【グラミー賞2020を聴く4】ベスト・ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバムを味わう方法
♪ 第63回グラミー賞について
2019年9月1日から2020年8月31日までに発表された作品が受賞対象。ジャズ・カテゴリーには「インプロヴァイズド・ジャズ・ソロ」「ジャズ・ヴォーカル・アルバム」「ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム」「ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム」「ラテン・ジャズ・アルバム」の5部門があり、それぞれで最優秀賞が選ばれます。
参照:https://www.grammy.com/grammys/awards/63rd-annual-grammy-awards-2020
♪ ベスト・ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム
マリア・シュナイダー・オーケストラの『データ・ローズ』が最優秀賞を受賞しました。
タイトルは、“Data=情報”、“Lords=支配者たち、主たち”の意です。
♪ 『データ・ローズ』
Welcome to our new recording project Data Lords!
マリア・シュナイダーの5年ぶりとなる新作。前作『ザ・トンプソン・フィールズ』は、第58回グラミー賞ベスト・ラージ・ジャズ・アンサンブルを受賞しています。
本作はスタジオ収録のCD2枚組(ダウンロード版も2セット)で、1枚目はデジタル社会を、2枚目はその対極にある自然界をテーマにした、現代社会をえぐり取って音に変換しようとした意欲作になっています。
デジタル社会をテーマにしたパートでは、これまで触れなかった社会問題を正面から取り上げ、ビッグデータの扱いに潜む危険性、シンギュラリティの恐怖、リアル・コミュニケーションが薄れてきた寂しさ、キャンセル・カルチャーの加速で増す孤独感など、“いまここにある問題”をサウンドにトランスレートしようという、創作意欲にあふれた内容。
ナチュラルなテーマにおいても、京都・三千院や、ジャック・トロイの「石の響き」に触発。こうした「かつて書いたことのないタイプの曲」を盛り込むなど、彼女ならではのシンプルながら表情豊かなアンサンブルを生み出しています。
二項対比は、文明批判を目的とするものとも受け取れますが、安易な復古主義に陥らず、未来志向の視点で“問題提起”しているところが、マリア・シュナイダーならでは。
それはつまり、デジタルとナチュラルは表裏一体であり、だからこそお互いを犠牲にしては成り立たないものだという“主張”が、通奏低音のようにこの作品を貫いている──という見方もアリなんだよと、彼女の外連味のないサウンドが語りかけてくるような気がするのです。
♪ マリア・シュナイダー
1960年生まれ、米ミネソタ州ウィンダム出身の作曲家、編曲家、指揮者。
ミネソタ大学卒業後にイーストマン音楽学校でボール・フェトラー(現代音楽の作曲家、ヒンデミットの弟子)に学び、音楽修士号を取得。卒業後はギル・エパンス(ピアニスト、編曲家)に弟子入り、1986年から91年にはボブ・ブルックマイヤー(トロンボーン奏者、ピアニスト、作曲家、編曲家)にも師事。
1989年に立ち上げたリハーサル・バンドを母体に、1992年にマリア・シュナイダー・ジャズ・オーケストラを結成し、第1作『エヴァネセンス』をリリースして、亡き師であるギル・エヴァンスに捧げました。このアルバムは、第37回グラミー賞(1994年)のノミネート作品になっています。
『アレグレス』(2000年)からブラジル/ラテン音楽の要素を取り入れるようになり、『コンサート・イン・ザ・ガーデン』(2004年)でベスト・ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム賞を受賞してからは、グラミー賞の常連になっています。
また、デヴィッド・ボウイとの共同制作をはじめ、ジャンルを超えた活動にも精力的に取り組んでいます。
♪ あわせて聴きたい
マリア・シュナイダー & WDR BIG BAND - アレグレス
転機となった『アレグレス』収録の曲をお楽しみください。
Maria Schneider and the NEC Jazz Orchestra | Grow Your Art Residency Concert
2021年3月4日のコンサート映像。今回の受賞作から「Data Lords」と「Sputnik」がピックアップされています。
♪ まとめると……
社会問題を音楽に包んで世界へ届ける──と言葉にすれば簡単ですが、それができるのも高度なアンサンブル・テクニックとギリギリのラインを見定めるセンスがあればこそ。
そしてまた、こうした取り組みを受け止めるグラミー賞の選考委員との関係性も、受賞に影響していることは否めません。
音楽は純粋に音楽であるべきなのか、社会を俯瞰するツールになりえるのか──。そうした問いかけも、このアルバムを聴いていると浮かんできそうなのです。