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ウクライナ特殊部隊がイスラエルとシリアの停戦を監視するロシア軍を攻撃

青山弘之東京外国語大学 教授
Kyiv Post、2024年7月31日

ロシアがウクライナ侵攻を開始した2022年2月24日から889日目となる7月31日、ウクライナの『キーウ・ポスト』紙は、同国国防省情報総局(HUR)に所属する特殊部隊が、シリア北部でロシア軍を攻撃したと伝え、その映像を公開した。

「ヒミク」の攻撃

攻撃を行ったのは、「ヒミク(Khimik、Хімік、「化学者」の意味)」と呼ばれる特殊部隊。シリアの反体制派の支援を受けて、バッシャール・アサド大統領がロシアの首都モスクワを電撃訪問し、ヴラジーミル・プーチン大統領と会談した翌日に、アレッポ県のクワイリス航空基地内のロシア軍を狙ったという(『キーウ・ポスト』紙は、攻撃が行われた日を7月24日としているが、アサド大統領のモスクワ訪問は25日であったため、訪問の「翌日」というのは誤りで、「前日」であったか、「翌日」であった場合は26日に攻撃が行われたと見られる)。

公開された2分48秒のビデオには、ロシア軍の移動式電子戦複合施設が破壊された後、無人航空機がクワイリス航空基地内のロシア軍事施設を攻撃する様子が映し出されていた。

クワイリス航空基地

クワイリス航空基地は、航空士官学校が併設された演習用の基地で、2012年末から反体制派やイスラーム国の包囲を受け、スハイル・ハサン准将(当時大佐)が指揮する「トラ」部隊(現在のシリア軍第25特殊任務師団)とロシア軍が解囲に成功した激戦地の一つである。2015年12月半ばに、復旧作業を終え、シリアのアル=カーイダとして知られるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が主導する反体制派やイスラーム国に対する「テロとの戦い」の拠点となり、シリア政府が同地一帯の支配を回復した後も、今日に至るまでロシア軍部隊が駐留している。

Google Map
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傭兵

英国で活動する反体制派系のシリア人権監視団によると、クワイリス航空基地一帯のアレッポ県東部では、第25特殊任務師団とロシア軍が、ウクライナで戦闘を続けるロシア軍を支援するためにシリア人戦闘員(傭兵)の教練や演習が行われているとされる。『キーウ・ポスト』も、ロシア軍がこの基地を使用して、ウクライナに傭兵を派遣しているとしている。

Kyiv Post、2024年7月31日
Kyiv Post、2024年7月31日

拙稿『ロシアとシリア:ウクライナ侵攻の論理』で詳述した通り、ロシアによるウクライナ侵攻開始以降、シリア国内でイスラーム国掃討戦の任にあたっていたロシアのワグネル・グループ社やISISハンター(サーイドゥー・ダーイシュ)のロシア人戦闘員(傭兵)に加えて、フマイミーム航空基地に駐留するロシア軍と契約を交わした若いシリア人、第25特殊任務師団、そしてロシアの後援のもとに元反体制武装集団のメンバーを統合するかたちで結成されたシリア軍第5軍団の兵士らがウクライナに派遣され、ロシア軍の後方支援にあたった。その数は、諸説あるが、数千人から数万人に上るとされている。

対するウクライナも、トルコを介して、シリア領内のトルコ占領地で活動を続けるシリア国民軍(TFSA:Turkish-backed Free Syrian Army)諸派の戦闘員、シャーム解放機構の支配地で活動する戦闘員らを傭兵として受け入れていたことは広く知られているところである。

こうした状況を受け、キリロ・ブダノフHUR長官は、2023年5月に「世界中どこにいてもロシアの戦争犯罪者を破壊する」と表明し、シリア、スーダンなどでワグネル・グループ社の傭兵狩りを行うようになっていった。かくして、シリア内戦の対立構図が傭兵を通じてウクライナ侵攻に投影される一方、ウクライナ侵攻におけるロシアとウクライナの戦闘がシリアに逆輸入されるようになったのである。

筆者作成
筆者作成

「分離主義テロリスト」と連携か?

ウクライナ侵攻の戦闘の逆輸入の経路、そして「ヒミク」と協力関係にあるシリアの反体制派については、以下の二つが考えられる。

第1は、ウクライナを全面支援する米国を後ろ盾とするクルド民族主義組織で、トルコが「分離主義テロリスト」とみなす民主統一党(PYD)と連携し、「ヒミク」がシリアに潜入し、攻撃を行っているというものである。

『ワシントン・ポスト』誌は4月20日、米国の極秘諜報文書に基づいて、HURが、PYDの武装部隊である人民防衛隊(YPG)を主体とし、米主導の有志連合のイスラーム国に対する「テロとの戦い」の協力部隊(partner forces)に位置づけられるシリア民主軍の協力を得て、シリア国内でワグネル・グループ社の傭兵に対する攻撃を計画していたが、ヴォロディーミル・ゼレンスキー大統領の命令により、作戦は中止されたと伝えていた。極秘文書には、ウクライナ軍の将校がシリア民主軍の戦闘員を教練し、PYDが主導する自治政体の北・東シリア地域民主自治局の支配地外(つまりはシリア政府支配地内)にあるロシア軍の施設を無人航空機などで攻撃する準備をしていたと記載されていた。

ゼレンスキー大統領によって中止されていたこの計画が再開されていたとしたら、HURがシリア民主軍の協力を得て、クワイリス航空基地のロシア軍を狙ったことは大いに考え得る。だが、PYD、YPG、そしてシリア民主軍は、シリア政府と対立関係にあるものの、トルコの占領地に隣接する地域においては、シリア軍と戦略的に連携している。トルコの占領地に近いクワイリス航空基地へのHURの攻撃を支援することは、こうした戦略的連携には資さず、それゆえに、HURとシリア民主軍が現実的に協力し合うとは思えない。

アル=カーイダ主体の反体制派との連携か?

