Yahoo!ニュース

英国でもステルス大増税による景気後退懸念強まる(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
英予算責任局(OBR)のデイビッド・マイルズ氏=OBRサイトより

英国では労働者が物価高を乗り切ろうと、賃上げを獲得し、所得が増えても、より高い税率が適用されるステルス増税(偽装増税)の問題に直面。政府の財政政策を監督する英予算責任局は増税が成長を阻害すると批判している。

英国の景気の先行きについて、イングランド銀行(英中銀、BOE)は最新の11月経済予測で2024年は0%増(前回8月予測は0.5%増)、ただ、リセッション(景気失速)の確率は50%とし、2025年は0.25%増(同0.25%増)と予想、2024年の成長率を引き下げ、スタグネーション(景気停滞)が2024-2025年の1-1年半続くと見ている。

2026年は0.75%増と予想。また、最近ではOBR(英予算責任局)も中期の成長率見通しを従来予想の1.8%増から1.6%増に引き下げた。

■英予算責任局、ステルス増税を批判

これに対し、現在、英予算責任局(OBR)の幹部で、イングランド銀行(英中銀、BOE)の元金融政策委員のデイビッド・マイルズ氏は11月28日付の英紙デイリー・テレグラフで、「ジェレミー・ハント財務相の税金の罠(ステルス増税)が英国の成長を阻害している」と、痛烈に批判している。

同氏は税金の罠が英国経済に悪影響を与える理由について、「多くの労働者は所得が増えれば増えるほど高い実効税率(利益に対して負担する税金の割合)に直面するので、経済成長に悪影響を及ぼす」、また、「労働や貯蓄、投資の意欲を阻害する課税も経済を抑制する」と、政府の増税政策に警鐘を鳴らす。

ただ、政府は秋の補正予算により、2024年1月6日から国民保険(NI)料率を所得の12%から10%に引き下げる方針だが、マイルズ氏は、「政府のステルス増税により、結果的に、労働者は5年後(2028年)には多くの税金を支払うことになる」という。

政府のステルス増税については、OBRのリチャード・ヒューズ局長も11月28日付のテレグラフ紙で、「インフレ上昇に応じて課税基準が上がらないため、労働者は賃金が上昇するにつれ、より多くの税金を支払うことになる」と指摘している。

社会保障税である国民保険料(2024年から10%の保険料率が適用)は給与所得者の賦課基準額(所得最低限、プライマリー)を週242ポンド(約4万5000円)超、自営業者の所得最低限(セカンダリー)を週175ポンド(約3万2000円)超に設定しているが、これらの所得最低限は引き下げられず、2年間の凍結延長となっている。

また、マイルズ氏は、「ハント財務相が2028年まで、労働者の所得税の基本税率と、それを超えるより高い税率区分の凍結を決めたことにより、今後5年間で700万人が高い税率区分に引き込まれる」と予想している。

その上で、「成長にとって悪いのは高い限界税率(課税所得の増分に対する税金の増分)だ。これを引き下げることは間違いなく成長にとって良いことだ」とし、今は減税が重要だと断言する。

■労働者は年間1万ポンド超の賃金損失

また、英シンクタンク大手リゾルーション・ファウンデーションも12月4日付のテレグラフ紙で、イギリス経済の停滞により、労働者に年間1万ポンド(約185万円)超の負担増がかかっていることを明らかにした。

それによると、「英国は経済停滞により、労働者は年間1万ポンド超の賃金損失(賃金で見た経済損失)を受けている。抜本的な景気対策がなければ、英国は低成長の罠にはまり続けるだろう」と警告している。

労働者の実質賃金は1970年から2007年まで年平均で33%増加したが、それ以降は賃金の増加は停滞、その結果、「過去15年間にわたり、賃金上昇の機会が失われ、労働者は平均で年1万0700ポンドの損失を被った」という。

その上で、同シンクタンクは、「政府のレッドテープ(経済への行き過ぎた規制や介入)を減らし、(高い雇用率や世界クラスの大学、テクノロジーの強力な導入など)英国の多くの強みを生かして安定した投資環境を構築できなかった」とし、英国を15年の長期にわたり、「低投資病」に陥らせた歴代の政権を批判。その上で、低所得層に焦点を当てた減税、特にスタンプ税(不動産取得税)の免税措置の恒久化を求めている。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

増谷栄一の最近の記事