3世代にわたりホロコーストの記憶を継承していくドイツ映画
第二次世界大戦時にナチスドイツが支配下においた地域でユダヤ人を差別、迫害して約600万人のユダヤ人、ロマ、政治犯らを殺害した、いわゆるホロコースト。2020年にドイツで制作され公開された映画『Tacheles: The Heart of the Matter』もホロコーストをテーマにした映画で、ヒューマン・ライツ・ウォッチ・フィルムフェスティバルでも上演していた。
ベルリンに住むユダヤ系ドイツ人でホロコースト生存者の祖母を持つヤールと、ナチスドイツの親衛隊のオフィサーの孫のマーセルが登場。ヤールの祖母リナのホロコースト時代の経験を元にビデオゲームでホロコーストの歴史を変えていくというストーリーの映画。日本での公開は未定。
ホロコースト映画と記憶のデジタル化
ホロコーストを題材にした映画やドラマはほぼ毎年制作されている。今でも欧米では多くの人に観られているテーマで、多くの賞にノミネートもしている。日本では馴染みのないテーマなので収益にならないことや、残虐なシーンも多いことから配信されない映画やドラマも多い。
ホロコースト映画は史実を元にしたドキュメンタリーやノンフィクションなども多い。実在の人物でユダヤ人を工場で雇って結果としてユダヤ人を救ったシンドラー氏の話を元に1994年に公開された『シンドラーのリスト』やユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン氏の体験を元に2002年に公開された『戦場のピアニスト』などが有名だ。史実を元にした映画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の授業で視聴することも多い。
一方で、フィクションで明らかに「作り話」といったホロコーストを題材にしたドラマや映画も多い。1997年に公開された『ライフ・イズ・ビューティフル』や2008年に公開された『縞模様のパジャマの少年』などはホロコースト時代の収容所が舞台になっているが、明らかにフィクションであることがわかり、実話ではない。今回の映画『Tacheles: The Heart of the Matter』はホロコースト生存者の体験を元にしたノンフィクションと明らかに創作されたフィクションの融合である。
戦後75年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰えており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。デジタル化された証言や動画も欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。今回の映画『Tacheles: The Heart of the Matter』はホロコースト生存者とナチスドイツの親衛隊、その子供と主役の孫たちという3世代にわたって登場する。ホロコースト生存者らが高齢化し、多くの人が他界していく中で、次世代や3世代目がホロコーストの歴史をデジタル化して後世に伝えようとしている。
ホロコースト教育では多くのホロコースト映画やドラマも視聴されている。そして世界中の多くの人にとってホロコーストは本や映画、ドラマの世界であり、当時の様子を再現してイメージ形成をしているのは映画やドラマである。その映画やドラマがノンフィクションかフィクションかに関係なく、人々は映像とストーリーの中からホロコーストの記憶を印象付けることになる。
欧米やイスラエルでは民族憎悪やヘイトスピーチ、人種差別がいまだに続いている。欧米では今でも反ユダヤ主義が根強いが、アジア系やアフリカ系、ラテン系も差別対象にされることも多い。特に新型コロナウィルス感染拡大によってアジア系への風当たりが強くなってきている。ホロコースト教育では、ホロコーストの歴史以外にも、そのような現在の民族憎悪や人種差別をなくそうという方針が基底にある。欧米やイスラエルでは二度とホロコーストを繰り返さないという強い信念に基づいてホロコースト教育が行われている。だが残念ながら、今でも民族憎悪や人種差別は減っていない。
▼映画「Tacheles -The Heart of the Matter」トレーラー