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ハイテク北京冬季五輪と中国の民間企業ハイテク産業競争力

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
北京冬季五輪2022(写真:ロイター/アフロ)

 中国は北京冬季五輪を「ハイテク冬季五輪」と位置付けてハイテク産業とクリーンエネルギーをアピールしているが、中国の民間企業のハイテク産業研究開発力と、それを支える「日本の貢献」を考察する。

◆ハイテク冬季五輪をアピールする中国の狙い

 2月4日から開幕する北京冬季五輪を、中国政府は「ハイテク冬季五輪」と位置付けている。政策的には、たとえば中国政府の中央行政庁に一つである「科学技術部」の「科技冬奥 2022 行動計画」新華網の報道などがあるが、具体的な手段に関しては中央テレビ局CCTVの報道が参考になる。

 それらによれば中国のハイテク産業の成果は北京冬季五輪のハイライトになっており、時速350キロの自動運転高速鉄道、毛沢東の大好物だった「紅焼肉(ホンサオロウ、豚の角煮)さえ出してくる24時間対応の全自動飲食提供ロボット、試合の実況中継を手話通訳する人工知能(AI)の女性アナウンサーなど、300種類ほどの技術が駆使されている。ハイテクの中にはクリーンエネルギーも含まれており、太陽光パネルなどに注ぐ中国の戦略には尋常でないものがある。

 なぜ北京冬季五輪を、エコを含めたハイテク展示場のようにしているかと言うと、その狙いはいくつかある。

 まず挙げられるのは、中国の最先端のハイテク製品は、情報収集などのスパイ行為が潜在しているとか強制労働による製品であるなどとして、アメリカから厳しい制裁を受けているが、豚の角煮やAIアナウンサーの手話通訳などには、そういった制裁すべき要素が入っていない。したがって日常生活で中国のハイテク製品がどれだけ役立っているかを国際舞台でアピールすることにある。

 対中制裁をしているのは、アメリカを中心としたごく少数の「西側先進国」で、それもアメリカの制裁によって制限を受けるという性格のものが多く、積極的に自ら進んで対中制裁をしようという国は少ない。日本などは、アメリカと同盟あるいは友好関係にありながら、対中制裁をしていない国の典型例だ。

 さらに世界200ヵ国ほどの中の圧倒的多数は、G7などの先進国とは切り離された発展途上国や新興国だ。これらの国々は中国経済に依存し、中国の先進的なハイテク産業の恩恵を受けている。それらの国にアピールして、ハイテク製品を製造している民間企業の発展を促進するという狙いもある。

 ほとんどの国が選手を送り、その選手に伴う団体や記者団がいるので、こんなに大きな宣伝の場はない。「商売繁盛」にも貢献している。

 またクリーンエネルギーなどは、1月3日のコラム<ウイグル自治区トップ交代、習近平の狙いは新疆「デジタル経済と太陽光パネル」基地>に書いたように、中国は新疆ウイグル自治区を中心として太陽光パネルの一大基地を形成しようとしている。そうでなくとも中国の太陽光パネル生産量は世界一だ(2019年データで世界の約79%)。まして今後は新疆ウイグル自治区を中心として大展開していくので、クリーンエネルギーでは世界の最先端を行く可能性を秘めている。

 新疆ウイグル自治区の面積は日本の国土の4倍強あるが、その内の4分の1を太陽光パネルやミラー塩タワー(参照:1月5日のコラム<テスラEV「新疆ウイグル自治区ショールーム新設」と習近平の狙い>)で埋めたとしても面積的には余裕だ。つまり日本全土が太陽光パネルとミラー塩タワーで埋められたような状況を新疆ウイグル自治区で形成し、そのエコ電力を24時間稼働という運送体制で中国全土に配送していくという構想なのである。

 アメリカは昨年6月に新疆ウイグル自治区の太陽光パネル企業5社に対して制裁を科しているが、習近平は中国国内の電力不足を「太陽光発電+夜間用ミラー塩タワー発電」で補っていこうとしているので、アメリカから制裁を受けても「国家エネルギー安全保障」としては十分であることを国際社会、特にアメリカに見せたい。

 これは、1月20日のコラム<中国が崩壊するとすれば「戦争」、だから台湾武力攻撃はしない>に書いたように、万一にもアメリカに海上封鎖をされた場合のリスク回避でもある。

◆中国のハイテク産業競争力

 では、中国のハイテク産業の競争力はどれくらいあるのか?