第2は、「ヒミク」が、シリア国民軍、あるいはシャーム解放機構を主体とする反体制派と連携しているというものである。これは、トルコの占領地やシャーム解放機構の支配地の戦闘員がトルコを介して、ウクライナに派遣されたという実績に基づいた動きと見てとることもできる。だが、トルコがシリア国内でのロシア軍に対する攻撃に協力することは、トルコがシリア政府との関係修復を切望し、ロシアがイラクなどとともにその仲介をしようとしているなかで、得策とは言えない。

「ヒミク」がシリア政府支配地内でロシア軍を標的にしている事実は確認し得るものの、どの反体制派と連携しているのかは判然としないのである。

停戦を監視するロシア軍

『キーウ・ポスト』は6月3日にも、「ヒミク」がシリアの反体制派とともに、シリアにおけるロシア軍の傭兵を攻撃したと伝え、その映像を公開していた。

同紙がHURの匿名筋の話として伝えたところによると、戦闘は2024年初めからシリア南部、とりわけロシア軍が集中するゴラン高原で行われ、ロシア軍のチェックポイント、陣地、軍用車輛の車列など多数の標的を狙い、防衛陣地への攻撃には、ロケット推進式手榴弾や自作の迫撃砲が、車輛やパトロール部隊への攻撃には、即席の無線制御爆発装置が主に使用されたという。

ロシア軍は、2018年にシリア南部の反体制派がシリア政府との和解に応じるか、北西部に転戦する際に、イスラエルの占領下にあるゴラン高原に面する兵力引き離し地域(AOS:Area Of Separation)の各所に憲兵隊を展開させ、国連兵力引き離し監視隊(UNDOF:United Nations Disengagement Observer Force)とともに、イスラエルとシリアの停戦を監視するようになっていた。

イスラエルの攻撃拡大抑止の試み

2023年10月にパレスチナのハマースが「アクサーの大洪水」作戦を開始し、イスラエルがガザ地区だけでなく、レバノン南部、さらにはヒズブッラーをはじめとする「イランの民兵」やゴラン解放シリア抵抗といったシリア人民兵組織が活動するシリア領内への攻撃を繰り返すようになると、ロシア軍は兵力引き離し地域に監視所を増設し、戦闘拡大を抑止しようとしてきた。シリア人権監視団によると、その数は2024年4月の段階で14カ所に達した(「シリア・アラブの春顛末記」2024年4月11日)。

「ヒミク」がシリアの反体制派とともにどのようにシリア南部に潜入したかは定かではない。だが、ウクライナとイスラエルが良好な関係にあることから察するに、イスラエル占領下のゴラン高原から停戦ライン(ラインA)を越えて入ったと考えるのが妥当だろう。

事実、拙稿『膠着するシリア:トランプ政権は何をもたらしたか』などでも述べた通り、2011年3月シリアに「アラブの春」が波及し、シリア内戦が発生してから2018年にかけて、停戦ラインの一部は機能しておらず、シリアの反体制派は、シャーム解放機構の戦闘員も含めて、シリアへの武器や兵站物資の搬入、そして負傷者らのイスラエルへの移送、そしてホワイト・ヘルメットのメンバーの脱出などを自由に行ってきた。シリア南部は現在でも、元反体制武装集団のメンバーや麻薬密輸業者らが跋扈し、シリア政府の統治が十分に及んでいないことから、潜入は困難ではないと見られる。

ウクライナはイスラエルの傭兵か?

ウクライナ軍が自国領土に侵攻したロシア軍と対峙し、これを迎撃しようとすることは、至極自然な行動であり、国際法上も非を見出すことは難しい。だが、ガザ地区、レバノン南部、そしてシリアへのイスラエルの攻撃が続くなか、ウクライナ自身が、ウクライナ侵攻の論理をシリアに持ち込み、ロシア軍を標的とすることは、中東地域、さらには国際社会の緊張を高めかねない危険な行為だと言える。

イスラエルにとってみれば、兵力引き離し地域やシリア政府各所に展開するロシア軍は、一方でシリア領内で活動を続ける「イランの民兵」やシリア軍との全面衝突を回避するための防波堤としての役割を果たしている。だが、他方でロシア軍の存在は、「イランの民兵」やシリア軍を恐怖に陥れることを困難にする盾のような役割も果たしている。

ウクライナがシリア領内のロシア軍を標的とすることは、防波堤としてのロシア軍の存在に対する挑戦である一方、「イランの民兵」やシリア政府との心理戦において揺るぎない優位を確立したいイスラエルのロシアへの軍事圧力を代行することで、イスラエルとシリアの紛争において、ウクライナ自身がイスラエルの傭兵のような働きをしていることを意味する。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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