6連勝の快進撃で初のツアーベスト4進出の加藤未唯 覚醒の兆しを生んだ「今大会のテーマ」とは…?
爆ぜるように両手を突き上げ、堰き止めてきた感情を吐き出すように言葉にならぬ咆哮をあげる姿が、彼女が何を誓い、何と戦っていたかを余すことなく表していた。
東京開催のジャパンウイメンズオープン準々決勝――予選から勝ち上がり、ダブルスも含めるとこの6日間で7試合を戦ってきた加藤未唯が、67位のアレクサンドラ・クルニッチを6-1,6-3で撃破。その勝利の時は彼女が唯一、この試合で声を上げ、感情を露わにした瞬間だった。
「自分の思っていることを表に出さず、自分が良いプレーをしても、相手に良いプレーをされても、気持ちの変化がないように……」
それが今大会に挑む加藤が、自身に立てた戒めにも似た誓いである。身長156cmの加藤は、その小柄な身体に備えた高い運動能力とテニスセンスを、溢れんばかりの闘争心で掻き立て戦ってきた22歳。だが時に高ぶる感情を、制御しきれず乱れることもあった。その彼女が今大会で試みた“自制術”が、たとえ良いプレーをしても、喜びを表出しないこと。“喜”への感情の跳ね上がりを抑えることで、反動としての“怒”をも封じ込める狙いだ。
果たして準々決勝の一戦でも、その取り組みは奏功した。対戦相手のクルニッチは、今大会の初戦で伊達公子に1ゲームも与えず引導を渡した24歳。繊細なタッチのボレーやドロップショットを操るテクニシャンで、母国セルビアでは早くから期待されていた天才肌の選手だ。
似た才能の鍔迫り合いは、立ち上がりから息もつかせぬ多彩で高質なショットの応酬を生む。クルニッチがドロップショットを沈めれば、快足を飛ばす加藤はシューズを削りスライディングしながら、ボールと地面の僅かな隙間にラケットを差し込みすくい上げる。クルニッチはネットプレーも試みるが、相手の動きを見極めた加藤は、「私の一番の武器」と自信を持つスピンを効かせたフォアで、次々に相手の頭上や横を抜いた。サイドチェンジの休憩中、コーチから「相手はあなたの速いボールを待ち構えている。もっと緩いボールを使っていきなさい」と指示を受けたクリニッチは山なりのボールを多用するが、その相手の変化にも加藤は全く慌てなかった。第1セットを6ー1で奪取すると、第2セットも序盤でブレーク。己に立てた誓いを守り、淡々と、しかし確実に、加藤は勝利へと近づいた。
そんな彼女を試す場面が、第5ゲームで訪れる。4度重ねたデュースに続くポイントで、相手のショットがライン際を叩いた。線審の「アウト」の声と、加藤がボールを打ち返したのは、ほぼ同時。しかし主審は「ボールは入っていた」と線審の判定を覆し、なおかつ、加藤の返球がアウトだとしてクルニッチにポイントを与えたのだ。
「えっ、なんで?」
当然「リプレイ(やりなおし)だと思った」加藤は、戸惑いを隠せない。
「あなたがボールを打ったのは、線審がアウトと言う前。プレーに影響はなかった」。
主審は毅然と加藤に告げる。何事か言い返そうとし、その抗議の言葉をグッと飲み込む加藤の顔に、明らかに不服の色が浮かんだ。
対するクルニッチは、ここを千載一遇の反撃の機と見ただろう。このゲームを即奪うと、続くゲームではまるで加藤の心を揺さぶるように、サービスリターンでドロップショットを沈めてみせた。そうかと思えば今度は一転、目の覚めるようなフォアの強打でリターンウイナーを叩き込む。嫌な流れの中で面したブレークポイントは、趨勢が変わりかねない試合の潮目。しかしその試練をも彼女は、ミスなく、緩急混ぜた深いボールを打ち返すことで凌いだ。
「怒りの感情とかは、全くなかった」。
件の主審のオーバールール(判定覆し)の場面を、後に加藤は振り返る。
「あれがあったからと言って、気持ちに全然変化はなくて」。
試合中同様に、会見でも淡々と言葉を紡ぐ彼女。だが「線審がアウトと言う前に私が打ったと主審は言って…‥でももしそうだったら、あれだけアウトにしないかな」と言って浮かべる笑みに、本音の苦味が微かに交じる。その苦渋を超えた時点で、事実上の勝負は決した。
ツアーで初めて達した、ベスト4。だがその喜びを問われても、彼女は「凄く嬉しいですが、ここで満足せず。『ベスト4やったんやなぁ~』くらいで」と、おっとりと京都弁を鳴らすのみ。
ここでも“感情の起伏”を抑え、淡々と、しかし確実に、次の一勝を取りに行く。