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【卓球】全日本選手権に障害者の推薦枠を設置することの不可解さ

伊藤条太卓球コラムニスト
日本卓球協会専務理事・宮崎義仁氏(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

少し前のことになるが、昨年12月、日本卓球協会が、2024年の全日本選手権(以下、全日本)から、日本肢体不自由者協会、日本知的障がい者連盟、日本ろうあ者協会の各パラ卓球団体に、男女1枠ずつ(計6人)のシングルス推薦枠を与えることを決めたことが報道された。宮崎義仁専務理事は「卓球の歴史をひもとけば、障害者だから弱いと決めつけるのはおかしい。各加盟団体のトップ選手を参加させるべきだ」と語ったという。

出典記事:障害者選手に全日本推薦枠 24年から3団体男女に―卓球

卓球が、年齢や障害を越えて楽しむことができる競技であり、それらの垣根を越えて競い合うべきものであることに異論はない。そうした場を設けることは歓迎すべきであるどころか、むしろ遅きに失したと言える。今回の発表を聞けば誰でもそうした感想を抱くだろう。これまで日本卓球協会は障害者を締め出していたのか、それは怪しからんと。

しかし実態は、障害者を締め出してなどいない。これまでも、日本卓球協会に登録しさえすれば誰でも都道府県予選(以下、予選)に参加できたのであり、単に、障害者が予選に参加してもその多くが実力およばず本戦に勝ち進むことができないだけのことである。

この現状で、障害者に推薦枠を設けるということは、普通に予選に出ても通らないであろう障害者を特別に本戦に出してやるということであり、宮崎氏の言とは裏腹に「障害者だから弱いと決めつけ」ているからこその措置である。そして障害者が総じて健常者より卓球が弱いことは決めつけるまでもない事実であり、それを「おかしい」と語る宮崎氏の論理は二重に破綻している。

また、宮崎氏は「日本卓球協会では日学連、高体連などに推薦枠を設けているが、パラ3団体には推薦枠を与えていなかった。全日本選手権は最高峰の大会。そこには漏れなく、各加盟団体のトップ選手を参加させるべきだと考えた」と語ったとされる。加盟団体間の公平性のためにパラ卓球にも推薦枠を設けるというのだ。

出典記事:卓球の全日本選手権にパラ選手の推薦枠…2024年大会から導入

確かに日本卓球協会は加盟団体に推薦枠を設けている。しかしそれは、その加盟団体の選手たちが本戦に出てしかるべき破格の猛者ぞろいだからだ。

どれだけ猛者ぞろいなのか今年の全日本を検証してみる。

<全日本社会人ランキング推薦:男女計16名>

出場した16名全員が4回戦からのスーパーシード出場となっている。それだけ強いと認められている選手たちだということだ。世界選手権経験者の大島祐哉などが含まれているのだから当然である。

<日本リーグ推薦:男女計16名>

14名が初戦を勝ち、そのうち10名が4回戦以上まで勝ち進んでいる。卓球ファンなら誰もが知る御内健太郎、梅村優香などが含まれる。

<全日本学生ランキング推薦:男女計16名>

13名が4回戦以上まで勝ち進むかまたはスーパーシードとなっている。現在パリ五輪選考レースで8位につけている田中佑汰らが含まれる。

<インターハイランキング推薦:男女計10名>

8名が初戦を勝つかまたはスーパーシードとなっている。ベスト8に入った(7回戦敗退)吉山僚一、ベスト4に入った(8回戦敗退)横井咲桜らが含まれる。

高校生ながらベスト8入りした吉山僚一
高校生ながらベスト8入りした吉山僚一写真:長田洋平/アフロスポーツ

何十万何百万人といる卓球愛好者のうち、全日本に出られるのは男女各200名強という狭き門であり、その1回戦を勝つのは大変なことである。それを考えれば、これらの選手たちがどれほど強いかお分かりだろう。4回戦に行く選手など、はっきり言って化け物のような選手たちなのである。

もしも推薦枠がなくてこんな選手たち全員が予選に出たらどうなるか。その都道府県だけとんでもないレベルになり、これらの選手同士の潰し合いが起こり、まして他の選手たちはまったく出られなくなる。かといって毎年都道府県ごとの強い選手の人数を調べて枠を増減させるわけにもいかない。そうした事態を避けるために推薦枠があるのである。

かつては教職員枠があったので、もともとの推薦枠の理念がどういうものだったかはわからないが、現状、推薦枠はこのように機能している。

これに対して、各パラ卓球団体の選手たちは、予選枠を圧迫するほど強いわけではない。日本卓球協会もそれがわかっているからこそ各団体にまるでご褒美のようにたった1名ずつの推薦枠を与えようとしているのである。

卓球は誰でも手軽にできる競技ではあるが、選手の属性によって競技力に差があることは歴然たる事実である。そのため、性別や年齢、社会人、学生などで分けたりして、なるべく近い属性どうしで競う全国大会がいくつも存在している。国公立大学だけの大会もあれば、旧帝大だけの大会もあるし、医学部・歯学部・薬学部に限定した大会もある。もちろん各パラ卓球団体ごとにも、障害の程度によって細かくクラス分けされた全国大会がある。

2020東京パラリンピック クラス11準決勝の伊藤槙紀
2020東京パラリンピック クラス11準決勝の伊藤槙紀写真:西村尚己/アフロスポーツ

そうした中にあって全日本は、性別以外のすべての条件を取り払い、純粋に卓球の強さだけを競う、日本で唯一の大会なのである。持って生まれた才能や練習環境や努力、そうしたものの一切の不公平(公平であるわけがない)を斟酌せず、ただただ強さだけを競う大会。そのシンプルさこそが全日本の崇高な価値であり、だからこそ多くの卓球選手がその舞台に立つことを夢見て人生をかけて挑んでいるのだ。出てもお金になるわけでもなく、将来を保証されるわけでもなく、ただその美しい景色を見るためだけに、ときにバカげたほど多くの犠牲を払って挑むのである。

2020年全日本選手権
2020年全日本選手権写真:西村尚己/アフロスポーツ

その厳粛なる全日本の予選に、障害者が健常者と等しく挑むことこそ「健常者と障害者がともに歩んでいく(宮崎氏)」ことではないのか。そしてそれはとっくに実現している。全日本の予選から障害者が締め出されたことなど歴史上一度もない。だからこそデフリンピック金メダリストの上田萌が2014年全日本の茨城県予選で並みいる健常者を破って本戦出場を果たし、神戸空襲で右肩から先を失った北村秀樹が左腕一本で1965年全日本学生選手権で優勝し、1966年の全日本でベスト8に入って日本代表にまでなったのだ。

参考記事:亡き夫が残した卓球サインラケット SNSで浮かび上がった伝説の名選手

それらを百も承知のはずの日本卓球協会がなぜ障害者枠など設けようとしているのか全く理解できない。日本卓球協会に一体何が起こっているというのだろうか。

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、一般企業にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、執筆、講演活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。NHK、日本テレビ、TBS等メディア出演多数。

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