドウィンが刑務所入りの恐怖から解き放たれたことについて、ソーシャルメディアには多数のコメントが寄せられている。これが不幸な事故であるというのは多くが認めるところながら、彼は罪を問われなくていいのか、それともこれではハッチンスと遺族が報われないのかについては、意見が分かれるところだ。
事件のせいで中断された「Rust」の撮影は、後日、ハッチンスの夫をエグゼクティブ・プロデューサーに加えた上で再開され、完成した。しかし、今のところ、配給は付いていない。製作陣は、ハッチンスに敬意を表するためにも完成させたのだが、人々にこの事件を思い出させるこの映画が日の目を見ることはあるのか。刑事裁判は終わっても、この出来事はまだ続いている。