「約90万円で買える」一生食べるのに困らない職業
かつての北朝鮮では、安定した生活、社会的な尊敬などが望める職業が人気の的だった。例えば朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の軍官(将校)は、国を守る崇高な任務につき、なに不自由なく生活ができ、退役後も国からの保障で良い暮らしができた。
しかし、今では充分な配給も得られなくなり、住む家にすら困る始末。それなのに商行為が禁止されているため、商売をして現金収入を得るわけにもいかず、非常に苦しい生活を強いられている。退役後の保障も非常に貧弱になり、首都・平壌の市民権を得る基準も厳しくなった。現役時代から老後に至るまで冷遇されるようになってしまったのだ。
「食べる卵の大きい仕事」、つまりうまみのある職業としては外交官、貿易会社の駐在員、安全員(警察官)、保衛員(秘密警察)などが挙げられるが、最近人気になっているのは各人民委員会(道庁、市役所)の糧政事務所だ。
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過去30年間、市場で買うのが当たり前になっていたコメなどの穀物だが、当局は国営米屋こと「糧穀販売所」を各地に設置し、協同農場から安値で買い取った穀物を販売させている。中でも、直接買い取りを行う収買指導員が人気のポストだという。デイリーNKの内部情報筋が伝えた。
今年になってから平安北道(ピョンアンブクト)糧政管理局と、各市・郡の糧政事業所の収買指導員が新たに任命されたが、いずれも朝鮮労働党の道、市、郡の責任書記(トップ)、組織部長、幹部部長などと人脈を持っている人々だ。
協同農場で買い取りを行う糧政事業所の収買指導員は、役割と権限が強化され、安定した仕事であるとの評判が広がった。すると、このポストの「お値段」が跳ね上がった。去年までは4000ドル(約60万円)だったのが、今年は6000ドル(約90万円)。これに加え、党の責任書記、組織部長クラスとのコネがなければこの職に就くのは難しい。値段が跳ね上がった理由について、情報筋は次のように説明する。
「今年の秋、収買糧政省から糧政事業所に農場の1ヘクタールあたりの収穫量を現場で正確に把握し、実際の買い取り量に対する監督と統制を高める権限を拡大した結果」
平安北道(ピョンアンブクト)塩州(ヨムジュ)のある農場では、管理委員長と里党書記が、1ヘクタールあたりの10トンの収穫があったのを、9.3トンにごまかして、残りを横領していたのが収買指導員に摘発され、全量が没収される事件があった。
これは逆に言うと、収買指導員と話をつけておけば、収穫量を問題なくごまかせるということを意味する。
収買指導員は通常2または3の里(村)を担当するが、ほとんどが農場の管理委員長とグルになって、2〜3トンの穀物を横領し、価格が上がったときに売り払って私服を肥やす。このカネは生活費以外にも、上役へのワイロとして使う。もちろん、管理委員長もそれなりの利益を得る。
「かねてから権限のあったポストだが、さらに権限が強くなった。大金を払ってでも買えば、一生食うのに困らないという認識が強くなった」(情報筋)
だが北朝鮮の人々にとって、数千ドルのワイロは極めて高額だ。これは、地方のトップ、幹部の人事を司る幹部部の部長などと、個人的な関係を深め、さらに上のポストを目指せるというメリットがあるからというのが、情報筋の説明だ。長い目で見ると、ワイロ以上の儲けがあるということだ。
横流しなどを防ぎ、食糧問題を解決するために、収買指導員の権限を強化したのだが、結局私腹を肥やすために使われてしまっている。あらゆる権限がワイロを生み出す源泉となる北朝鮮では、権限強化はこのような結果を生み出してしまうのだ。