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北朝鮮は「国歌」を作詞した詩人が作詞し、日本で大ヒットした「イムジン江」を放送禁止曲にするつもりか

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
南北及び在日の歌手らによる「イムジン江」のCD(コリア・アーツ・センター提供)

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記は昨年末の労働党中央委第8期第9回全員会議(総会)での報告で唐突に「韓国はもはや同じ民族でなく、敵国、交戦国である」と規定し、韓国との関係を完全に遮断・断絶する方針を打ち出した。

 金総書記は「韓国はもはや同胞でもなく、統一の相手でもない」として、「共和国の民族歴史から『統一』、『和解』、『同族』という概念自体を完全に削除しなければならない」と述べ、驚いたことに建国以来歌われてきた国歌「愛国歌」の歌詞にある「三千里」という単語を削除し、「この世」に変えてしまった。「三千里」という単語が問題になったのは朝鮮半島全体を指す表現として用いられているからである。

 北朝鮮が統一を連想する歌をすべてタブーにすれば国民的な歌となっている「統一列車は走る」、「朝鮮は一つ」、「我らの願いは統一」などの祖国統一や南北一体感をアピールする歌などは今後2度と北朝鮮で歌われることはなさそうだ。

 そこで、気になるのは北朝鮮の歌では唯一、日本で大ヒットしたフォークソング「イムジンガン(臨津江)」である。臨時江は軍事境界線を挟んで南北に流れる川のことである。

 音楽バンド・ザ・フォーク・クルセダーズによって歌われ、大ヒットした「イムジン江」は北朝鮮の国歌を作詞した北朝鮮を代表する詩人、朴世永(パク・セヨン)と作曲家の高宗煥(コ・ジョンファン)によって作られた歌である。何を隠そう、両人も生まれは韓国である。

 ソウルの培林高校を卒業した朴世永は開放後、北朝鮮に渡り、1989年に69歳で死去するまで北朝鮮文学家同盟の書記長、朝鮮作家同盟中央委員会の中央委員を歴任していた。また、高宗煥は1950年朝鮮戦争時に北朝鮮人民軍義勇軍として北上し、朝鮮音楽家同盟の作曲家として活躍し、2002年に亡くなるまで万景台学生少年宮殿の作曲家として在職していた。

 この二人によって誕生した「イムジン江」は1958年、北朝鮮建国10周年を祝う平壌での夜会公演で当時、北朝鮮No.1のソプラノ歌手、柳銀京(ユ・ウンギョン)によって初めて披露された。それが、日本海を越え、在日朝鮮人学校で口ずさまれ、それを耳にしたザ・フォーク・クルセダーズによって歌われ、10年後に一大ブームを巻き起こしたのである。

 その後、ザ・フォーク・クルセダーズだけでなく、ザ・フォーシュリーク、イルカ、都はるみ、新井英一など男女問わず多くの歌手がこの歌をレパートリーに取り入れており、今では「伝説の歌」として知られ、日本で活躍する韓国歌手、金蓮子(キム・ヨンジャ)が2013年に紅白歌合戦でこの歌を熱唱した際には視聴者に大きな感銘を与えたことはまだ記憶に新しい。

 朝鮮半島全土に分布されている本調アリランをはじめ各地で歌われていた朝鮮民謡、アリランを一枚のCDに収録するなど日本と朝鮮半島の文化交流に携わっているコリア・アーツ・センター所長の李喆雨(リ・チョル)さんが「イムジン江」が世に出てから50周年にあたる2008年に韓国のフォーク歌手、楊姫銀(ヤン・ヒウン)ら南北及び在日の歌手らによる「イムジン江」のCDを制作したが、その際、平壌を訪問し、まだ存命していた作曲家の高宗煥にこの歌を作った理由について聞いたことがあった。

 李さんによると、高宗煥は李さんに以下のように述懐していたそうだ。

 「この歌は1957年、私が27歳の時、朴先生が55歳の時に創作しました。共にソウル出身ということで南に残してきた母や兄弟を偲び、北から38度線を越え南に流れているリムジン江に託して歌を作ることになったのです」

 朴世永が書いた歌詞の1番は日本語に直訳すると以下のように綴られている。

「イムジン江 水清く

静かに流れ行き

鳥は河を自由に飛び交うよ

我が故郷、南の地 行きたくても行けぬ

イムジン江の流れよ、恨みを運んで流れるのか」

 ザ・フォーク・クルセダーズの歌詞も意訳しているもののほとん変わりはない。

「イムジン河 水清く

とうとうと流る

水鳥自由に群がり飛び交うよ

我が祖国 南の地 思いは遥か

イムジン江 水清く、とうとうと流る」

 この歌はまさに朝鮮戦争により南北に生き別れ離散した家族の悲しみと苦しみを込めた、祖国の一日の早い統一を願って作られた歌である。

 前述したように北朝鮮はこの歌もおそらく放送禁止にするつもりかもしれないが、皮肉なことに「リムジン江」はかつて日本で一時期放送禁止処分にあったことがある。

 「帰ってきたヨッパライ」で大ヒットを飛ばしたザ・フォーク・クルセダーズが第2弾として1960年代後半頃から歌ったことが反響を呼び、1968年2月22日にレコードにして発売される予定だった。

 ところが、北朝鮮を代弁する朝鮮総連が「イムジン江」が北朝鮮の歌であること、作詞家も作曲家も実在することを理由にレコードに「朝鮮民主主義人民共和国」という国名と二人の名前を明記することを求めたため突如発売中止となり、その後、一時期だが、放送禁止曲に指定されてしまった。

 「放送禁止曲」というのは当時、民放連(日本民間放送連盟)が定めた「要注意歌謡曲指定制度」に基づく「要注意歌謡曲」のことであり、簡単な話が、北朝鮮の歌が日本で歌われれば韓国との「国際親善条項」に反するとの政治的な理由からレコード会社が自主規制してしまった。

 それが、今度は北朝鮮が韓国との関係から愚かにも自らの手で「放送禁止曲」に指定するわけだから「イムジン江」のファンにとっては実に嘆かわしいことと言わざるを得ない。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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