 何を指標にとって比較するかによって、見える風景が多少変わってくるが、ここでは我が国の文部科学省管轄下の科学技術・学術政策研究所による報告書「科学技術指標2021」(以下、報告書)を基に考察してみよう。

 これは2021年8月7日に、主要国の科学技術活動を客観的・定量的データに基づき体系的に分析した報告書で、分析するための論文データはクラリベイト社の書誌データを用い、特許関連指標のうちパテントファミリーデータに関しては欧州特許庁の書誌データを用いている。また国際比較や時系列比較に関してはOECDデータに準拠するものが多いとのこと。

 それらによれば、自然科学系の論文数で、中国が初めてアメリカを上回って世界1位になっただけでなく、他の論文に引用された回数が多く質が高いとされる論文の数(Top10%補正論文数)においても、中国が1位に上昇したことがわかった。以下に示すのは調査報告書に掲載されているグラフだ。

文部科学省管轄下の科学技術・学術政策研究所の報告書「科学技術指標2021」より
文部科学省管轄下の科学技術・学術政策研究所の報告書「科学技術指標2021」より

 右端にある「Top1%補正論文数シェア」ではアメリカに僅差で及ばないものの、左端にある「論文数シェア」と真ん中にある「Top10%補正論文数シェア」では、中国は世界1位になっていることがわかる。

 論文は主として大学や研究機関の研究者が書くことが多い。したがって必ずしも、これを以てハイテク産業競争力を論じることは出来ない。

 ハイテク産業に関しては、特許数などを指標の一つとして挙げることができるが、なんと特許(パテント)に関しては、日本が中国を遥かに上回っているのである。

 この特許数に関しては、自国に申請した特許数ではなく、ファミリーパテントと言って、二極あるいは三極特許を見なければならない。「三極特許」とは、欧州特許庁(EPO)、日本特許庁(JPO)および米国特許商標庁(USPTO)の三極特許庁すべてへ登録された特許グループ(Triadic patent families)のことを指す。

 これに関しては以下のようになっている。

上記同報告書より
上記同報告書より

 すなわち日本が世界1位なのだ。

 アメリカは自国で申請して特許を得れば、それが世界標準となるので、ファミリーパテントを得る必要がないからだろう。三極では日本より少ない。

 日本が1位であるのに、ハイテク産業競争力に関して日本は残念ながら「失われた30年」という言葉で表されるように、国際社会において、すっかり沈んでしまっているのは、いったいどういうことなのだろうか?

 その回答は報告書にも書いてなく、原因を求めて考察を試みた。

◆中国のハイテク製造に対する日本の技術提供

 その結果、中国はハイエンドのハイテク製品を生産するのに強く、日本は中国がハイテク製品を完成させるための「パーツ」に関する技術提供をしているという構図が見えてきた。

 たとえば世界で最も有名なドローンメーカーといっても過言ではない中国のDJIが開発している産業用ドローンのパーツの半分ほどは日本製だ。

 またファーウェイのスマホの場合も、さまざまな製造プロセスで日本の技術なしには最終的な「製品」としては製造できない。たとえば2019年9月に発売したファーウェイMate 30 Pro 5Gでは数で数えて88.4%のパーツが日本製だった。コスト換算すると31.6%が日本製となる。

 日本の最大貿易国は周知のように中国だが、報告書では「日本の技術の輸出先」は、アメリカを除けば中国が最大だというデータが示されている。

 中国は、かつては「組み立て工場」と言われたように、さまざまな部品を日本などから輸入しては最終的なハイテク製品を生産する技術に今でも長けており、また販売に関しても強い。

 さらに特許の内、民間企業が圧倒的多数を占めており、中国では「民間企業こそが中国ハイテク産業の主力軍だ」と言われている。

 2017年と、やや古いが、下に示すのは『中国科技年鑑』(2018年)が公表した「中国企業別有効特許」の「民間企業と外気企業および国有企業」の比率である。有効特許とは許可が下りた特許のことで、中国では申請数が多いので、明確に区別する必要が生じる。

『中国科技年鑑』(2018)より
『中国科技年鑑』(2018)より

 注意すべきは、これら民間企業が「軍民融合」によって中国の軍隊に寄与していることだ。

 日本は「政冷経熱」などとして、中国への経済依存度に対する自己弁護などすべきではない。立派に中国の軍事に役立っていることを肝に銘じるべきだろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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